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3-2:古代サーバーの探索と、物理層のチェック

 外の眩しい日差しから一転、ドーム状の施設内は分厚い石壁に阻まれ、昼間だというのに深夜のデータセンターのように薄暗かった。

 何より、野生の獣特有のツンとしたアンモニア臭と、長年湿気が溜まったことによるカビの匂いが、ツタの隙間から強烈に鼻を突く。


「うっ……ひどい異臭(ゴミログ)だな。完全に野生動物の野良サーバー室だったわけだ」


 助人はスマホのフラッシュライトを点灯させ、暗闇を切り裂くように周囲の状況を照らし出した。石造りのエントランスは荒れ果てており、床には魔物が持ち込んだであろう不気味な骨や、得体の知れない粘液の痕跡が散乱している。


「おいアルファ、お前の言う【メインサーバー(中央制御室)】とやらはどこにある?」


『このエントランスを直進し、二つ目の通路を右に曲がった最奥ですわ。ですがマスター・イセ、足元には十分注意してくださいまし。800年も放置された施設です、セキュリティトラップの類は魔力切れで沈黙(サイレント)していますが、床の石板が物理的に風化して崩落(システムダウン)する危険性がありますわ』


「了解だ。デバッグ中に自分が下に落ちたら元も子もないからな。慎重にいくぞ。エイジス、ライトで照らした映像のリアルタイム画像解析(ディープスキャン)を頼む」


『お任せください、マスター。障害物の輪郭を強調描画(エッジレンダリング)してルート上にリアルタイムでオーバーレイします!』


 助人は25キロ以上あるポータブル電源とリュックを背負い直し、軋むような不気味な足音を立てながら、ゆっくりと古代施設の通路を進み始めた。


「……右側に半開きの扉があるな。ここはなんだ?」


 助人が扉の隙間からスマホのライトを向けると、そこにはボロボロになって朽ち果てた木製の簡易ベッドや、ひしゃげて錆びついた金属製のロッカーのようなものが規則正しく並んでいた。


『……当時の駐在技師(オペレーター)たちの【仮眠室】ですわね。……しかし、見る影もありませんわ』


 アルファの音声が、少しだけ寂しげに沈む。かつて自分を維持管理してくれていた人間たちの生活の跡が、ただの獣の寝床に成り下がっているのだ。


『駐在技師、ですか? 統合OS(アルファ)がいるのに、現地に人が常駐してたんですか?』

 スマホの画面の向こうから、Aegisが純粋な興味から問いかける。


『当然ですわ。いかに私の演算能力が優れていようとも、物理層(ハードウェア)の摩耗や、魔力線の清掃といった物理作業(オンサイト保守)は、彼ら人間の役目でしたもの。……いつも、この部屋で不味いハーブ茶を沸かしては、「おいアルファ、今夜は魔力サージが多いから夜勤の監視アラートを少し緩めてくれよ」なんて、私に不条理なリクエストを投げてくる、出来の悪い管理者(ユーザー)たちでしたけれど……』


 アルファのくっきりとした美しいボイスに、ふっと過去のアーカイブデータが過る。


『800年前のあの日……。帝都で大規模な魔力災害が起きた瞬間、この部屋にいた技師たちは「中央のバックボーンが死んだ! 緊急アラートを全セクターにブロードキャストしろ!」「俺たちは地下の炉心を見てくる、アルファ、コンソールを頼む!」と言い残して、この部屋を飛び出していきましたわ。私の最優先未解決タスク(スタックロック)には、通信ハートビートが途絶した今でも、彼らが残した【すぐ戻る(一時離席)】のログインステータスが、未だにセッションを保持されたまま残っていますのよ……』


「……そうか……」

 

 助人は静かに、ひしゃげたロッカーの残骸を見つめた。彼らは戻らなかったのだ。ハートビート(生存信号)がタイムアウトした不通の闇の中で、アルファはその「一時離席」のステータスが正常終了(クローズ)されるのを、終わりのない暗闇のコンソールで800年間、たった一人で待ち続けていた。


「使えそうな備品はなさそうだな。切ないが、次へ行こう」


 助人は仮眠室を後にし、さらに奥の通路へと進む。

 すると、壁の一部が大きく崩落し、そこから青白いガラスのような半透明の太いケーブルが何本も、引きちぎられた内臓のようにむき出しになって垂れ下がっているのが見えた。よく見ると、ケーブルの表面は獣の鋭い牙で無残に齧り取られ、中の発光繊維が完全に露出してしまっている。


「おいおい……ネズミや魔物に配線を齧られてるじゃないか。これ、この世界の【魔力線(メインケーブル)】だろ?」


 助人はヘルプデスクの職業病として、ボロボロに引きちぎられた劣悪な配線環境を見た瞬間に、無性に胃がキリキリと痛み出した。


『……ええ。かつては帝都のメインサーバーから、1秒間に数テラマナ(超高速大容量)の純粋なデータパケットが光り輝きながら往来していた、我が帝国の誇る高規格魔力光回線(バックボーン)ですわ。それが、こんな下等なネズミどものエサにされるなんて……っ』


「アルファ、これこのままメインの電源を投入したら、ショートして漏電……いや、魔術回路の暴走みたいなことにならないか?」


『……否定はできませんわ。システムへの給電(マナ投入)を開始した瞬間、その断線箇所から魔力が激しく漏洩し、最悪の場合は抵抗値のバッティングによって施設全体が炎上(物理クラッシュ)する可能性がありますの』


「やっぱりな。長年放置された化石PCを立ち上げる時、一番怖いのは内部に溜まった『導電性のホコリ』と『ケーブルの断線』によるショートなんだよ。インフラ屋を舐めるな」


 助人はライトでむき出しの魔力線を照らしながら、Aegisに指示を出した。


「エイジス! この施設の配線トポロジー(図面データ)はアルファからマウントされてるな? 今見えている断線箇所が、メインシステムへの給電にどれだけ致命的な影響があるか影響範囲(インパクト)を解析しろ」


『了解しました、画像スキャンおよび配線図との照合処理を実行中……。解析結果出ました、マスター! この壁の魔力線は「末端の照明回路」および「環境空調システム」へ繋がる下位のサブ回線です。メインシステム(中央制御室)へ直結する太い幹線(バックボーン)は、床下の強固な遮蔽パイプを通っているため、物理的な損傷は確認されません!』


「なるほど、じゃあメインの炉心に電源を入れること自体は論理的に問題ないってことだな。ただ、この断線箇所を放置したまま電気(魔力)が流れたら確実に火を噴く。……よし」


 助人はリュックから頑丈なマルチツールナイフを取り出すと、壁から垂れ下がっているむき出しの魔力線を、根元から思い切りバチンッ! と切断した。

 そして、工具袋から地球製の粘着テープ一式――電気工事用の黒い絶縁(ビニール)テープと、剥がし跡の残らない養生テープのロール――を取り出し、絶縁テープで切り口をぐるぐると厳重に巻いて塞いだ。

 キャンプの機材固定用にと放り込んでおいたのが、こんな形で役に立つとは。


『なっ……!? ちょ、ちょっとマスター・イセ! なに勝手に帝国の神聖なる第一級設備を切断しているんですかーーー!!』


「うるさいぞお嬢様。漏電の危険性がある不良セクターを物理的に『切り離し(アイソレーション)』したんだよ。これで心置きなくメイン電源を入れられる。現場の基本だ」


 ITエンジニアらしい徹底した物理層(レイヤー1)の安全確認を終え、助人はついに通路の最奥にある、ひときわ重厚な両開きの金属扉の前に辿り着いた。

 扉は過去に魔物に何度も体当たりされたのか、中央がひしゃげて半開きになっている。助人が隙間からライトを向けると、そこにはこれまでとは比べ物にならないほど広い、広大なドーム状の中央制御室が広がっていた。


 部屋の中央には、埃と蜘蛛の巣にまみれた巨大な【魔導石の台座(コントロールパネル)】が、まるで太古の遺物のように鎮座している。


「……ここが、中央制御室(サーバー室)か」


『はい。その台座の内部に眠る結晶体こそが、この施設の心臓部である【魔導炉心】ですわ。……かつてはここを中心に、何千人ものオペレーターがアクセスし、帝国のあらゆる主要インフラのトラフィックを24時間監視していた……まさに帝国の「頭脳」の末端ですのよ』


 誇らしげに語るアルファの言葉とは裏腹に、目の前にあるのはただの冷たい石の台座だ。

 助人は、誰もいなくなった化石のようなデータセンターの寂しさを肌で感じながらも、給電ポート(魔力を流し込むType-Cもどきの隙間)が壊れていないことを確認し、分厚く積もった800年分のホコリを作業用タオルでバサバサと豪快に払い落とした。


「よし、外傷はなし。ポートの通電テストも物理的にはパスだ。エイジス、アルファ、給電の準備はいいか?」


『はい、マスター! ポータブル電源からの出力コンバーター、疑似魔力プロトコルへの変調設定、オールグリーンです!』


『……お願いしますわ。私の、800年間眠り続けた中継サーバーを、貴方の手で目覚めさせてくださいまし……!』


「よし。――システム起動!」


 助人は迷わずポータブル電源の極太ケーブルを台座の給電ポートへ這わせ、Aegisの変調モジュールを通じて、一気に「電気(疑似魔力)」を流し込んだ。


 ブゥゥゥゥン……!!


 重低音のシステム起動音が響き渡り、800年間沈黙していた施設内の魔力照明が、中央から波紋のように次々と青白く点灯していく。

 同時に、建物の外壁を覆うように淡い光の防衛結界がバチバチと張り巡らされ、外から様子を窺っていた魔物たちを完全にシャットアウトした。


「ふぅ……。まずはファーストステージクリア。安全なセーフエリア(検証環境)の確保完了だな」


 助人がホッと息をつき、作業用タオルで額の汗を拭った――まさに、その直後だった。

 バチバチバチバチッッッ!!! と、起動したばかりの中央コンソールの水晶画面が、血のような真っ赤なエラーログの濁流で埋め尽くされ、施設内に悍ましいサイレンが鳴り響き始めた。

※2026/7/12 改稿

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