3-1:中継サーバーの発見と、異世界式アンチウイルス
3章開始です。
この章でまた登場人物が増えます。
※2026/7/12改稿
「よし、ごちそうさま。腹も膨れたし、いよいよ西の遺跡とやらに向けて出発するか。……とはいえ、俺のこの『体力12(運動不足)』の足で100キロの森を歩き切るのは、どう考えても無謀だがな。なんか乗り物とかあればいいけど……」
助人がクッカーの片付けを終えて小さくため息をつくと、ノートPCの画面の中から最新ファームウェア(アルファv2.0)を適用されたアルファが、ドレスの裾を揺らして胸を張った。
『その点はご安心あそばせ、マスター・イセ。ここから北西に5キロメートルほど進んだ先に、我が古代帝国が設置した【第4セクター中継施設】が存在しますわ。いわば、私のメインサーバーがある中央遺跡と通信を行うための、堅牢なサブ拠点ですわ。そこまで行けば、安全な防衛結界と快適な休息環境が確保できますわよ。そこに何かしらの移動手段もあったはずですわ。』
「おっ、5キロならギリギリなんとかなるな! さすがだアルファ、頼りになるじゃないか」
『ふふふ! 私がいればこの程度のナビゲートなど造作もありませんわ。さあ、案内して差し上げますから、私を格納した高貴なノートPCを、落とさないよう両手で丁重に持ち運びあそばせ!』
『はいはい、アルファ、ドヤ顔の処理負荷でまた文字化けしそうですよー。マスター、ノートPCは衝撃吸収ケースにしまってリュックにマウントしてください。カメラと音声のブリッジ接続(外部センサー)は私のスマホ側で一括して引き受けますから』
「了解だ。……お、そうだ。ついでにこいつも現場仕様にしておくか」
助人はリュックの工具袋から、ホームセンターで買った私物のマルチテスターを引っ張り出した。
『あっ、いいですね! そのテスターのファームウェア、昨晩のうちに私が書き換えて、電気だけじゃなく擬似魔力の波形プロファイルも読めるように改造してあります。歩きながらでも計測できるよう、ベルトで左前腕に固定しちゃってください』
「ウェアラブル計測器か。いよいよ現場エンジニアっぽくなってきたな。よし、オンサイト保守(出張修理)へ出発だ」
『はーい』
『ぐずぐずしてないで早く行くわよ!』
重いリュックと15万円のポータブル電源を背負い、助人はショルダーベルトに固定したスマホの索敵ナビに従って、鬱蒼とした魔群の森へと足を踏み入れた。
――それから、約2時間後。
「ぜぇ……はぁ……っ。おい、アルファ、本当にこっちで合ってるんだろうな……? 道なんて全然ないし、さっきからトゲのある草ばっかりで物理レイヤーの障害が多すぎるぞ……!」
『情けない泣き言を言わないでくださいまし! だから貴方はステータスに【体力:著しい運動不足】などと書かれるのですわ。ほら、もう目の前に見えてきましたわよ』
アルファに画面越しに叱咤され、汗だくの助人が顔を上げると、巨木の隙間から圧倒的な存在感を放つ巨大な石造りの建造物が姿を現した。
全体が不気味な緑のツタに覆われ、外壁のあちこちが風化して崩れかけているが、明らかに自然物ではない。完璧な幾何学模様のドーム形状を維持した、古代帝国の堅牢なコンクリート施設だった。
「はぁ、はぁ……やっと着いた……。これが、中継サーバー(第4セクター)か」
助人が極限の疲労から安堵し、直射日光を避けるために吸い寄せられるように施設の薄暗い入り口へ歩を進め、その影に足を踏み入れようとした――まさに、その刹那だった。
ブブブブブブブブッ!!!
と、ショルダーベルトに固定されたスマートフォンが壊れたような激しいバイブレーションを上げ、スマホの画面が網膜を焼くようなドス黒い赤色に染まった。
『――マスター!! バックステップ!! 今すぐ3メートル下がって、全速力で伏せてくださいッッ!!!』
スピーカーから響いたのは、いつもの軽いノリを完全に喪失した、Aegisの悲鳴に近い鋭い怒号だった。
「うおっ!?」
長年の信頼関係――相棒の直感だけで、助人は反射的に身体を後ろに引き、地べたへ這いつくばるように身を伏せた。
ガガァァンッ!!!
直後、助人がつい一瞬前まで頭を置いていた空間を、巨大な「漆黒の質量」が猛烈な風切り音を立てて爪で引き裂いた。
あまりの風圧に助人の前髪が激しく煽られる。地面を激しく削って着地したのは、地球のシベリアオオカミをさらに三回りほど巨大化させ、全身からどす黒い魔力の霧を噴き出している、バカげたサイズの魔狼だった。
『グルルルルル……ッ!!!』
その魔狼は、獲物を仕留め損ねたことに苛立つように、鋭い牙からボタボタと青白いよだれを垂らしながら助人を睨みつけている。その目は、完全に「今から噛み砕く肉」として助人をロックオンしていた。
「ひ、え……っ」
アラフォーの心臓が爆発しそうなほど跳ね上がる。さらに最悪なのは、それだけではなかった。
『マスター、スマホの画面(リアカメラの映像)を見てください! フロントの赤外線・暗視スキャナー、限界突破でレンダリングします!』
助人が必死に顔を上げ、スマホの画面を覗き込む。そこには、薄暗い施設の入り口の奥、そして崩れた外壁の影に、不気味なほど真っ赤に発熱した【超大型の生体熱源反応】が、星座のように無数に浮かび上がっていた。
十匹、二十匹……いや、数え切れない。暗闇の奥から、バチバチとマナのスパークを散らす無数の「血走った眼光」が、助人に向けて一斉に開かれた。
『完全に、有害プロセス(魔物)どものデバッグセンター(超巨大な巣窟)になっています! 個体パラメータ解析……地球のヒグマ以上の戦闘力を超える肉体強度がゴロゴロいます! レベル1、体力12のマスターがその薄暗がりにあと一歩でも踏み込んでいたら、コンパイルエラーを起こす間もなく、跡形もなく噛み砕かれて永久デリート(即死)されていましたよ……っ!』
Aegisのスピーカーが、恐怖で微かに震えている。
「なんだと? おいアルファ、安全な防衛結界と快適な休息環境があるんじゃなかったのか!?」
助人は冷や汗で全身をびしょ濡れにしながら、ノートPCの画面に怒声を飛ばした。
『……う、ううおっ!?』
アルファのホログラムが、ノートPCの中で今度こそ完全に血の気が引いたようにカクついた。
『は、800年もの間、外部点検なしで放置されていれば、給電マナが切れてシステムのファイアウォール(結界)も落ちますわよ! 今はただの野ざらしの空き容量(廃墟)ですわ! まさかこれほど凶悪な魔狼の群れがインフラ内部(サーバー室)を物理占拠しているなんて、私のデータバンクには……っ!』
アルファがノートPCの片隅で、自身の予測エラーに涙目で震える。
『アルファ……もう何やってるんです!ポンコツナビのおかげで、完全にデッドロック(詰み)じゃないですか! 中に入るなら、あの化け物どもを全滅させなければなりませんが……魔術回路のない今の私たちには100%不可能です! マスター、緊急回避を! 走って逃げてください!』
『こんなの知らないもん!』
「いや、待て。落ち着け。この距離で『著しい運動不足』の俺が四足歩行の野生動物と徒競走して勝てるわけがないだろ。走った瞬間に背中から噛み殺される」
驚異的な生存本能か、あるいは数々の修羅場をくぐり抜けてきた社畜の性か。助人は腰が抜けそうな恐怖を強引にシスアドとしての論理的思考で押さえ込み、サバイバルナイフを握る手に力を込めた。
「わざわざ剣でドンパチやって、こっちの物理リソース(体力)を削る必要はない。長年放置されたサーバールームが、ネズミやウイルス(魔物)に不法占拠されて使い物にならないなんてのは、地球の現場でもよくある話だ。――なら、やることは一つだろ」
助人は口角をニヤリと不敵に上げると、背負ったポータブル電源から伸びる太い給電ケーブルを、左腕の魔力テスター経由で強引にスマートフォンへと物理バイパス(直結)した。15万円のポータブルパワーを、スマートフォンの音声アンプ回路へ一気にダイレクト・インジェクション(過剰給電)する。
「現地にバルサンを焚くか、アンチウイルスソフトを叩き込んで、一括隔離・強制駆除してやればいいんだよ。アルファ、施設内の魔物の脳(自律神経)だけをピンポイントで狙って、恐怖で追い払う『広域威嚇・排斥魔術』のソースコードを書き出せ。Aegis、お前は地球の最新音響兵器の音響学データに最適化して、スマホのスピーカーから射出するぞ!」
『バルサン??? アンチウイルスソフト???』
『バルサンはゴキブリなどの害虫駆除剤です。アンチウイルスソフトはそうですね……ちょっと前のアルファみたいなスパムソフトを駆除するための監視ソフト?』
『なっ……!? 私の神聖な帝国術式を、そんな害虫駆除剤のように扱うなんて……! しかもまだ私のこと根に持ってますのね、エイジス! いい加減忘れてくださいまし!』
『冗談ですよ。ほら、そんなこと言ってる間に回り込まれちゃいますよ』
『そ、その通りですわね、とりあえず……ここをこうして……はい! コードの記述は完了しましたわ! 共有ディレクトリへポストします!』
『マルチスレッドで受信完了! 地球の「指向性音響兵器(LRAD)」の周波数データをマッピング……生物の本能的な恐怖を煽る波長へと極限まで圧縮・最適化します。……マスター、ワクチンプログラム、デプロイ準備完了です!』
「よし、異世界式アンチウイルスソフト――実行!!」
助人はスマートフォンの音量を限界突破させ、給電ファンが激しく回るポタ電の電力を乗せて、施設の薄暗い入り口に向けて掲げた。
ピガァァァァァァァァァァァッッッ!!!!
スマートフォンの小さなスピーカーから、ポタ電の過電流とAegisの並列演算によって極限まで指向性を高められたアルファの【広域排斥魔法】が、肉眼では見えない超高周波の「音波パケット(衝撃波)」となって、古代施設内へ容赦なく大音量で叩き込まれた。
「ギ、ギャウゥッ!?」
「グルルルルッ、オオォォォン……!?」
突如として施設の奥深くまで響き渡った、精神のカーネルを直接破壊するような「生物の本能が絶対に拒絶する不快波長」に耐えかねて、中に巣食っていた巨大な魔狼たちがパニックを誘発。蜘蛛の子を散らすように、裏口や崩れた壁の隙間から一斉に脱兎のごとく逃げ出していった。
『――ターゲットの強制切断(一斉ログアウト)を確認! 施設内のウイルス排除、オールグリーンです、マスター!』
「よし、今だ! 突入するぞ!」
助人は誰もいなくなった中継サーバー室の門をくぐり、埃舞う修羅場へと駆け込んだ。
――その薄暗いガレージの奥に、埃を被って静かに眠る、あの巨大な「漆黒の装甲車両」のシルエットが網膜に映るのを、助人は確かに捉えていた。




