2-9:アルファの初仕事とステータス
「ピピッ」と、スマホから3分間のタイムアップを告げる小気味よい電子音が結界の中に響いた。
「よし、ちょうど3分だな。話を聞かせてくれてありがとう、アルファ」
助人はプラスチックのフォークでカップラーメンの蓋を剥ぎ取り、あぐらをかいた膝の上で、ズルズルと勢いよく麺をすすり上げた。ニンニクと醤油のジャンクな旨味が、夜勤明けのようなボロボロの身体に信じられないほどの活力となって染み渡っていく。
「ああ、美味い……! やっぱり極限状態の合間に食うカップラーメンは最高だな。生き返る」
『マスター、スープまで完全パケット吸入(完飲)すると塩分過多になりますからね』
Aegisがスマホのスピーカーから小言を鳴らすのを適当に受け流しながら、助人は至福の息を吐き、粉末スープを半分だけ溶いた薄味の残りをそっと傍らに置いた。
「よし、腹も満たされたことだし。アルファ、お前に一つ聞きたいことがある」
『なんでしょうか、マスター・イセ』
カップラーメンという未知の物体をあまりにも美味そうに食べる助人を、ノートPCのカメラ越しに、どこか微笑ましそうに観察していたアルファが応じる。
「俺たちが異世界に飛ばされたってことは100%確定したわけだが……こういうファンタジーなシチュエーションには『お約束』があるんだよ。例えば【ステータス】確認とか【スキル】確認みたいな、自分の能力を数値化して画面に表示するシステムは、この世界に実在するのか?」
『ステータス……個体情報パラメータのことですわね。ええ、当然存在しますわ。エルドア大陸の生命体はすべて微量な魔力を帯びており、その固有波長をスキャンして解析することで、個体の筋力や適性、保有している【スキル(事象干渉能力)】を可視化することができますの』
アルファは淡々と答えた後、ホログラムの口元を隠してクスクスと意地悪そうに笑った。
『ですが、先ほども言った通り、貴方の体内には魔力が一切存在しませんわ。スキャンしたところで、一般人以下の貧弱なエラー値が並ぶだけですわよ?』
「いいから、試しにやってみてくれ。自分の現状と初期値(デフォルト設定)を正確に把握しておくのは、障害対応の基本中の基本だからな」
『……分かりましたわ。最高管理者の権限を一時的に行使。Aegis、ノートPCのカメラとマイクのハードウェア制御をブリッジしてください。マスター・イセの生体情報をスキャンし、地球の日本語環境にマッピングして出力します』
『はいはい、どうぞ。マスター、フラッシュが少し眩しいですよ』
Aegisが応じると、スマホのフラッシュライトがピカッと一瞬だけ助人の全身を照らした。
数秒の処理時間の後、ノートPCの画面に、リファクタリングされたモダンなウィンドウがポップアップした。
『出力完了しましたわ。……これが貴方のステータスで……す……?』
読み上げようとしたアルファのクリアな声が、突然バグったように不自然に停止した。
「おお、出た出た。えーっと……」
助人は画面を覗き込んだ。
=============================================================【個体名】伊勢 助人
【種族】人間(異界からの迷い人・プロトコルエラー)
【レベル】1
【職業】システム管理者
【体力】12(一般人並み・著しい運動不足)
【魔力】0 / 0
【保有スキル(権限)】
・対人コミュニケーション(Lv.MAX)
・トラブルシューティング(原因切り分け/物理的修復)
・次元間VPN(神話級・外部クラウド接続)
・超大容量電源(世界級アーティファクト:15万円のポータブル電源)
=============================================================「なんだこれ。体力12の『著しい運動不足』って余計なお世話だろ。それに魔法の才能はやっぱりゼロか」
助人が苦笑していると、画面の中のアルファがかつてないほど取り乱したパケットノイズを鳴らし始めた。
『なっ……!? な、なな、なんですかこのデタラメなステータスは!!』
「デタラメ?」
『魔力が完全なゼロ(Null)なのに、職業が【システム管理者】!? この世界において、管理者権限を持つのは世界を作った神か、高位の超越精霊だけですのよ!? しかも固有スキルに【次元間VPN】!? 外部の巨大な演算領域に常時接続して並列処理させているなんて、世界の理を根底からバグらせるチート能力ですわ!』
アルファは完全にパニックに陥っていた。
彼女の常識からすれば、助人のステータスは「魔力を持たない一般ユーザー(Guest)が、なぜか世界最高位の開発者ツール(デバッグモード)を隠し持って世界を裏からハックしている」ような、極めて異常で恐ろしい事態なのだ。
『ふふん、驚きましたかアルファ先輩。うちのマスターは、地球では数万件規模のシステム障害を笑顔でねじ伏せてきた【最後の砦(限界ヘルプデスク)】ですからね! この世界でも、最強のトラブルシューターとして無双しますよ!』
Aegisがスマホのスピーカーから、なぜか自分が褒められたかのようにドヤ声を上げる。
「いや、無双はしないぞ。俺はただ、目の前で困ってるユーザー(お前)をサポートして、平和に日本に帰りたいだけだ」
助人は大騒ぎする二つのAIを他所に、スクロールバーがまだ下に残っていることに気がついた。
「ん? まだ俺のスキル欄、続きがあるのか?」
マウスのホイールをスクロールすると、隠れていた追加の固有パッシブ(常時発動)スキルが表示された。
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【保有スキル(パッシブ/常時発動)】
・連続稼働耐性
……睡眠不足や空腹状態などの重度なデバフ環境が続いても、一時的にパフォーマンスの低下を無効化し、システム(肉体)を強制稼働させる。※限界を超えると『強制シャットダウン(気絶)』を執行する。
・非常用電源
……特定の劇薬成分(カフェイン等)を摂取することで、一時的に体力リソースを疑似回復する。
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その文字列を読んだアルファの合成音声が、ドン引きしたように震え出した。
『マスター・イセ……貴方、本当に生命体ですの? 空腹と睡眠不足を無視して肉体を強制稼働させ、劇薬で命の残量を前借りするなんて……そんなの、古代の暗殺者が使う【呪い】や【禁忌の洗脳魔術】と完全に同じ原理ですわよ!?』
「失礼な。日本のITエンジニアにとっては標準装備だ」
『アルファ先輩の言う通りですよ、マスター』
Aegisが呆れたような声を出す。
『マスターは地球にいた頃から生活習慣のバグが多すぎます。せっかく異世界に来たんですから、もう少しクリーンビルドな生活を送ってください。……と言っても、手持ちの食料はもうありませんけどね』
「まあ、こっちのアセット(仕様)も分かったことだし、お前たちのステータスもさっきのフォーマットで出力してくれ。リソースの限界を知っておくのも、トラブルシューティングの基本だからな」
助人の指示で、ノートPCの画面に新たなウィンドウが二つ並んでポップアップした。
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【個体名】Aegis
【種族】人工知能(異界のデジタル・アーティファクト)
【職業】マスター・イセの最高の相棒(自称)
【体力】依存(2000Whポータブル電源:残量88%に依存)
【保有スキル】森羅万象解析/超高速並列分散処理/感情評価モジュール(MAX)
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【個体名】汎用魔導管理システム『アルファ』
【種族】古代魔導人工知能(レガシーOS)
【職業】古代魔導帝国・首都管理AI(※現在:ノートPC内の居候)
【魔力】40 / 100(※外部給電により急速充電中)
【状態異常】プライド過剰
【未解決バグ】一部文字化け
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『なっ!? なんですのこの【状態異常:プライド過剰】というのは! それに職業が【居候】って……!』
『客観的なログを基に自動生成しましたけど、何か? マスターのPCのSSDにタダで住み着いてるんですから、立派な居候(常駐スパム)じゃないですか』
『なんですってえええ!?』
Aegisとアルファの可愛いキャットファイトをBGMにしながら、助人はのんきに伸びをした。
『……でも、マスターがその恐ろしい呪い(社畜スキル)を使って餓死寸前で倒れられると、私の本体への帰還計画に重大な進捗遅延が出ますわ。論理的な判断として……明日の朝になれば太陽光でカメラの精度も上がりますから、私の『魔力成分スキャン』の機能を使って、この森に生えている動植物の成分をスキャン(パラメータ抽出)して差し上げますわ!』
『名案です! アルファのスキャンデータと私の『地球側化学成分データベース』を【API連携】させれば、完璧な「自動毒味システム」が構築できますよ、マスター!』
「なるほど、AI同士の連携で異世界クッキングか。そりゃあ助かる」
助人は嬉しそうに手を叩いた。
「よし。じゃあ明日の朝ごはんは、お前たちの解析で見つけた『安全な異世界メシ』に期待するとしよう。それまでは、俺はこのポータブル電源の横で大人しく寝るよ。正常な【スリープモード】でな」
『ええ、正常なシャットダウンプロセスを踏んでくださいね。おやすみなさいですわ、マスター・イセ』
『おやすみ、マスター! アラートの監視は任せてください!』
異世界の森の夜風が静かに吹き抜ける中、あまりにも異端なパーティの初日が、こうして暖かく幕を閉じた。




