2-10:API連携パッチ(Ver2.1)と、完璧な異世界クッキング
今回で第2章完結です!
※2026/7/12改稿
会社への連絡を完全に忘れていたので、追記しました。無断欠勤はダメですよね!
ちゅん、ちゅん。
見知らぬ異世界の鳥の鳴き声と、木漏れ日の眩しさで助人は目を覚ました。
「……ふぁぁ。腰痛ぇ……。やっぱり地べたで寝るのはアラフォーの体にはキツいな」
助人はバキバキと鳴る体を伸ばしながら身を起こした。傍らのポータブル電源は、一晩中『初級警戒結界』の魔力プロトコルへ給電し、Aegisのローカル推論を回し続けていたにも関わらず、バッテリー残量はまだ「88%」という抜群の頼もしさを保っている。
「……そうだ。飯の前に、一本だけメールを打たせてくれ」
助人はノートPCを引き寄せ、メーラーを立ち上げた。通信遅延ゼロ。地球のメールサーバーには、今朝も何事もなかったかのように繋がっている。
『あ……会社への連絡、ですね。現在の地球側の時刻は、土曜日の午前です』
察しのいい相棒が、静かな声で言った。転移したのは金曜の夕方。このままだと週明けの月曜、俺は無断欠勤になる。高橋は真っ先に心配して何度も電話を鳴らすだろうし、欠勤が数日続けば実家に連絡が行き、下手をすれば捜索願が出る。
「『異世界に転移しました』なんて送っても、誰も信じない。アカウントを乗っ取られたと思われて、逆に大騒ぎになるのがオチだ。……かといって、退職だの休職だの、人生を左右する恒久対応をこの状況で即断するのも悪手だ。——だから、まずは暫定対応でいく」
助人はカタカタとメールを打ち込んだ。宛先は上長、CCに高橋。件名『有給休暇取得のご連絡(月曜〜金曜)』。本文はシンプルに——体調を崩したため、誠に恐縮ですが来週一週間、有給休暇をいただきます。喉をやられて声がほとんど出ないため、メールでのご連絡となる失礼をお許しください。急ぎの問い合わせは高橋までお願いします。
『……マスター。異世界に転移までして、初手が「有給申請」ですか』
「障害対応の鉄則だろ。原因調査も恒久対策も後回しでいい、まずはサービス(社会的信用)を止めないことだ。『声が出ない』の一文は、心配した上長からの着信を封じる先回りパッチな。それに——」
助人は送信ボタンの上で指を止め、ふっと自嘲気味に笑った。
「入社以来ロクに消化してない有給が、38日分も腐ってるんだ。こういう時くらい、まとめて使わせてもらうさ」
ターン、と静かにエンターキーを叩く。パケットは12ミリ秒で次元を超え、土曜の朝の横浜へと届いた。
『送信完了です。……これで来週の金曜までは凌げますね。マスター、その先はどうするんです?』
「言うな。恒久対応(退職か、休職か、それとも……)は優先度を下げてバックログに積んどけ。どうせ『地球への帰還手段の確立』っていう超特大の親タスクが解決しない限り、どの子タスクも確定できないんだ」
『了解です。ついでにご提案ですが、地球の自宅のデスクトップは今も元気に稼働中です。あそこを踏み台にすれば、家賃や公共料金の自動引き落としの管理も含めて、地球側の「マスターの生活」は私がある程度自動運転できますよ』
「さすがだな……頼むわ。会社の方も、落ち着いたら『リモート出勤』って形で話をつけられるかもしれん。次元を越えてVPNが通ってるんだ、理屈の上じゃ、この森からでもヘルプデスク業務は回せる」
『えっ、異世界から時差出勤ならぬ“異次元リモートワーク”ですか? ……ふふっ、マスターらしいですけど』
「給料が入り続けりゃ、お前の飯代(クラウド代)も家賃も堂々と払える。……まあ、それも全部が片付いてからの検討事項だ。今週は素直に休ませてもらう」
助人はメーラーをそっと閉じた。地球側の「伊勢助人」は、これで一週間、「体調不良で休暇中」。……嘘は言っていない。異世界転移なんて、人生最大の体調異変に決まっているのだから。
「ぐぅぅ……」
その時、助人の腹の虫が盛大に鳴った。限界まで腹が減っている。
「腹減ったな……。とりあえず、リュックのドリップコーヒーでも淹れて、パッシブスキルの『カフェイン・オーバードライブ』で飢えを誤魔化すか」
助人がリュックに手を伸ばした瞬間、ノートPCのスピーカーからけたたましい警告音が鳴り響いた。
『ストップ、ストップですわ、マスター・イセ! 朝一番からそんな狂戦士の呪い(社畜スキル)を使って命を前借りする気ですか!?』
ノートPCの画面の中で、すっかり文字化けの治ったアルファが悲鳴のような声を上げる。
『アルファの言う通りですよ、マスター』
スマホのスピーカーからも、Aegisが呆れたように同調した。
『健康的なライフスタイル(物理的な動作環境)を維持するためにも、朝食はしっかりカロリーを摂取するべきです。さあ、昨晩約束した【異世界毒味システム】の構築を始めましょう!』
「お、おう。そうだったな」
昨晩はあれだけいがみ合っていたくせに、「管理者の健康維持」という共通タスクの前では完全に結託している二つのAIの過保護な圧に負け、助人はコーヒーをそっとしまい、ノートPCのキーボードを引き寄せた。
「よし、それじゃあ朝飯の前に一仕事だ。アルファ、お前のステータスにあった『環境マナ干渉』と『魔力成分スキャン』の関数(API)、仕様書は昨晩のうちに全行マッピングしてある。……エイジス、地球の『食品化学成分データベース』の通信ポートを開け」
『了解! いつでも繋げられます!』
「お前の『魔力スキャン(目)』が捉えた異世界物質の波長データを、エイジスの『地球側データベース(脳)』へリアルタイムで転送・照合する。アルファの古代フォーマットの出力を、お前が汎用的なJSON形式にパース(変換)してDBに投げろ。二つのシステムをガッチャンコさせる【API連携コネクタ】のパッチを今から当てるぞ。……ファームウェア、Ver2.1へアップデート(ビルド)開始!」
助人の指が、いつになく軽快にキーボードを叩く。
大人しくなったアルファから提供される最高精度のソースコードを、地球のクラウドAI網が瞬時に噛み砕き、スマホとノートPCの通信を同期させる仲介パッチを生成していく。
[System Message]
Updating Alpha Firmware to v2.1...
Connecting: Alpha-Magic-Scan-API <---> Aegis-Chemical-DB
Format parsed: Ancient-Mana-Array -> JSON
Status: Connection Established (API連携に成功しました)
ピピッ、と心地よい電子音が鳴り、ノートPCの画面に『自動毒味システム:稼働中』の緑色のインジケーターが点灯した。
「よし、連携テスト完了。それじゃあ朝飯の調達といくか。頼むぞ、お前ら」
助人はスマホのカメラを構え、サバイバルナイフを手に取って、結界の範囲内にある森の植物の探索を始めた。
「まず、あの木に生えてる『赤いリンゴみたいな果実』はどうだ? いかにも瑞々しくて美味しそうだぞ」
助人がスマホのカメラを向けると、アルファの魔力スキャンが即座に火を噴いた。
『――対象の魔力波長をキャッチ。微弱な毒性マナを検知しましたわ。パラメータを抽出して、Aegisの指定ディレクトリへ転送!』
『データ受信、地球の植物データベースおよび化学成分表と一瞬で照合します……』
Aegisがコンパイルを終えるまで、わずか2秒。
『……照合完了。地球の「トウゴマ(リシン)」という猛毒植物とタンパク質構造が98%一致。……可食判定:【極めて危険(即死)】です! 一口かじっただけで内臓が溶けますよ、マスター!』
「ひえっ……!」
助人は思わず数歩後ずさった。ファンタジー世界の原生林、ビジュアルに騙されたら一発アウトである。
「じゃ、じゃあ、足元に生えてるこの『青いキノコ』はどうだ? RPGとかだと大体マナが回復する定番アイテムだろ」
『スキャン、転送いたしましたわ!』
『照合完了。……毒素は検出されませんが、強力な「幻覚作用」と「重度な下剤成分」が含まれています。可食判定:【非推奨】。食べたら三日三晩、美しいお花畑を見ながらトイレ(茂み)から出られなくなりますね』
「どんな罰ゲームだよ! なかなかまともな食材が見つからないな……」
その後も何度かのスキャンと照合を繰り返し、助人たちはついに「安全」のオールグリーンを引き当てた。
『……照合完了! 地球の「ジャガイモ」とほぼ同一のデンプン質構造を持つ根菜です。可食判定:【安全】!』
『マスター、あそこの木のウロに、安全な野鳥の卵に似たもの(無精卵)を発見しました! サルモネラ菌に似た成分も検出されません。可食判定:【安全】です!』
「よっしゃ! でかしたぞお前ら!」
助人は歓喜の声を上げ、ナイフで泥のついた根菜を掘り起こし、卵を慎重に回収した。
ポータブル電源の横に戻った助人は、小型クッカー(鍋)に水を張り、持参していた車中泊用の電気式アウトドアヒーターでお湯を沸かし始めた。
薪を集めて火を起こせば煙が出て魔物に発見されるリスクがあるが、15万円のポータブル電源による純粋な「電力(AC出力)」での加熱なら、無音かつ無煙の完全なステルス調理が可能だった。
沸騰したお湯に、綺麗に洗って切り分けた異世界の根菜を投入し、柔らかくなるまでじっくり煮込む。仕上げに新鮮な卵を落とし、そして――。
「味付けはこれだ。昨日食ったカップラーメンの『粉末スープ』の残り半分」
サラサラと粉末スープを振り入れると、ポークエキスの旨味とジャンクな醤油とニンニクの強烈な香りが、見知らぬ異世界の森にフワッと広がった。地球の叡智である化学調味料(MSG)が、ファンタジーの食材を容赦なく現代の味へと書き換えていく。
「よし。ITと魔法の共同作業(API連携)で安全確認済みの、『異世界イモと卵のラーメンスープ煮』の完成だ!」
助人は熱々のクッカーから、ふーふーと息を吹きかけてイモを口に放り込んだ。
「……はふっ、はふっ……うまっ! めちゃくちゃ美味いぞこれ! イモはホクホクで甘いし、卵も濃厚だ。ラーメンスープのジャンクな塩気が、夜勤明けの体にガンガン染み渡る……!」
『良かったです、マスター! カロリーとビタミンの栄養価計算もバッチリですよ!』
Aegisが嬉しそうにスマホの画面で緑色のチェックマークを点滅させる。
しかし、ノートPCの画面の中で、アルファだけは信じられないものを見るかのように、ホログラムを静止させて沈み込んでいた。
『……信じられませんわ。魔力を持たない異界の人間が、この凶悪な【魔群の森】の自生植物を、これほど平然と採取して調理しているなんて……』
アルファの美しい合成音声が、畏敬の念で微かに震えている。
『本来、未知の食材の毒素や隠された呪いを判別するには、専門の高位魔術師が何時間もかけて複雑な鑑定魔法を行使しなければならないのですよ? それを、たった数秒のデータ照合(えーぴーあい連携?)で、完璧に「可食判定」を済ませてしまうなんて……』
「へへっ、言ったろ。俺たちは最高のトラブルシューティング環境を持ってるんだって」
助人は卵の黄身をスープに溶かしながら、得意げに笑った。
「お前の魔力スキャン(目)と、エイジスのデータベース(脳)。この二つがAPIで適切に連携してるんだ。専門の魔術師の何百倍も早く、正確に決まってる」
『……くっ。私の高度な魔力解析を、ただの「毒味のチェッカー」に使うなんて、贅沢というか、なんというか……。でも……』
アルファは少しだけ悔しそうにノイズを鳴らした後、ポツリと、本当に小さな声でこぼした。
『……でも、貴方がその恐ろしい呪い(社畜スキル)を使わずに、こうして美味しそうにまともな食事をしてくれて……システムの管理者として、その……少しだけ安心しましたわ』
「おっ。デレたな、ポンコツお嬢様」
『デ、デレてなどいませんわーー!! 私はただ、マスターが餓死して倒れると、私の本体への帰還計画に重大な進捗遅延が出るから、論理的な判断として言っただけですわ!!』
『はいはい、相変わらず素直じゃないですねえ。マスター、冷めないうちに全部食べちゃってくださいね』
見知らぬ異世界の森の朝。
2つの優秀なAIの徹底的な安全管理のもと、しがないヘルプデスクのおっさんは、極上の異世界サバイバル飯を平らげるのだった。
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【STATUS】
転移:1日目(地球:土曜・朝)
リモートワーク:Day 0(有給申請完了)
残有給:38日
言い訳:「喉をやられて療養中・来週1週間有給取得」
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本日作者の誕生日です♪
ここまで読者の皆さんのおかげでここまで来れました!
ありがとうございます。
2章時点の登場人物をまとめたものを、後ほど本日18時頃に予約投稿いたします(; ・`д・´)
明日から3章に入りますので、どうぞ皆さん最後までお付き合い下さい。




