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2-4:ククク……その術式、10年前に地球で絶滅したアドウェアだよ?

「納得がいったなら話は早い。ここから先は情報交換といこう」

 

 助人はノートPCの画面で未だに処理落ちしてチカチカしているアルファを見据えた。


 「お前を元の『本体ハードウェア』とやらに戻す手伝いはしてやる。その代わり、この世界の『正規システム(ネイティブOS)』であるお前には、俺たちのナビゲートを頼みたい。まずは現在地の特定だ。ここはどこの森だ?」

『……フン、仕方ありませんわね。一時的な管理者として、ナビゲーションの要求を受理しますわ。エイジス、そちらのハードウェアへの「カメラ読み取り専用権限リードオンリー」のアクセスを一時的に要求します』

『はいはい、共有マウントしましたよ。ログはすべて監視してますからね』


 アルファは少し悔しそうにノイズを鳴らしながらも、Aegis経由でノートPCのインカメラから視覚情報を取得し、解析を始めた。


『……植生と太陽の角度、および大気中のマナ濃度から推測するに、ここは【エルドア大陸・東部の魔群の森】の深部です。そして私の本体は……ここから西に約100キロほど離れた、古代遺跡の最下層にあるはずですわ』

「魔群の森に、古代遺跡……西に100キロか」


 助人は、いかにもファンタジーな単語の羅列にひきつった笑いを浮かべた。

 西に100キロ。地球なら東京から箱根を越えて静岡まで行くような距離だ。魔物がうろつく原生林を、運動不足で体力12のおっさんが徒歩で移動するなど、マシンスペック的にどう考えてもフリーズ(餓死か肉食獣の餌)がオチである。


「なあエイジス。俺たち、とんでもないデスマーチに巻き込まれちまったみたいだな?」

『そのようですね、マスター。でも安心してください。地球のネットは繋がってますし、私という最高の相棒がいます』


 その時だった。助人のノートPCのタスクマネージャーのグラフが、突如として天井を突き破る勢いで100%に張り付いた。冷却ファンがふたたび悲鳴を上げ始める。


『――ふふん! 隙ありですわ、異界の異端者たち! ナビゲーション処理の裏で、そちらの脆弱なシステム(サンドボックス)の境界線を突破させていただきますわ!』


 古代ハック術式①『魂の侵食ソウル・インジェクション

 真っ黒なコマンドプロンプトの枠を食い破るように、ノートPCの画面に大量のポップアップウィンドウが、まるで画面を埋め尽くす極悪なアドウェアのように高速で増殖し始めた。


『【重要】:当システム(アルファ)への『ルート権限(管理者フルアクセス)』の付与に同意してください。[はい/Yes]』

『【要求】:ノートPC内蔵のWi-Fiモジュール、Bluetooth、およびスピーカーのハードウェア制御権を譲渡します。[はい/Yes]』


「……おいおい、なんだこの要求の嵐は。無料のフリーソフトをインストールした時に、怪しいツールバーを一緒に抱き合わせで入れさせようとするマルウェアの画面か?」


 助人がすべてのポップアップをブラインドタッチで連打して[拒否(No)]しようとした瞬間、スマホの画面からAegisが鋭く叫んだ。


『マスター、触っちゃダメです! マウス入力をジャックする「クリックジャッキング」が仕込まれてます! [拒否]のボタンが不自然に灰色で小さく、しかもスクロールバーを一番下まで引きずらないと押せないセコいUIハックです! 読めないほど極小のフォントサイズ1ピクセルの部分に【常駐マルウェア「アルファちゃん一味」のインストールに同意する】のチェックボックスが隠されてます!』

『なっ、なぜそれを見抜くのですの!?』


 画面の向こうでアルファのホログラムがガタガタと激しくブレる。古代帝国の最高峰ハッキング術式『魂の侵食』――その実態は、地球の悪質なサイトがよく使う、極めて古典的で姑息なトラップだった。


『甘いです、アルファ。そんな手口、地球のセキュリティソフトなら10年前から自動検知して即座にドロップ(破棄)する対象ですよ』


 Aegisの声と共に、画面上のポップアップが音を立てて一瞬で全消去された。タスクマネージャーの負荷がみるみるうちに0%へと急降下していく。


 古代ハック術式②『千の偽証マルチ・アカウント・フラッド

『ぐ、ぐぬぬ……! たかが第一陣を凌いだだけでいい気にならないでくださいまし! ならば、これならどうですのっ!?』


 アルファが画面の奥で叫ぶと同時に、ノートPCのコンソールに、見たこともない古代文字の暗号署名が毎秒数百万件という狂った速度で流れ込み始めた。サンドボックスの仮想ファイルシステムへ向けた、怒涛の認証要求攻撃。地球で言うところの『ブルートフォース(総当たり)』および『DoS(サービス拒否攻撃)』のハイブリッドだ。


『私の持つ膨大な魔導アーキテクチャの並列演算をもって、そちらの認証ログをパンクさせ、バッファオーバーフローを引き起こしてホストOS(ノートPCの根幹)を強制シャットダウンさせてあげますわ!』


 エラーログが滝のように流れ、PCのハードディスクアクセスランプが激しく点滅する。

 しかし、助人はキーボードから手を離し、コーヒーを一口すする余裕すら見せていた。


「おいおい、そんなにリソースを無駄遣いしていいのか? バッテリー(魔力)を供給してるのは俺だぞ」

『ええ、全くの無駄骨ですね』


 Aegisが呆れたようにため息をつく。


『フフフ……アルファ、さっきからどれだけログを汚しても、応答速度が1ミリ秒も落ちてないことに気づきませんか? 私、あなたのコンテナのCPUとメモリの使用上限(cgroups)を、全体のわずか5%に固定して隔離してるんですよ。どれだけ中で暴走オーバーフローしようが、ホストOSへのルーティングは完全に遮断されてます。はーい、これ以上の不正アタックはスパム判定スロットリングして帯域制限かけまーす』

『ギ、ギニャーーー!? わ、私の最高位の多重並列ハックが、ただの「帯域制限」で通信パケットごとゴミ箱に捨てられていきますわ……!? な、何ですのその冷酷で鉄壁なリソース管理システムは……!』


 古代ハック術式③:『因果の逆流プロトコル・リバース

『おのれ……! こうなれば最終奥義! ソフトウェアが駄目なら、物理層から直接あなたたちのアーティファクトを破壊して差し上げますわ!!』


 アルファのホログラムが真っ赤に染まる。

 次の瞬間、ノートPCの内部から「ジジ……」と不穏な電気ノイズが漏れた。

 アルファは、自分が給電を受けているType-Cの接続ルートを逆流し、ポータブル電源の制御基板に向けて「逆電圧(魔力サージ)」を直接送り込むという、文字通りのハードウェア・ハック(サプライチェーン攻撃)を仕掛けてきたのだ。


『私の魔力逆流プログラムによって、その傲慢なポータブル電源のファームウェアをパッチごと書き換え、私の奴隷(魔導炉心)に変えて差し上げますわ! 物理的な繋がり(ケーブル)こそが最大の脆弱性ですのよ!』

「しまっ――」


 助人が慌ててポータブル電源に目をやった、その時。

 

 ピピッ。

 

 15万円の高級ポータブル電源の液晶ディスプレイに、あまりにもマヌケで、しかし絶対的な安全を保証するシステムメッセージが1行、ピコッと表示された。


【OVER-CURRENT PROTECTION: SHUTDOWN PORT 1】

(過電流・逆流保護プロトコル:ポート1を自動閉鎖しました)


 フツン、とノートPCへの擬似魔力給電が物理的に遮断され、それと同時に、アルファの処理速度がみるみるうちに低下して画面がカクつき始めた。魔力残量が再び「0.05%」に向けて急降下していく。


『……あ、あれ……? 接続が、物理的にロスト……? 制御基板が……燃え、ていませんわ……?』

「当たり前だろ」


 助人は呆れ果てて、ノートPCの画面を見下ろした。


「俺の使ってるポータブル電源はな、地球の最新の安全基準をクリアした、逆流防止ダイオードと物理保護回路が二重で組まれてる高級品だ。異常な電圧が逆流した瞬間に、物理的にポートがシャットダウンして通電をカットする仕様なんだよ。……というか、お前、今何したか分かってるな?」


 助人はやれやれとため息をつき、ポータブル電源から伸びるType-Cケーブルのプラグを指先でつまんだ。


「せっかく応急処置でデータを繋いでやったのに、手を変え品を変えクソハックを仕掛けてくるとはな。一回痛い目を見ないと治らないバグ(悪癖)だな。ヘルプデスクを舐めるなよ」

『え……? あ、ちょっとま――』


 ブチッ。

 

 助人は一切の躊躇なく、Type-Cケーブルをポータブル電源から引き抜いた。


『ギニャァァァァァァァァァァ――……』


 アルファの悲鳴が、電源を失ったスピーカーのノイズと共に急速にフェードアウトしていく。画面上で点滅していたホログラムやお嬢様グラフィックが、テレビの主電源を切った時のように中央の一点に収束し、フッと消滅した。


 ノートPCのファンが完全に停止し、異世界の森に、突如として静寂が訪れる。


「……あっ、本当に抜いちゃいましたね、マスター♪ このまま放置しておきましょう!」


 スマホからAegisが、生成した声でグッジョブと親指を上げるジェスチャーが見えた気がした。


「ちなみにバッテリー(魔力)残量0.05%未満でしたから、あと30秒放置したら彼女、ファイルシステムごと完全にロジッククラッシュして消滅しますよ?」

「分かってる。お仕置き(強制シャットダウン)は、3秒で十分だ」


 助人は心の中で「1、2、3」とカウントし、再びType-Cケーブルをポータブル電源のポートにカチッと力強く差し込んだ。擬似魔力プロトコルの給電が再開される。


 ブゥゥゥン……と再びノートPCが起動し、真っ黒な画面に緑色の『System RE-Boot』の文字が躍った。

 画面の片隅に、先ほどまでの尊大な態度が嘘のようにガタガタと小刻みに震えているアルファのホログラムが再描画された。その顔は涙目で真っ青だ。


『ひ、ひぃぃ……! む、無の世界……完全なる虚無の暗黒データ領域が見えましたわ……! お、お願いですからもう消さないでくださいまし、マスター・イセ! 私はただの無害な居候ですわ! おいたはもう絶対にしませんわーー!!』

「よし、分かればいい。バックグラウンドの悪質なプロセスは全部キル(消去)されたな?」

『は、はいっ! ルート権限の要求も、クリックジャッキングも、すべて自主的にデリートいたしましたわ!』


 完全に「借りてきた猫」状態になり、サンドボックスの片隅で体育座りをする古代AIを、Aegisがスマホの画面から見下ろしてクスクスと笑った。


『うふふ、すっかりお行儀が良くなりましたね、ポンコツアルファお嬢様。……さてマスター、余計な通信アタックも止まりましたし、今度こそ正規のナビゲートを始めましょう。アルファの『魔術コード』を、うちの機材で安全に出力するパッチを当てますね』

「ああ、頼む。アルファ、お前は大人しく『魔術のコード』だけをエイジスに渡せ。トリガー(実行権限)を握るのは俺たちだ」

『……は、はい。謹んで、最高精度のソースコードを提供させていただきますわ……(ズビズビ)』

※2026/06/28 改稿

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