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【完結】私の理性が切れたとき、あなたの人生も切れます  作者: 逆立ちハムスター


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⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀

激しい馬蹄の音が、地響きとなって城の中庭から響き渡った。


それは一台や二台の馬車の音ではない。数十頭の軍馬が、重い鉄の蹄で石畳を打つ、地獄の行進曲のような轟音だった。


「な、なんだ……!? 一体何事だ!?」


ジュリアンは慌てて廊下の窓に駆け寄り、下を見下ろした。


そして、彼の顔から、血の気が引いていった。


城の中庭を埋め尽くしていたのは、鮮やかな紺色と銀の鎧を身に纏った、王室直属の「帝国近衛騎士団」の重装騎兵たちだった。その数、およそ五十名。全員が長槍を持ち、獲物を囲い込むように城を取り囲んでいる。


そして、その中央に立つ豪華な馬車から下り立ったのは――王室財務庁長官であるグスタフ伯爵その人と、昨日古文書を買い取っていったはずの古物商フランツ氏であった。


「な……なぜ、王室騎士団がこんなところに……!?」


ジュリアンが混乱し、ガタガタと震えていると、城の玄関の重い鉄扉がドン! ドン! と豪快に叩かれた。


「開けよ! 王室財務庁ならびに帝国法務省の命である! ローゼンブルク男爵ジュリアン、速やかに姿を現せ!」


腹の底に響くような騎士団長の怒号が城内にこだました。


寝室から目をこすりながら出てきたセシリアが、顔を蒼白にしてジュリアンにすがりついた。


「ジュ、ジュリアン様ぁ……何ですのあれ!? 怖いですわ! あの兵隊さんたち、何をしに来ましたの!?」


「わ、分からん! 何かの間違いだ! 財務庁がなぜうちに……!?」


ジュリアンは足をもつれさせながら、大階段を下りて玄関ホールへと走った。


すでに鍵の壊された玄関の扉が押し開けられ、鋭い鉄の匂いをさせた騎士たちが雪崩のようにホールへと侵入してきていた。その中心に立つ財務庁長官グスタフ伯爵が、冷酷な眼差しでジュリアンを見下ろす。


「ジュリアン・ローゼンブルク男爵だな」


「は、はい! 私が当主のジュリアンです! 長官閣下、一体これはどのような失礼でございますか! 我がローゼンブルク家は代々、王家に対して……」


「黙れ、罪人め!」


長官の一声が、ホールの空気を氷つかせた。


グスタフ長官は、懐から一枚の羊皮紙――王印の捺された「緊急逮捕状」と「全財産即時凍結・押収命令書」を突きつけた。


「お前に対し、国家叛逆罪、過去二十年にわたる違法銀鉱山の隠蔽、王室への莫大な脱税、ならびに密輸組織との不法取引の容疑で逮捕状が発令された。ただちに拘束せよ!」


「な……なに……!? 国家叛逆……!? 脱税……!? なんのことだ! 何かの間違いです! 俺は何も知らん! 何もやっていない!」


ジュリアンは狂ったように叫んだ。騎士たちが一斉に彼を取り囲み、その太い腕を背中に押し付けて組み伏せる。


「放せ! 放せ! 俺は男爵だぞ! 金ならある! 昨日金貨五千枚の手に入れたばかりだ! フランツ殿! フランツ殿、何か言ってください! あなたに古文書を売ったでしょう!?」


ジュリアンは長官の背後に立つフランツ氏に向かって、悲鳴のような助けを求めた。


フランツ氏は、眼鏡のふちを指先で静かに押し上げながら、哀れみすら含まない冷徹な瞳でジュリアンを見下ろした。


「ええ、男爵閣下。私は確かにあなたから『古文書』を買い取りました。そして、その古文書の木箱の一番上に、あなたがご丁寧に添えてくださった『裏台帳』と『密輸の契約書』を、そのまま王室財務庁へとお届けいたしました」


「う、裏台帳……!? 密輸……!? 何を言っているんだ! 俺はそんなもの知らん! あれはただの古くさい紙くずで……」


「知らなかった、では通りませんよ、ジュリアン様」


フランツ氏は静かに、そして決定的な一言を放った。


「あの裏台帳の最後のページには、あなたご自身の直筆の署名と、判印がしっかりと残されておりました。そして何より……本日私どもにあの書類を売却する契約書に署名されたのは、他ならぬあなたご自身です。『我が家の全権利を含む書類を売却する』とね」


「あ……あ……」


ジュリアンの頭の中で、昨日起こった出来事が、パズルのピースのようにカチリと組み合わさった。


古文書の売却。

金貨五千枚。

エレノアの静かな微笑み。

「感謝している」という言葉。

そして、あの手紙――『膝を折れ』。


「エレノア……!!」


ジュリアンは血を吐くような叫び声を上げた。


「あの女だ! あの女が俺を陥れたんだ! エレノアが裏台帳を仕掛けたんだ! 奴を捕まえろ! 犯人はあの女だ!!」


グスタフ長官は、吐き捨てるように冷たく言い放った。


「無駄な見苦しい罪のなすりつけはやめろ。エレノア夫人は、数年前からお前の乱行と不正に耐えかね、王室財務庁に対し密かに告発の準備を進めていたのだ。彼女は我が国の『正義の協力者』であり、事前にお前の不正を証言した上で、すでに王家の保護下にある」


「な……なんだと……!?」


「それから、お前が浮かれて持っていたあの金貨五千枚の小切手だが」


フランツ氏が、申し訳なさそうに、しかし極上の皮肉を込めて言った。


「先ほど、王室財務庁の手続きにより、全額『不法所得の没収』として凍結されました。あなたには一銅貨たりとも渡りません。それどころか、ローゼンブルク家の全財産は本日をもって差押えとなり、領地は王室直轄地となります。お前たちの身ぐるみは、すべて剥がされるのだ」


「いやだああああ! 私のドレス! 私のルビー!!」


悲鳴を上げたのはセシリアだった。


騎士たちが彼女の羽織っていた派手なガウンと首飾りを容赦なく剥ぎ取り、ただの粗末な下着同然の姿で床に転がした。昨日の宝石商や服飾屋たちも、代金が支払われないことを知ると顔色を変え、「詐欺師め!」「金を返せ!」とジュリアンに向かって罵声を浴びせかけた。


「ジュリアン様! どうにかしてください! 私、こんなの嫌ですわ! 帝都の劇場はどうなりますの!? 私の黄金の未来は!?」


セシリアがジュリアンの顔を殴りつけながら叫ぶ。


「黙れ! この害悪め! お前のせいで俺は……お前が劇場なんて言わなければ、俺はあの書類を売らなかったんだ!!」


「なんですって!? あなたが無能だからでしょう! この役立たず! 馬鹿男!」


かつて愛を囁き合っていたはずの男と女が、泥と血に塗れながら、冷たい大理石の床の上で醜く殴り合い、罵り合っていた。


騎士たちが冷酷に二人を引き剥がし、太い鉄の鎖でその手首を縛り上げていく。


「連れて行け。罪人ジュリアン・ローゼンブルク、および共犯者セシリア。帝都の地下牢へ収監し、法に則って断頭台へ送る」


「嫌だ! 助けてくれ! エレノア! エレノアあああ!!」


ジュリアンの悲痛な叫び声が、誰もいなくなった城ホールに虚しく響き渡った。


彼がすがりつこうとした妻は、もうどこにもいない。


彼が嘲笑し、「血の通わない石像」と呼んで蔑んだ女の理性によって、彼の人生は、完璧に、再起不能なまでに切り刻まれたのだから。



数日後。


帝都の最高級ホテルのテラスで、私は澄み切った秋の風を受けながら、静かに紅茶を嗜んでいた。


テーブルの上には、帝都の新聞が広げられている。


一面には大きな活字で、『ローゼンブルク男爵家、大規模脱税と国家叛逆で即時改易。当主ならびに愛人に死刑判決』の見出しが躍っていた。


新聞の記事によれば、ジュリアンとセシリアは帝都の最も暗く湿った地下牢に投獄され、毎日冷たい水と腐ったパンしか与えられず、来月執り行われる断頭台での処刑を待つ身となったそうだ。ジュリアンは牢の中で「エレノアに会わせろ」「俺は騙されたんだ」と狂ったように叫び続けているらしい。


私はカップを静かにソーサーに戻した。


「エレノア様、フランツ様がお見えになりました」


マリアが優雅にお辞儀をし、フランツ氏をテラスへと案内してきた。


フランツ氏は帽子を脱ぎ、私に向かって完璧なお辞儀をした。


「素晴らしい朝ですね、エレノア様。……いや、今は旧姓に戻られたのですから、『エレノア・フォン・ヴェルナー女爵』とお呼びすべきでしょうか」


「お久しぶりです、フランツ様。素晴らしいお仕事でしたわ」


「いいえ、私はただ、あなたが完璧に描かれた筋書き通りに動いた役に過ぎません」


フランツ氏は私の向かいの席に腰掛け、一通の書類を差し出した。


「王室財務庁からの感謝状と、今回の不正摘発に貢献されたことに対する報奨金の証明書です。それから……亡きお父上のヴェルナー家の爵位と土地の再興が、国王陛下より正式に許可されました」


「まあ……」


私は手元に届けられた書類に目を通した。そこには、私が失ったはずの我が家の名誉と、父が愛した土地の権利が、完璧な形で私のもとへと戻ってきた証が刻まれていた。


「これで、あなたを縛るものは何一つなくなりましたね」


フランツ氏が、少しだけ温かみのある瞳で私を見つめた。


「ええ」


私は微笑んだ。


胸の奥を通り抜ける風は、どこまでも心地よく、自由だった。


男に頼り、男の顔色を窺って生きていく時代は終わったのだ。私は私の知性と、私自身の理性をもって、自分の人生を切り拓いていく。


もし、また誰かが私を足蹴にし、私の大切なものを奪おうとするならば――その時は、ただ静かに、微笑んで理性を切ればいいだけなのだから。


「フランツ様、新しい事業の計画について、ご相談がありますの」


私は美しい紅茶のカップを持ち上げ、朝日に照らされた帝都の街並みを遠く見つめた。


私の新しい人生は、今、ここから始まったばかりだった。

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