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【完結】私の理性が切れたとき、あなたの人生も切れます  作者: 逆立ちハムスター


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⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀

運命の時計の針は、カチ、カチと、無慈悲な音を立てて刻まれていた。


フランツ氏が古文書を買い取り、黒塗りの馬車で城を去ってから、二日が経過した。


その二日間、ローゼンブルク城はまさに狂乱の宴に包まれていた。ジュリアンは手に入れた金貨五千枚という大金を前に完全に理性を失い、帝都から評判の宝石商や服飾仕立屋、高級ワインの商人たちをわざわざ呼び寄せた。彼らは朝から晩まで大広間に居座り、セシリアのためにオーダーメイドのドレスや、ダイヤとルビーを散りばめた首飾りを次々と注文していた。


「見てごらんなさい、ジュリアン様! このルビー、まるで私の唇のように艶やかですわ!」


「ハハハ! 似合うぞ、セシリア。君のような美しい女性にこそ、本物の輝きがふさわしい。値段など気にするな、いくらでも買ってやる!」


酒の匂いと豪華な料理の残り香が充満する廊下に、彼らの歓声が響き渡る。


私はその喧騒から遠く離れた執務室で、最後の仕事をこなしていた。


デスクの上には、ローゼンブルク領の真の会計台帳と、私個人の手配書が並んでいた。私は一枚一枚の書類を丁寧に検分し、ペンを走らせる。


ジュリアンが浮かれている間に、私はこの城で長年真面目に働いてきた古い執事や調理師、老僕、そして下女たちを静かに部屋へ呼び出していた。


「料理長、これはあなたのこれまでの働きに対する特別退職金です。帝都の中央銀行でいつでも換金できる小切手にしてあります。今夜のうちに家族を連れて、南部の実家へ帰りなさい」


「え……? エレノア様、これは一体……? 突然そのようなことを言われましても……」


老料理長は困惑し、差し出された紙切れと私の顔を交互に見つめた。


「理由は問わないでください。ただ、この城に長く留まるのは危険です。明日の朝までに、信命できる使用人全員に給与の三倍の手当を渡し、城を去るよう手配しました。あなたも、私の指示に従ってください」


私の声には、逆らいがたい絶対的な静寂の威厳があった。料理長は事態の異常さを感じ取りながらも、固く唇を結び、深く頭を下げて部屋を退出していった。


罪のない者たちを、巻き込むわけにはいかない。


それが、私の「理性」が残した、最後の人間的倫理だった。私を傷つけたのはジュリアンとセシリアであり、領地の末端で額に汗して働いてきた者たちではない。彼らには新たな人生を始めるための十分な金を与え、嵐が吹き荒れる前に安全な場所へ逃がす。それが私の完璧な撤退計画の第一項であった。


ふと、執務室の窓の外に目をやると、夕闇が静かに領地を包み込もうとしていた。


中庭の古びた噴水が、赤い夕日を浴びて血のように染まっている。


かつて――ほんの数年前、私がこの城に嫁いできたばかりの泥沼のような日々を思い出す。


(中世の恋愛、か……)


胸の奥で、カサついた落ち葉が揺れるような小さな感覚があった。


かつて、父の勧めによってジュリアンとの婚約が決まったとき、私は彼に対してわずかながらも憧れと期待を抱いていた。


当時のジュリアンは、若く、見た目だけは洗練された美青年だった。乗馬が得意で、私に贈るために摘んできたと言って野の薔薇の花束を手渡してくれたこともあった。彼が語る「領地をより豊かにし、人々の笑顔があふれる街にしたい」という夢は、世間知らずだった若い私の心をほんの少しだけ揺らしたのだった。


私は信じていたのだ。彼と共に手を携え、互いの欠点を補い合いながら、温かく誇り高い家庭を築いていけるのだと。それが私にとっての「愛」であり、私の生きる道なのだと。


しかし、その幻影は祝言の当日に脆くも崩れ去った。


彼が望んでいたのは、共に歩むパートナーではなく、自分を無限に甘やかし、自分の無能さを隠してくれる「都合のいい飾り」だった。私が台帳の不備を指摘すれば不機嫌になり、私が領地の改革案を提示すれば「女のくせに生意気だ」と激怒した。そして彼は、自分を一切批判せず、ただ「ジュリアン様は素晴らしい」「世界で一番強いお方」と持ち上げてくれる浅薄な踊り子や娼婦たちの元へと逃避していったのだ。


私の抱いた甘い恋心は、彼の冷酷さと愚かさによって、一日ごとに削り取られていった。悲しみは怒りとなり、怒りはやがて凍りついて、透明な「理性」へと昇華した。


愛などという不確かな感情に頼るから、人間は裏切られ、傷つくのだ。


確かなのは、数字と、論理と、冷徹な事実だけ。


私はジュリアンという男を「愛する夫」として見ることを完全にやめ、「管理すべき欠陥物件」として処理するようになった。それが私の生き残り戦略であり、私なりの冷えた誠実さだった。


だが、彼はその私の最後の歩み寄りすらも蹴り飛ばし、私の父の遺産をドブに捨てた。


なら、もういい。


私は机の引き出しから、一羽の羽ペンを取り出し、白紙の便箋に一筋のインクを走らせた。


ジュリアンへ宛てた、最後の手紙。


文章は短く、冷ややかで、一切の感情を排したものだ。それを封筒に入れ、ジュリアンとセシリアが狂騒の果てに眠るであろう主寝室の扉の前に置いておくことにした。



深夜。


城内は不気味なほど静まり返っていた。


すでに給与を受け取った使用人たちの多くは、夜陰に紛れて静かに城を去っていた。残っているのは、酒に酔い潰れて大広間のソファで雑魚寝をしている帝都の商人たちと、二階の豪華な寝室で抱き合って眠っているジュリアンとセシリアだけだ。


私は黒い旅行用のドレスに着替え、小さな革の鞄を一つだけ手にした。中には、帝都の銀行の口座番号が記された書類と、母の遺品である小さなカメオのブローチだけが入っている。


北塔の階段を上り、二階の廊下を歩く。


主寝室の豪華なオーク材の扉の前で立ち止まり、私は手に持っていた手紙をそっと足元に置いた。


扉の向こうからは、ジュリアンの不品行な寝息と、セシリアの甘ったるい寝言が微かに漏れ聞こえていた。


「ジュリアン様ぁ……もっとルビーを……」


私は、その声を聞きながら、冷ややかに唇を綻ばせた。


「ええ、セシリア。たっぷりともらいなさい。ルビーではなく、冷たい鉄の鎖をね」


私はくるりと背を向け、大階段へと向かった。


一度も振り返らなかった。この城には、私の未練など何一つ残っていなかった。私の青春も、私の希望も、すべては数年前にこの城の冷たい大理石に吸い取られて消えていたのだから。


城の裏門には、私とマリアのために手配しておいた一台の黒い馬車が待機していた。


御者台に座る男は、帝都の信頼できる秘密運送業者だ。彼もまた、私が個人的な資金で雇った男である。


「エレノア様、お荷物はこれだけですか?」


「ええ。十分よ。行きましょう、帝都へ」


私はマリアの手を取って馬車に乗り込み、小さな小窓から離れゆくローゼンブルク城を眺めた。


月光に照らされた古城は、まるで巨大な墓標のように黒く尖ってそびえ立っていた。あの城の中で、明日、一つの歴史が完全に終わりを迎えるのだ。


馬車がガタゴトと音を立てて走り出し、私は静かに瞳を閉じた。


胸の中にあるのは、完璧な仕事を成し遂げた後の、清々しい疲労感だけだった。



翌朝。


陽が昇り、ローゼンブルク城に爽やかな朝の光が差し込む頃。


ジュリアンは頭を割るような二日酔いの痛みに耐えながら、ゆっくりと目を覚ました。ベッドの隣には、派手な絹の寝具にくるまったセシリアが満足そうな顔で眠っている。


「うぐっ……頭が痛い。おい、エレノア! 水を持ってこい! おい、誰かいないのか!」


ジュリアンは大声で叫んだ。


いつもなら、彼が声を上げればすぐに老執事か下女が飛んできて、氷のように冷えた水と清潔な手拭いを用意するはずだった。


しかし、応答はない。城内は静まり返っている。


「ちっ、役立たずどもめ……昨日給料をもらったからといってサボりやがって。全員解雇してやる」


悪態をつきながら、ジュリアンはガウンを羽織り、寝室の扉を開けた。


パサリ。


足元で、白い封筒が落ちる音がした。


「なんだ、これは……?」


ジュリアンは眉をひそめ、地面に落ちた封筒を拾い上げた。そこには、見慣れたエレノアの美しく整った筆跡で、ただ一言、彼の名前だけが書かれていた。


封を開け、中の手紙を取り出す。


そこに書かれていたのは、短く、しかし解読不能な謎めいた文章だった。


『ジュリアン様。

あなたが手に入れた金貨五千枚は、私からの最後の「離婚祝い」です。

どうぞ、セシリア様と共に、その価値を存分に噛み締められますよう。

私のアドバイスを一つだけ残しておきます。

帝都からの使者が到着したとき、言い訳をするのではなく、ただ静かに膝を折りなさい。

それが、あなたが残された唯一の「誇り」を守る方法です。

さようなら。

エレノア』


「はあ……? 離婚祝いだと……? 膝を折れ……?」


ジュリアンは手紙を破り捨て、地面に吐き捨てた。


「なんだあの女! 気取り腐りおって! 自分から出て行ったのなら好都合だ! 捜索届も出さんぞ! これで俺はセシリアと正式に結婚できる!」


彼が手紙を踏みつけ、勝ち誇ったように大声を上げた、まさにその時だった。

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