17 匣から出た猫②
俺が何よりその少女を握り潰したくなった理由は、彼女の目に、部屋の惨状が一切映り込んでいないことだった。
保護者である老夫婦を喪い。
その痕跡を色濃く残す血塗れの居間の中心で。
「……たりなかったなら、おかね、だすから」
依頼人候補は、未だに死んだ猫を追っている。
この少女は異常だ。
少なくとも、ソファで飛び跳ねて依頼をしてくるだけの、無邪気で幼気な少女ではない。
「こいつ」
「ステイ、がしゃどくろさん……あいちゃん。私たちを呼んだのは、それが理由ですか?」
「うん。けーじさんに、おねがいしたの」
「……あさぎ」
「この子の口から『お前が犯人だ』と出ないとも限らん……こんな場所で会話を望む、とは思っていなかったがな」
女刑事は俺の声に肩をすくめた。
さすがに、保護者が死んだ場所で猫探しの依頼をするとは思っていなかったらしい。表情こそ涼しいが、そのこめかみには冷や汗が流れている。
「はやく、しないと」
周囲の人間の動揺も知らず、少女は続ける。
「もっと……もっと、いっぱい。しんじゃうよ」
いやになるくらい、確信に満ちた表情だった。
この少女は何かを知っている。老夫婦を殺した爪を持つ骸装のことも、その原因のことも。そして恐らくは、俺たちが知る由もないことも。
探偵は、少女を依頼人と認めたらしい。
「猫ちゃんが迷子になったのは、いつ頃ですか?」
「いっしゅーかんまえ」
一週間前。
その日付は、依頼人が俺たちの事務所に怒鳴り込んできた日付だ。
まだ詳細な日時を知っている訳ではないが……スリップ事故で猫が死んだ日では、まずないだろう。
今は十月。
長野の山で雪を原因としたスリップ事故が起きるには、まだ早い。
「待てよ葦花。つまり、猫はそれまで……」
「あなたの傍にいたんですね、あいちゃん」
「ん」
依頼人は当然のようにうなずいた。
「おかおはみえないけど、パパとママがしんじゃったひから、ずっと、ずっといっしょにいたの」
「……『骸』か」
探偵には、既に察しがついたらしい。
「どういうことだ」
「いわゆる動物霊ですよ、今回の場合、あいちゃんの猫は『守護霊』というシステムで、あいちゃんに憑いた。凶器として扱える『骸装』ではなく、純粋に彼女の傍に残留するエネルギー『骸』として……」
「つまり?」
「……猫ちゃんは幽霊になって、あいちゃんの傍にいた、ということです」
「人間じゃないのに『骸』に?」
「人間より発生率は低いですが、前例自体はあります」
「おねーちゃん、あいちゃんとお話ちゅーでしょ!」
「あっすいません」
複雑な空気があったが、しかし、問題はそこではない。
どんな守護霊だろうが悪霊だろうが、ただ居て、それで日常が送れているというのなら、それは異常でもなんでもない日常の一部だ。事件などでは決してない。
問題は、
その猫ちゃんが、迷子になったこと。
「ねこちゃんはね、あいちゃんがほしいもの、とってきてくれるの。
でも……いっしゅーかんまえから、とってきてくれなくなって」
異変に気付いたのは、その時点らしい。
「欲しいもの?」
「おやまでおなかすいた時は、らいたーとか。おにくとか、きのみとか。ぽてちももってきてくれたよ!」
「……こんなポヤポヤしたガキが三日も雪山で生存してた理由ってのは、それか」
「でしょうねぇ……理由に心当たりは?」
「…………」
依頼人は少し頭を悩ませた。
うーん、と唸り、くるくると頭をまわし、指で空中をぐちゃぐちゃして。
「わかんない」
わかんなかったらしい。
ガキは嫌いだ。
「あなたも享年はガキでしょうに」
「知らん」
「……しかし、そうなると手詰まりですね……」
そうだ、と探偵が声をあげる。
「では、理由を聞かせてください」
「りゆー?」
「どうして……猫ちゃんを見つけないと、人が死んでしまうと?」
依頼人はさらりと答えた。
「あのこ、あいちゃんがとめないと、にんげんたべるもん」
さらりと答えるな、そんなの。




