16 匣から出た猫
ミステリーです
「言っておくが、がしゃどくろ。お前は容疑者候補筆頭だ」
「葦花に言え」
「私の妹がこんなことをする訳がないだろう」
女刑事・葦花あさぎはそう言って、俺と探偵を現場に案内した。
聖水に一度浸された警告ロープの向こう、先日、俺と探偵が訪れた日本家屋。
その居間は、血痕で埋め尽くされていた。
居間の中で、水風船が破裂したみたいだった。
四方八方に爆発するみたいに撒き散らされた後。
黒く乾燥して粘ついた鉄臭い血液が、居間の壁も、床も、障子、天井さえも覆っている。
破裂の中心には、二つの死体を示す白テープの輪郭。
そのテープの下――机は、ズタズタに引き裂かれている。
「爪痕ですね」
探偵は部屋に充満する鉄の臭いに眉をしかめ、そう断言した。
「猫が爪とぎをした後みたいです。さっき見せてもらった死体も、そんな塩梅でした。熊か、巨大な猫か……」
「猫が机ごと人間を刻めるとでも?」
「がしゃどくろさん、分かってて言ってるでしょう」
これ見よがしにため息を吐く、探偵。
「骸装ですよ。爪を持つ骸装が、使われた」
骸装の存在を明言する、探偵。
それは重要な問題だった。
『骸』……悪霊の類は、システムの中で人を殺す。呪われた地に踏み入っただとか、死者の怒りに触れただとか、少なくとも確実な理由とシステムの下、条件の中で、殺すのだ。
だが、『骸装』は違う。
『骸』を元に霊能者が操れるように調整された存在である『骸装』は、凶器だ。
凶器が人を殺したのならば、それは凶器を使った人間がいることを示す。
老夫婦は、人間に殺されたのだ。
「我々も同じ見解でいる」
女刑事は探偵の見解に頷き、そのまま、俺たちを厳しい目で見た。
取調室での報告の際に見られるような、一種気安い視線……ではない。
容疑をかける目である。
「問題なのはだよ、よつゆ」
「……はい」
「『骸繰』のお前は、つい最近この老夫婦の家を訪れている――つまり、お前が疑われている、ということだ」
分かりやすい話だ。
骸装を操れる霊能力者、『骸繰』。
探偵もまた、俺という骸装を連れている……疑われるのは当然だろう。
『私の妹がこんなことをする訳がない』。
葦花あさぎは私情を抱えながらも、状況を冷静に分析できる人間だったということだ。
「心当たりがあれば聞かせてくれないか、よつゆ」
妹であろうが、犯人であれば容赦はしない。
「……ありません」
鋭い視線を受け、探偵は言葉を選びながら口を開いた。
「以前……修道院さんから依頼を請け、ここを訪れた時。何も感じませんでした。がしゃどくろさんもそうでしょう」
「あぁ」
「この建物に『骸』の気配はない。外部の誰かが『骸装』で老夫婦を殺した。
それ以上のことは、何も」
犯人は舞台にあがっていない。
探偵は、怪しい人物にも出来事にも、一切の関わりがない状況でここにいる。
偶然訪れて、家庭事情を聴いただけの相手。それが、惨殺されているだけなのだ。
「……ガキは、死んでないのか」
「ガキ?」
俺の呟きに、女刑事は首を傾げた。
「いるだろ、ガキ。老夫婦の娘夫婦の娘の……ややこしいな。とりあえず孫。俺たちが断った依頼の依頼人だ。
名前はたしか……『修道院あい』とか言ったか」
「あぁ、彼女なら……」
女刑事が探偵の背後に目をやる。
「お前たちに、会いたいと」
少女は、そこに立っていた。
寝間着姿に、赤いランドセル。黒のツインテール。
この世の問題なんて何一つ視界に入っていないような幼い輝きを孕んだ瞳で、俺たちが断った依頼人――修道院あいは、探偵の背後に立っていた。
いつの間に、などとは思わない。
容疑者をわざわざ現場に連れてくる理由が、彼女の希望だったのだろう。
「おねーちゃん」
事務所で聞いた声と全く変わらぬ調子で、修道院あいは探偵に告げる。
「はやく、ねこちゃんを見つけて?」




