11 断章・探偵は骸の頬を撫でる
「骸背負い?」
俺が探偵にそう尋ねたのは、あの日の路地裏だった。
太陽が射すビルとビルの狭間。
花束を蹴散らし、飲み干し捨てた缶ジュースの缶をカンっと蹴り飛ばす探偵――葦花よつゆ。
「はい。あなたは『骸背負い』に襲われたんですよ、がしゃどくろさん」
俺がバラバラ死体になってから初めて見た少女は、この世のものと思えないほど美しかった。
鴉の羽根のような黒髪を、惜しげもなく可愛く斬り捨てたボブカット。
きちんと糊付けされたブレザーの制服。
そして……屈んで、俺と視線を合わせる、月のような銀色の目。
息ができなくなるほどに綺麗な少女に、話しかけられている。俺は自分の状況を忘れて、ただあわてて言葉を紡いだ。
「……人違いじゃ、ないですか」
「ひとちがい? 人でもないのに」
「いや、もう俺は幽霊かなんか、あなたの言う骸とかいうものなんでしょうから骸違いというべきでしょうが、少なくとも、俺は『がしゃどくろ』なんて名前ではありません。俺は……俺、は」
なんということもない。
ただ人違いだと言うために、自分の本当の名前を言えばよいのだ。
ただそれだけ。ただ自分の名前を言うためだけに、口を動かせばよい……だというのに、俺は俺の名を話そうとすると、思考しようとすると、なぜだか、出てくるべき名前が、浮かんでこなくなるのだ。
むしろ、沈むような。
俺の手を離れて、思考の海に埋没していくような……
「私を見てください」
そんな俺の頬に、彼女の手が触れた。
白くて柔らかくて、細い、女の子の手だ。幼馴染のがさつな手とは違う、繊細な触れ方。
「それ以上、思い出そうとしてはいけません。あなたの名前はもうどこにも無く、あなたの記憶はもうどこにも無い。あなたはただ、残滓でしかないのです」
「……残滓」
「お話したでしょう。『骸』とは、人が死に際に発する思考、生命エネルギーの残滓にすぎません。あなたはもう死んでいる。あなたはもう、名前のある個人ではない」
彼女は、恐らくこう言いたいのだ。
お前はもう、■■■ではないのだ、と。
その事実を認識すると、俺の表情筋が蠢くような感じがした。引きつるような、涙ぐむのとは決して違う、まるで毒キノコを食べたみたいな、麻薬を吸ったみたいな、親戚のビールを勝手に飲んでしまったような、そんな抗いがたい、毒々しい変化……。
「あなたはがしゃどくろ。生者を憎み、嗤う髑髏でしかないのです」
俺は、嗤っていた。
自分の頬に触れる。彼女の手の上から。
そして気付く。頬がない。舌がない。喉がない。瞼がない。眼球がない。
俺には、血も肉もない。
「あなたの血と肉は、奪われました。あなたはその残滓でしかないのですよ、がしゃどくろさん」
「……誰に?」
「『骸背負い』に」
青白い炎が揺れるのが見えた。眼球も無いのに見れたというのもおかしな話だが、俺はたしかに、それを認識した。
俺が包みこむように触れた、少女の腕。
そこに……青白い、骨の指の形をした、痣が芽生える。
「――――象った」
少女はそれだけ言って、俺の頬から手を離した。
苦痛に顔をゆがめ、それをすぐに聖母のような笑みに変えて、俺を見下す。
「私も奪われたんですよ。可愛すぎて気付かないかもしれませんが」
「……可愛いって、自分で言うんですね」
「言いますが?」
こほん、と。愛らしく咳払いをして。
「――――あなたの骸を、私に使わせてください」
彼女は太陽が射す中で、月の光みたいに微笑んだ。
「『骸背負い』を、殺すために」




