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10 骸装探偵の朝食

 朝食は取り調べ室のかつ丼だった。


「お前またやったのかよ、よつゆ」

「じゃなきゃこんな所いないでしょ、姉さん」


 警視庁公安第十四課『骸係』。

 地下深くに数々の骸対策の呪符や霊的な警備をもって設置されている取調室には、当然朝日もなにも射さない。地下だもの。

 俺のような悪霊対策もいっぱいされている場所だから、正直あまり来たくはない。

 しかし、仕事が終わったら、俺たちはほぼ確実に連行されることになっていた。


「あのなぁ、獄門級をそんな簡単に使われたらウチも困るんだよ」


 葦花あさぎ。

 鴉の濡れ羽のような黒髪をポニーテールでまとめた女刑事。

 狭く暗い取調室の中で、その油断のない猛禽類のような灰色の瞳が鋭い。 

 探偵の……葦花よつゆの、姉。


「でも、使わなかったら可愛い妹が死んでましたよ?」

「赦す」

「早くないか?」

「お前は黙ってろがしゃどくろ姉妹水入らずの会話だぞ」


 俺にだけ当たりが強い、妹に甘い女刑事である。


 今回の取り調べは、あくまで形式上のもの。個人経営の探偵から公安への報告といった形が近い。

 犯人――宇志峰喜一は、『霊威骸装類所持等取締法』に触れ、収監された。

 骸装を非合法的に所持していたことへの、罰である。

 娘殺しに関しては、なにも言及されていない。


「……で、お前の意見を聞きたい。よつゆ」

「はい?」

「宇志峰喜一は、娘を殺したのか?」


 探偵は二杯目のかつ丼を平らげてから、答えた。


「いいえ」


 正気を疑う回答だった。



「宇志峰紗理奈は、自分の意思で死にました。それは否定されるべきじゃあありません」



 俺は探偵を握ろうとし、その頭蓋に刑事の銃口を向けられた。

 骸装の霊的な破片に細工した弾丸が込められた銃だ。食らったことはあるが、あまり心地よいものではない。


「まずは話を聞け、がしゃどくろ。お前は感情的すぎる」

「……悪霊に感情以外を求めるなよ」

「よつゆ、続きを」


 探偵は、紗理奈が首を吊った日について言及した。


「小雪ちゃんがギュウキに襲われたのは、八月一日。

 それは、紗理奈ちゃんが首を吊ったのと、まったくの同日です」

「同日?」

「えぇ。紗理奈ちゃんは、小雪ちゃんをギュウキが襲う場面を見たのでしょう。引き留められたら、襲うようにできている。娘を守ると騙ったのですから、そういうシステムだったに違いない」


 俺はそこで、紗理奈の部屋に残っていた感情に気付いた。

 骸にもなれない、生命エネルギーの残滓。吐き出された感情。

 戸惑いと、驚き。


「紗理奈ちゃんは、自分がギュウキに守られていることに気付き、戸惑った」


 そして。


「小雪ちゃんへのギュウキの暴行を止めるため、戸惑いながらも、自らの命を投げ出した」


 首を、吊った。

 その行動は、父親である喜一が過保護な呪いで娘を追い詰めた結果だ。

 だが、その結果の先で死を選らんだのは……他ならぬ、紗理奈自身だった。


「褒められたことじゃあありませんけどね。でも、紗理奈ちゃんは小雪ちゃんを救った。それが分かっているから、小雪ちゃんも『何もできなかった』と嘆いていたのでしょう」


 その行動は決して褒められたものじゃない。

 自分の命を投げ出すのは、いつだって愚か者のすることだ。だけれど、決して、その行動は。


「……否定されるべきでもない、か」


 女刑事が呟く。

 ()()()()。なるほど、喜一の語る通り、紗理奈は優しい娘だったらしい。

 俺はいつぞやの古傷を思い出した。骨に置き換わった四肢が疼く。逃げろと叫んだ自分の、若い声を思い出す。


「……チッ」


 俺は探偵を握ろうとした腕を下ろした。同時に、刑事の銃も下げられる。

 むしゃくしゃする事件だった。素直にそう思う。


「誰も幸せになっていない事件、か」

「……うん。依頼人の沙耶さんは、結局娘も夫も失うことになった訳ですし……」


 うつむく、探偵。女刑事はそれを見下し、ため息を吐くばかり。

 俺から言えることは、何もなかった。

 自らを追い詰めた骸装を暴き、友を襲った凶悪犯を倒した……なんてそれらしい決着のつけ方はあったかもしれないが、そんなことをしても意味はない。


 死者の復讐をしたとしても。

 喜ぶ奴は、もう墓の下なのだから。


「犯人が『殺された』と言って反応しなかった訳ですから、本人は、自分が殺したと思い込んでいた」


 探偵が、ぽつりと言った。


「でも、もう違います。

 沙耶さんも犯人も、これからは娘の死と、自分の罪に正確に向き合える。

 ……今はそれだけで良いと思いませんか? がしゃどくろさん」

「思えないな」

「頑固な男は嫌いですよ」


 肩をすくめつつ、三杯目のかつ丼に手を伸ばす探偵。

 その声は、俺を慰めるようでも、自分に言い聞かせるようでもあった。


「死者のことを考えるのは生者の特権です。あなたが悩む必要はない」


 死者と生者。

 自殺まで追い詰めた生者と。首を吊った死者。

 追い詰めた側が、死ぬまで死者のことを想う……それは、罰になるだろうか。


「今目の前にある大きな問題は……犯人が利用した、『骸装』のことです」


 気持ちを切り替えるように、探偵は新しい割りばしをパキンッと割った。



「裏、『骸背負い』がいますよ」

一個目の事件なのであっさりでした。

次回から二個目の事件です。

よろしくお願いします。


あ、ブクマありがとうございます。おかげ様で日間推理ランキング9位でした。いえい。

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