9 嗤う、ガシャドクロ
青白い炎が胎を満たす。
葦花よつゆと呼ばれた探偵の少女を呑み込んで、炎は燃え広がり、俺の肉を焼く。
顔の肉が融けて落ちる。
腹筋が焼けて落ちる。
肉も脂肪も頭髪も、筋も健も爪も。一切合切を焼き払って――――
炎は、骨だけを遺す。
「装着」
少女に纏われる。
俺の咆哮が、夜空を裂いた。
照る月光。照らされるは、空虚なる外骨格。
剥き出しの肋骨。剥き出しの頭蓋。
剥き出しのあばらに、剥き出しの腹。
その全てを――――ブレザーの制服の少女が、纏っている。
肋骨を鎧に。頭蓋を兜に。
そして、異様に巨大な骨の両腕を、己が腕の如く持つ。
骨の怪腕を持つ、少女。
「なん、だ……キミたちは……!?」
当然のように、俺たちはギュウキの拘束を破っていた。
飛びのくギュウキの六本の腕は、既に二本まで減っている。
へし折られた四本の腕は、少女……葦花よつゆが持つ、俺の拳の中にある。
「……お前太った?」
「太ってないです絶対太ってないですがしゃどくろさん女子にそんなこというから幼馴染に見捨てられ」
「ごめんって」
「質問に、答えなさい!」
喜一の絶叫に、探偵は淡々と答える。
「こちらは私の助手兼骸装兼護衛、がしゃどくろさんです。あなたが丁寧に解説してくれたので、私も丁寧に解説してさしあげましょう」
俺が一歩踏み出せば、探偵も一歩踏み出す。
飛びのいたギュウキと、その隣の喜一の元へ。
「その性質は、『握り潰す』こと」
がしゃどくろ、あるいは餓者髑髏。江戸時代の絵巻に語られた妖怪。
その性質は、ひどくシンプルに……生者を憎んで、握り潰すこと。
「がしゃどくろさんの腕は、掴んだものが生きていれば、潰して殺します。
鳥でも牛でもライオンでも、人間でも、骸でも。
それを本人が生きていると認識すれば、確実に殺す。ハッキリ言って災害です。あなたの奥さんも、ちょっと死にかけてましたしね。私が直接手綱を握らなければ、京都の陰陽師が出てくるくらいには、危ない男なんです。私危ない男って嫌いです」
唐突に嫌われた。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺は今――茫然とするこの男、喜一を握り潰したくてたまらないのだ。
「……ね? 話聞かなさそうでしょ?」
ギュウキの足元の湖を、現れた月光が照らす。
異界の水は俺の面を反射する。そこには、嗤う髑髏があるだけだ。
「宇志峰喜一さん。あなたは、どうしようもなく犯人だ」
探偵は犯人に問う。
「選択してください。黙秘権と弁護士を呼ぶ権利を手にするか……ここで、死ぬか」
ひどく冷たい声だった。
俺の胎の中の少女の表情が、手で触れるように伝わる。
張り付いた、マリア像のような穏やかな笑み。見るこちらが心臓を失ってしまいそうなほどに綺麗な、異界の微笑み。
「……やれ、ギュウキ」
犯人は選択した。
吐き出される糸。その一本一本が俺の胎に巻き付き、探偵の首を絞めにかかる。
腕が減っても、骸装は骸装。
骸装は、骸装でしか殺せない。
ただの人間である葦花よつゆに、対抗する手段はない……と、あいつはそう思っているのだろう。
俺は、伸びきった糸を握った。
「なっ!」
糸を握って、掴んで、引きずり寄せる。
「……なぜ、ギュウキが力負けしている……!?」
ギュウキは引きずり込む性質を持つ骸装だ。性質とは、システムだ。
システムはあまりにも堅牢であるためにシステムと呼ばれ、それに抗うことは、システムの外にでもいなければ不可能だ。この世界にある限り、全ては世界のシステムに囚われる。
生きたシステム。
俺の腕は、それを握って、殺した。
引きずり込む骸装を、引きずり寄せる。
腕の数が減ったギュウキが、俺の眼前で糸に括られた虫のように舞う。
牛頭と髑髏の視線が交錯し。
俺は、探偵は、月に向かって手を伸ばした。
握り。
潰す。
青白い炎がはじけた。
骸装を骸装たらしめる生命エネルギー。その奔流を浴びて、俺の髑髏が勝手に笑いだす。俺自身、なぜかなぜか愉快でたまらなくなる。
なぜだろうか。
「まだ、やりますか?」
探偵が、心の底から微笑んでいるからかも、しれなかった。




