茉莉花の過去
「茉莉花!! 優勝おめでとう!」
陸上部員の皆が茉莉花の周りを取り囲む。
「ありがとう!まさか、こんな大きな大会で新記録がだせるなんて…!」
茉莉花は、はにかむように笑う。
陸上歴は短いものの、中学1年生の時からずっと本気で練習をしてきたから、結果がでるのは本当に嬉しい。
「茉莉花はうちらの村の期待の星だね!将来が楽しみになっちゃう。」
「もー、今回はたまたまだって!」
でも、こんな賞状持って帰ったら、村の話題間違いなしだな。
なんていったって、私達の住む地域は、大した話題もない、ド田舎だから。
お父さんもお母さんも、なんであんな場所に住もうと思ったんだか。
ふと視線を賞状に落とす。何度見ても感情が高ぶってしまう。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
「……はい?」
顔を上げると、取材班という腕章をつけた、男の人が茉莉花の前に立っていた。
「新聞の記事に載せる取材をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、……いいですよ。」
茉莉花は目立つことがそんなに好きではないので、普段だったら絶対取材なんて受けないだろうが、今日は違った。
この高ぶった気持ちを取材だろうがなんだろうが、ぶつけたかったのである。
そして翌日。
茉莉花が新聞に載ったことが、村では大騒ぎになった。
茉莉花の父、母もすごく喜び、今夜は赤飯だね、と笑った。
さすがに1日経つと、高まった気持ちも、大分薄れ、取材を受けるんじゃなかったなぁと、茉莉花は少し後悔をした。
なんだか恥ずかしいから、はやくこの話題が終わってほしい、
…………そう願った約1週間後の事だった。
村の話題は、大きな事件の事で、もちきりとなる。
鬼門院茉莉花の両親、鬼門院蓮と鬼門院鈴音が突然死した。
茉莉花が家に帰った時、2人とも心肺停止の状態で発見されたのだ。
母の鈴音は何かに首を締められた跡があり、父の蓮は身体中のあらゆる場所に切り傷があって、失血死していた。
何より、2人の苦痛に悶えるような死に顔は茉莉花に大きなショックを与えた。
犯人に繋がるような痕跡は一切残っておらず、捜査も一向に進まない。
ただでさえ辛いのに、周りの人の腫れ物に触るような接し方や、ヒソヒソと事件についてのいろいろな憶測を噂されるのが、余計に茉莉花を苦しませた。
そして、更に彼女を絶望へ追いやったのが、とある仮説である。
父や母は、事情があって、田舎で身を潜めていたのではないだろうか?
自分が新聞に載ってしまったから、追っ手か何かに、居場所を特定されたのではないか?
そう考えると何かと納得できる。
父は、鬼門院が妖魔師の中でも最有力家系だと言っていた。
しかし、父は鬼門院では珍しい、争い事が苦手な人間だった。
だから、鬼門院を追い出されたと言っていたが…
もしかしたら、鬼門院から逃げ出したのではないだろうか。
今回の犯人が鬼門院の人間か、またはそういった界隈の人間だったら、警察が捕まえることは出来ないだろう。
……新聞に載ったことを報告した時の、父の第一声。
「その新聞は……全国紙か?」
あの時は気にもとめていなかったが、思い返せば、あの時の父の表情は微妙な顔をしていた。
…………そうか。私のせいか。
それ以降、茉莉花はすべてがどうでも良くなった。
人間関係も、走ることも。
おじの家がある横浜に引越した後も、ただただ無気力に生活した。
……それから約3年後。
油揚げを貰いにハクが家にやって来た。
「……茉莉花様、もう陸上はしないんですか?」
急に陸上の話題になり、茉莉花は体が固まる。
「……なんで、そんなこと急に…。」
「最近けっこう、陸上部から入部のお誘いを受けてるみたいじゃないですか。」
そう。あの体育大会のリレーの活躍を見られてから、毎日熱心に勧誘されるようになった。
だから、体力測定の50m走は力抜いて走ってたのに。
「……。なんか、あの、時間をいかに縮めるかって競技にもう熱意が持てないんだよね。私は今まで通り、目立たず平凡に暮らすのが自分に合っているんだよ。」
それに、あの競技をしていなければ、あの時浮かれて取材なんて受けなければ、お父さんもお母さんも死ななかったかもしれないのに。
脳裏からなかなか離れない、あの苦渋に満ちた2人の死に顔。
「……はは。人間、自分の身の丈にあった生活をしなきゃね。」
茉莉花は自嘲の笑みをうかべ、ハクの油揚げを取りに、台所へ向かった。




