第五話 ノワール共和国
ノワール共和国。その組織体系は二十二もの都市国家の集まりである。一個の国となるまでには幾多の経緯があったのだが、長い時間をかけて各都市の代表、議員による合議制で運営される国となった。
元々流れ者が作った都市が多く、その都市毎に特性がかなり違う。各都市の議員は選挙により都市毎に決められ、議員同士による議会によって国家方針が決められる。議長は二年毎の持ち回り制だ。云わば間接民主制を採っているのだが、戦争という非常事態においてそれは悪い方向へ大きく響いていた。
軍事において最も重要なこと、それは速度である。それは戦術的にも戦略的にも言える事である。民意を汲み、会議によって意見をすり合わせて戦略を決める民主制は、こと戦時下においてはマイナスにしかならない。特に今回の相手は絶対王政を敷くグラーフ王国である。国家単位で出遅れたのはここに理由があった。
そんな中での議長、云わば国の代表となった者は不運としか言い様がない。そのとびきりの不幸を背負った、通称魔法都市のフラウメルは今国家存亡を賭けた岐路に立たされていた。
帝国主義のグラーフ王国に屈するのは即ち国家解体を意味する。そう判断した代表達は友好国との対グラーフ王国包囲網に参加、開戦を決意する。だが三国で締め付ければ継戦能力を失うだろうという当初の目論見は大きく外し、グラーフ王国は他の二国を相手に善戦、侵略戦争を続けた。これに驚いた代表達は他の二国と連携して防衛に当たる抗戦派と、早々にグラーフ王国と和平を結ぶ講和派とに意見が二分した。結局どちらも議決に必要な三分の二の票を集められず、方策が定まらないまま現状を維持してきた。
フラウメル自身は講和派の人間である。他国にそうと悟られないよう小競り合いをしながら裏でグラーフ王国との交渉を行っている。だが国としての妥協点を引き出せないままズルズルと決定を伸ばし、和平のタイミングを逃しているのが実情だった。
「フラウメル議長、ヴァイス王国からの使者が到着しました」
「わかりました、今行きます」
報告にあったヴィグエントの奪還を我が国にも喧伝して戦意を煽り、包囲網をより強固なものにする為の使者だろう。フラウメルはかけていた眼鏡を机の上に置いて立ち上がる。長い髪が肩からこぼれ落ちる。
三日後にはグラーフ王国の使者と会う予定だ。鉢合わせしないよう早々に帰さねばな、そんなことを考えながらフラウメルは部屋を出た。




