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第5話「観よ、全力機甲警察。」

 DOOOOOOOOON。


 薄暗かった照明が落とされ、銅鑼のような大音がTOKYO DOME CITY HALLに響き渡った。

 恒例の、イベント開始の合図だ。

 詰めかけたファンは、お目当てのアイドルの登場を今か今かと息をのんで待つのだった。


「今日は、常盤深緑《ときわ・みどり》TOKYO DOME CITY HALL、コンサート、集まってくれて、嬉しいぞーーーーー」


 真っ暗闇の中。

 あちらこちらのスピーカーから。

 賑《にぎ》やかな深緑の声が、待ちかねていた観客の元に届いた。


 再び点いた照明が、場内を明るく照らした。

 そして、ステージの上手から、深緑が元気よく飛び出してきた。

 観客は一斉に腕を振り上げ、歓声を上げて出迎えるのだった。


「アッ、リーナーーーーー」


『OHHHHHーーーーー』


 TOKYO DOME CITY HALL。

 中央にアリーナ席、もちろん満席。

 一階から三階までのすべてのバルコニー席が開放され、こちらも満席。

 どのバルコニーも想像よりもステージは近く、そこから観るステージの迫力は満点である。

 ただし、三階バルコニー席について、手すりの下はすぐアリーナなので、うっかり覗き込もうものなら別の意味で迫力は満点である。

 そのバルコニー席、サイドシートはステージとの距離感は近いけれど、真横だけにどうしてもステージ一部の見切れが発生してしまう。


「三階っ、席ーーーーー」


『OHHHHHーーーーー』


 つまり、ステージ側からも見切れる場所があるということ――


「さぁーーーーー、行くぞーーーーーー」





 TOKYO DOME CITY HALLで深緑のコンサートが開演されたその頃、警視庁捜査第一課に怪文書が届いていた。

 気の毒なことに、たまたま手が空いていた強行犯捜査第一係長の吉野山大吾《よしのやま・だいご》が、仰々しい表現かつ長々しい割に本題になかなか触れないその文書の解読を任されたのだった。

 文書を要約すると――


『@月@日(おそらく今年)、TOKYO DOME CITY HALLで開催される常磐深緑嬢のコンサート会場に、複数の爆発物を仕掛けた。要求は二つ』


『一つ目は幸地友則《ゆきち・とものり》と馬場公平《ばば・きみひら》の釈放』


 彼らは現代に生きる正義の騎士であり、釈放後は後を追ってはならない、などと書いてあるが本当にどうでもいい。


『二つ目は動画投稿サイトに上げた告発動画を、全国ネット放送ニュースで、放送させること』


 続けて動画へのリンクアドレスが示されていた。

 強行犯捜査第一係の若手一人が当該動画を確認するために席を外した。


『これらの要求について、コンサートの最後の曲が終わるまでに完了したことを確認できない場合、仕掛けた爆弾を順次、作動させていく』


「と……まあ、脅迫状だな」


――脅迫に爆破予告、人質も示唆《しさ》されているから、同じ第一課の特殊犯捜査のどこかの係かな。


 吉野山係長は、この脅迫状の仕分け先を見当づけた。


「……こういうテロまがいってさ、公安か組対部《そたいぶ》じゃないの?」


 今年配属されたばかりの新人刑事が誰に言うでもなく、愚痴をこぼした。


「あー、組対部は、その名の通り、組織犯罪対策部。犯罪組織、暴力団だよ。公安がテロ相手ってのはその通りだが、背景の洗い出しや未然防止の方でね。鑑識課以外でどこに回したらいいのかがよくわからん案件は、いったん一係《うち》か二係にまず回されてくる。前にも説明したが、仕分けと調整も、うちだ」


 特に気を悪くした様子もない吉野山係長は、早くもヨレヨレになった脅迫状を指で弾《はじ》いた。


――安っぽい紙だな。これも一応、手がかりになるか?


「こいつは、個人または少人数の可能性が高い……勘だけの決めつけは危険だが、恐らくエゴ・チェンバーの一人、シンジュロウだ。まず常盤警視正の苗字は『常磐』じゃない。『全国ネット放送ニュースで、放送させること』と『放送』が二回もある。他にコンサートの開催年も、要求の確認方法も、互いの連絡方法も、差出人の名前さえ書いてないのが意味わからん。脅迫状に書いてある動画に、それがあればいいんだが」


 かつては、集団での計画犯罪は万能感を得やすいために粗悪になり、個人でのそれは慎重になるために緻密になる傾向にあった。

 しかし、SNS普及とほぼ時期を同じくして、個人でも粗悪《ザル》な計画、いや、無計画に犯罪に挑むケースが増えてしまった。

 実際には組まない者同士がネット上で繋がって、場合によってはエコーチェンバーを起こすことで万能感を得てしまったのだ。


 杜撰《ずさん》。

 見通しが甘すぎる。

 いきあたりばったり。

 手際が悪い。


 先ほど動画の確認をするために席を外した若手刑事が戻ってきた。


「すいません。三回観たのですが……さっぱりです。名乗ってさえ、いません」


 その部下の報告を苦々しく聞いていた吉野山係長は机を数度、指で叩いた。


「まあいい。脅迫状と動画をAIに読み込ませろ。どんな手掛かりがあるか、わからん。ある程度の概要が掴めたら、うちの課長経由で特殊犯捜査の……どれかの係に引継ぎだ。さっさと進めるぞ」


 吉野山係長は、畏《かしこ》まって直立不動の新人と先ほど戻ってきた若手に、エゴ・チェンバーの捜査に当たっているはずの部署を確認して、そこから判明している分のシンジュロウの情報を引っ張ってくるようにと指示を与えた。


「軽く見て侮《あなど》るなよ。脅迫状や動画が莫迦っぽいからって、爆弾まで嘘とは限らん」


 気を引き締めてかかれ、残っていた他の部下たちにそう言って手を鳴らした吉野山強行犯捜査第一係長は、第一報のために捜査第一課長である上司の元へ向かうのだった。





 熱気が渦巻くTOKYO DOME CITY HALL。

 アリーナからの高さがビル四階分ほどある、三階バルコニー席下手側。

 さらにその一番端の通路側で、周囲の熱気をよそに冷めた風の青年が佇《たたず》んでいた。

 時折、スマートフォンの画面を眺めては、不満げにため息をついていた。


――座れよ。ただでさえステージが見えにくいってのに、まるで見えやしないじゃないか。


 一向に思い通りに進まない現実に、苛立ちを隠せなくなっている青年だった。

 かといって、その青年には前列で石垣のように頑丈な隊列を組んで深緑を応援し続けているマッチョな男たちに苦情を言う度胸など、なかった。


 その青年の名は、和田間史郎《わだま・しろう》。


 ところで、アコヤ真珠の別名を和珠《わだま》というそうだ。


 早い話が、エゴ・チェンバーのリーダー的存在……だと気取っていた、シンジュロウその人である――





 一方、警備部機動隊特殊機甲班。


小金沢「千歳―っ。ああ、ここにいたか。いつも車庫なのに、どうした……いや、それはどうでもいいか。TOKYO DOME CITY HALLに行くぞ」


千歳「へ……深緑ちゃんの応援ですか? やったー、動画サイトの過去ライブじゃ物足りないと思ってたんだ!」


小金沢「お前、きちんと常盤警視正と呼……あっちは非番だし、今回はいいか。常盤深緑の応援とか莫迦かと言いたいところだが、これが中《あた》らずと雖《いえど》も遠からずでな」


千歳「……エゴ・チェンバーですか?」


小金沢「そうとは限らんがな。シンジュロウっぽい奴から脅迫状が警視庁あてに届いたらしい。要求のうち一つは前に掴まえた莫迦二人だ」


千歳「えーと、幸地と馬場でしたっけ?」


小金沢「捜査第一課に俺の同期がいるんだが……その強行犯捜査第一係長の吉野山から強化機甲服《パワードスーツ》対策ってことで前もって声をかけてきた。じきに正式な依頼が来るだろうが、即出動できるようにスタンバイだ」


千歳「うーん、朝に二件ありましたからね。充電がまだ三十パーセントもできてないんじゃないかな」


小金沢「特殊輸送車の中でも充電の続きはできるだろ。メインは捜査一課の連中だし、俺たちはおまけ……便乗した愉快《ゆかい》犯であってくれよ。日比谷野音の再現は避けたいところだ」


千歳「それはそれで、どうなんです?」


小金沢「やかましい。俺たちに出番がない方が、いいんだよ。さっさと行くぞ」


千歳「そういえば、班長は、どこですか。当番表だと、非番ですよね?」


小金沢「現地アリーナの最後列で、サイリウム振ってたってよ。トイレに行くフリして、今さっき会場から出たらしい」


千歳「うわぁ、一人だけコンサートとか、バチが当たりましたね」


小金沢「犯人もだが、班長の機嫌の方も心配だよ」

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