第6話「挙げろ、全力機甲警察。」
TOKYO DOME CITY HALLのステージ上。
右に左に常盤深緑がところせましと動き回る。
スキャットの場面すら、三方の観客席へ視線を配ることを忘れない。
『こっちを見た』
『目が合った』
そうして観客はさらにヒートアップする。
ノッてきた観客に向けて声をかけると、それが自然にコール&レスポンスとして声援や合唱で返してくれる。
――嬉しい。楽しい。
深緑はアンコール予定曲も含めて残りがもう二曲しかないことが勿体ないと感じた。
そのとき、深緑の耳元、インカムから白石の指示が流れてきた。
《少し、引き延ばすんや。ちと面倒なことになってきよった》
深緑はインカムをスタッフオンリーモードに切り替えた。
『そんなこと言っても、私、そんなトークのネタないよ?』
《なんでもええから、伸ばせ。差し支えない範囲で、学校の話とか、家族の話とかあるやろ》
『……やってみる』
《何が起こってるんかは、わかってる限りは今から話す》
事情があって伸ばせというなら、是非もなし。
とはいえ、たかが十九年間の人生では、差し支えないうえにすべらない話の引き出しなんて、さほど多くない。
「えーとね。今日は、私のお父さんのお話を……」
話を少し遡る――
警視庁捜査第一課長の三沢は、決断が早かった。
強行犯捜査第一係長の吉野山から報告を受けた三沢は、特殊犯捜査第一係から第八係までの動ける人員を選別し、どうにかかき集めた十人の刑事を率いて自ら現場指揮官としてTOKYO DOME CITY HALLに足を運んだのだ。
実質的な現場指揮は帯同した第一係長の川田に任せる。
川田は早速部下一人とともにTOKYO DOME CITY HALLの警備室に向かった。
その他の刑事は道中での打ち合わせ通り、それぞれが担当するエリアに潜んだシンジュロウを見つけ出すのだ。
三沢は運営スタッフからセットリストを受け取り、どのあたりまで進んでいるかを確認した。
「二十曲中、残り三曲か。爆弾がホラ話ならいいが……」
この脅迫事件が本当だった場合には、一曲五分間、合間に二分間のMCが挟まると仮定してタイムリミットは二十分あるかどうかだ。
「無理にでも、他所からでも人員を調達すべきだったか」
――人員を調達……
「……うん?」
三沢は運営スタッフに協力を求めて、手近なバルコニー席への入り口を案内してもらった。
厳重な防音ドアを開けると、洪水のような音楽と声援が聞こえてきた。
三沢は眼前の光景を見定めると、すぐに玄関ホールに引き返して強行犯捜査第一係長の吉野山に電話した。
――スピード勝負だ。どこまで……いや、俺たちが仲間を信じなくて、誰が、警察を信じられるんだ。
「吉野山、警視庁の刑事と機動隊員全員が入っているビジネスチャットあったよな?」
『Slugger、ですか?』
「その、スラッガーだ。そこに、緊急手配で準備してたシンジュロウのデータ、写真や人物特徴の諸々、流せ」
『え……コミュニケーションツールだと、非番の者にも閲覧できてしまいます』
「その、非番が狙いだ。スラッガーに流すメッセージの先頭にTOKYO DOME CITY HALL施設内にいる非番の刑事と機動隊員全員を対象とした緊急招集を載せるんだ。責任は、俺が取る」
――観客の中にいる容疑者を捜し出すんじゃない。観客に容疑者を捜させるんだ。噂を信じるなら、観客のおよそ三分の一、千人近い警察官が一斉に捜査すれば……
今はまだ観客三千人に対して、捜査する警察官が十人だ。
これが一般客二千人に対して、捜査する警察官が千と十人だ。
極端な話、『両隣りに容疑者がいないかを見ろ』で一気に片付く超人海戦術に化けるのだ。
『了解しました』
吉野山は受けた命令を復唱すると三沢より早く電話を切ったのだった。
「間に合ってくれよ……」
Sluggerの着信音とバイブレーターの振動音が二人分、同時に鳴った。
機動隊特殊機甲班の特殊輸送車が間もなくTOKYO DOME CITY HALLに到着しようというときだった。
「千歳、鳴ってるぞ。これ、緊急用の呼び出しだったな」
「わかっているなら早く取ってくださいよ、副班長。僕は今、運転中なんです」
思い切りリクライニングさせた助手席で寝そべっていた小金沢は、面倒くさそうに自分のスマートフォンでSluggerを立ち上げた。
――どのみち、俺たちも緊急出動中だから余程上位の招集でもない限り……TOKYO DOME CITY HALL施設内の非番警察官に緊急招集ね。勤務中だし、関係なくないか?
惰性で画面をスクロールした小金沢は、その先の情報を読んで飛び起きた。
「シンジュロウ! 正体まで突き止めていたのか? 顔写真に身長、体重に……あら、父親に母親に弟って……こんなもんまでいるのか?」
強引にTOKYO DOME CITY HALLの脇まで乗り付けた特殊輸送車を見つけた機動隊特殊機甲班長が入り口あたりで大きく手を振っていた。
――うちの班長はどっちに合流するのが正解なんだ、これ?
助手席から後部格納スペースに移動した小金沢は、強化機甲服の様子を確認したところ、移動中の充電のおかげでバッテリー充填率はちょうど三十パーセントに届いたところだった。
「そいじゃ……頼むぞ、千歳?」
小金沢はアジャスターとインナープロテクターを慣れた手つきで装着しながら運転席の千歳に声をかけた。
「常盤警視正でも、一人で強化機甲服を着用できるようになったんですよ? 甘えないでください」
小金沢は「ケチー」と唇を尖らせると、いつもの手順で強化機甲服を起動させるのだった。
一方、TOKYO DOME CITY HALLの三階バルコニー下手側。
コンサートの熱気に狂っているように見えてもそこは警察官。
観劇や鑑賞中のマナーとして消音にこそしていたものの、Sluggerの緊急用を知らせるバイブレーターが振動したタイミングで、三階バルコニーにいた非番警察官が即座にスマートフォンを取り出したのだった。
それは、他の一般客に邪魔にならないようにと気遣って三階バルコニーに陣取っていた、警視庁の機動隊員たち。
そう、和田間史郎以外の、三階バルコニー席にいた全員が。
その、つい先ほどまで非番だった機動隊員たちはスマートフォンから顔を上げると、一斉に下手側の方を向いた。
明らかに細身で、その区画では浮いていた青年の方を。
「あいつ、じゃね?」
誰かが呟いた。
誰かがもう一度スマートフォンの画面に目を落とした。
誰かが頷いた。
さっきまで身バレの心配すらしていなかった史郎の背に冷や汗が流れた。
「な、何だよ」
三階バルコニーは手狭である。
最前列以外は、座席前の狭い通路が辛うじて足を置ける場所になっている。
だから、満員の三階バルコニーから逃げようがない。
手すりから先に飛び出せば、落差十メートルを超えるであろうアリーナの床で待っているのは、碌な未来ではないだろう。
逃げ道を塞がれた状態でさらに、十本以上の腕が史郎の襟や袖や腕を掴んできた。
「放せっ。放せよっ。いつもいつも数でどうにかしようとしやがってぇ……」
この三階バルコニーに陣取っていた機動隊員たちは、『深緑と同じ空気を呼吸したいが他のファンの邪魔になってはいけない』と、欲望を押さえられる穏健派である。
だが穏健派だからといって、コンサートを妨害された怒りが小さいわけではない。
まして、正義を愛する警察官である。
史郎、ことシンジュロウの確保劇は丁寧かつ強力に執行されたのであった。
「こちら、三階バルコニー。容疑者と思しき青年、確保しましたぁ!」
三階バルコニーだけではない、二階バルコニーやアリーナから、喝采の声や拍手が鳴り響いた。
それだけではなかった。
『でかしたぁーーーーー、三階っ、席ーーーーー』
深緑からの称賛がスピーカーを通して届けられた。
三階バルコニーの誰の顔にも誇らしさが灯った。
誰もがこれで無事に終わった。
そう思ったそのとき――
BOOOOOOM!
「フフフ……安心した? 実はそっちじゃないんだよ?」
アリーナ最後列の一角で爆発が起こったのだ。
音と煙の割には、小規模だったようだ。
しばらく経ってから、咄嗟に伏せていた観客たちが周囲の安全を確認しながら立ち上がり、互いの無事を確認していた。
この脅迫状騒ぎがなければ特殊機甲班長が座っていた席に、大きな穴が空いていた。




