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第7話「御用だ、全力機甲警察。」

 幸いにもアリーナ席には警察官だけでなく非番の自衛隊員や同じく非番の海上保安官が大勢いた。

 彼らは互いにアイコンタクトとハンドサインだけで持ち場を振り分けると、民間人の観客を優先して避難誘導するのだった。

 万が一、また爆発があった場合は、文字通りの肉の壁になる覚悟で。


 一方、インカムを通じてステージ上の常盤深緑《ときわ・みどり》の元に、シンジュロウの情報が伝えられた――






――その風体の青年って、三階バルコニーで取り押さえられているのよね。別人だった? あるいは別口で爆弾魔がもう一人いた?


 常盤深緑はステージ上から、アリーナ、一階バルコニー、二階バルコニー、そして三階バルコニーを見回していった。


《コンサートの最後の曲が終わるまでに完了したことを確認できない場合、仕掛けた爆弾を順次、作動させていく――》


 最後の曲がアンコールではなく、セットリスト最後の曲だとしても……まだその最後の曲を歌い終えてはいない。


――脅迫状を鵜呑みにするわけにもいかないが、わざわざ予告しておいて早めに爆弾を起動する理由がわからない。


 深緑は、ステージ中央ですることもなく立ちん坊を続けた。





 三階バルコニー。


「フハハハハ、止められない。止められるものか。僕は社会の代弁者だ。あの爆発は正義の拳だ! 僕一人を押さえたところで……痛っ。折れたらどうするっ!」


 絶妙な角度で腕を逆に取り、史郎が不審物を隠し持っていないかを探る機動隊員たち。

脚をバタバタさせれば、膝や足首を捻って動かせないように固めてしまうのだった。


「折りは、しない。後遺症には気を配ってやる。痛みは……そちらまでは、保障しかねる」


 何度も服のポケットやシャツの内側まで確認した機動隊員が、身分証明と財布のほか、唯一押収したスマートフォンを手に首を横に振った。


「これだけだ。デススイッチ(レバーを放すと起動する仕掛け)でもない」


 不当逮捕だと騒ぐ史郎を引きずり起こし、両脇を固めて連行することにした。


「和田間史郎《わだま・しろう》っ。よくも、よりにもよって爆発の直後に俺たちの前で威勢よく『社会の代弁者』だの、『あの爆発は正義の拳』だのと喚《わめ》いてくれたな。それさえなければ、まだ即時釈放《そくじしゃくほう》もあり得たろうが。無関係だの不当逮捕だのは、せめて弁護士を呼んでから主張するんだな。貴様はこのまま留置場で勾留コースだ」


 憤る機動隊員の一人の肩に、落ち着けという声とともに同僚の手が置かれた。





 出入口ロビーで三沢課長は再び思案していた。


――アコヤ真珠の別名を和珠《わだま》というそうで、本名の和田間《わだま》史郎をもじって『真珠・史郎』、『シンジュロウ』なのだろう。


 これまでエゴ・チェンバーは互いの極端な思想や被害妄想、自己正当化を共鳴させただけの『単独犯行』だった。

 今回の脅迫事件についても、そう考えていたが早計だったのか。

 シンジュロウ確保の後にアリーナ後方で小爆発が起こった。

 つまりシンジュロウには、共犯がいる。


――エゴ・チェンバー繋がりであれば、もう一人、危険人物が浮かび上がってなかったか?


 もう一人は巧みにいくつものプロキシサーバーを経由して、発信元IPアドレスの追跡を困難にしていた。


「リュウトか。あるいは第六番目の人物か。いずれにしても、このままでは無関係な観客の避難も進めにくい」


 現在、外まで誘導された観客はTOKYO DOME CITY HALLのすぐ脇の仮設対策本部で身元を確認してから引き下げてもらっている。

 それもあくまで協力してくれた者だけだ。


――してやられたのか?


 そのとき、TOKYO DOME CITY HALLの中からまたしても爆発音が聞こえてきた。


 三沢課長は石畳を踵《かかと》で強く踏みつけた。





 TOKYO DOME CITY HALLステージ上。


――違和感がある。


 ステージ端のコンセントの蓋だろうか。

 そのあたりで爆発というか、大きめの火花が一瞬立ち上ったのが見えた気がした。

 ほとんど反射で後方へ飛びながら宙返りをして、深緑は爆発の直撃から逃れることが何とかできていた。


――耳がズキズキする。周りの音が遠くに聞こえる。


 爆風の勢いのままに床に打ち付けられた膝やお腹周りも痛かった。

 息が、とても苦しい。

 思うように体を起こせない。

 床に伏せる形になった深緑の目に、アリーナで慌てている観客たちが目に入った。


――違和感がある。何だろう。


 こちらに駆けよってくる人。

 外に出ようとしている人。

 避難を誘導している人たち。

 じっと立ち尽くしている、少年? 青年?

 遠目にもその少年?の頬が緩んでいるように見えた。


――笑って、いる? こんな状況で?


 その少年の視線が、斜め上を向いて――


――シンジュロウが確保された三階バルコニーの方を?


 それは理屈ではなかった。


 確保。

 爆発。

 爆発。

 嘲笑。


 あのパレードに乱入した馬場を止めるために、深緑が初めて強化機甲服《パワードスーツ》を着用したときのように。

 深緑の奥にある、原初の現生人類《ホモ・サピエンス》から受け継いだ天然の強化機甲服《パワードスーツ》が目を覚ました。


 爆発への恐怖が、ノルアドレナリンを。

 ギリギリの選択に挑む興奮が、ドーパミンを。

 もちろん、理不尽な悪に対する怒りが、アドレナリンを。


 ふらふらとしながらではあるが、深緑の体がゆっくり起き上がる。

 実は折れている肋骨が金切り声を上げるのも何のその。

 目は一点を見つめたまま。

 左手にはアイドルの武器、マイクを握り締め。

 瞳には野生の輝きが。


 そんな時なのに。


――なんでこんなときに、昔見かけたサイコパス心理学クイズなんかを思い出すのよ。


《あなたはマンションの廊下にいます。そこから下の駐車場で起こった殺人事件の現場を目撃してしまいました。あなたに気付いた殺人犯は、何かを呟きながらあなたの方をゆっくりと指差しました。さて、この殺人犯は何をしているのでしょうか?》


 深緑と先ほどの少年の目が合った。

 またも嘲笑を浮かべる少年。


――こいつだ。


 深緑はぶつぶつ呟きながらゆっくりと手を挙げて――

 ついには少年を指さしたのだ。


 その少年は何ごとかわからず、首を傾げたようだ。


《答えは……あなたが住んでいる階数を数えている、でしたぁ》


――アハー、君ぃ、わかんないんだ? ひょっとしてまだ、まともかもよ?


《脅すなんて無意味なことはしない。殺して口封じすることは、殺人犯の中では決定しているのよね。ただの作業なのよ。サイコパスって怖いよねー》


『こちら、常盤深緑警視正……が命じるっ。アリーナ、十八列目の、中央通路側だから三十一番!』


 少年はようやく事態を察したのか、体を翻《ひるがえ》してその場から逃げようとした。

 だが予想外の事態に体の動きがついていかなかったのだろうか。

 シートの手すりにでも足を引っかけたのか、もつれるように自席に尻もちをついてしまったのだ。


――君を確保するのは、決定済みなのよ!


『繰り返す、アリーナ十八列三十一番の席、確保だーーーーーっ』


 しかし、同じく事態を察した非番だった警察官と、一般市民として協力している自衛隊員、海上保安官たちが取り囲んできた。

 さらに深緑を心配してステージ側に駆けよっていた警察官たちも引き返してきた。

 総勢二百人以上の包囲網。

 残る実行犯の一人には、もはや成すすべはなかった。





『残る容疑者、和田間純《わだま・じゅん》、確保しました。起爆用のコントローラーと思しき不審物、こちらも確保済です』


 掌でTOKYO DOME CITY HALLの壁を叩きながら、三沢は雄叫《おたけ》びを上げた。





 ステージ上から、純の確保を見届けた深緑は、そこでようやく自分のしたことを理解したのだ。

 いや、誤解した。

 緊急招集されたことまでは理解の範疇ではなかったので、深緑は自分も観客の中にいた警察官たちも非番だと勘違いしていた。


「ファンネル、使っちゃったーーーーー」


 古くはロボットアニメの敵キャラが使う遠隔攻撃兵器であったが、転じて支援者の多い活動者が自分のファンに害悪活動を誘導することも『ファンネル』と呼ぶ。



――副社長から、大目玉貰っちゃう……


 爆弾以上の恐怖から腰が抜けた深緑は、みっともなく尻もちをついたのだった。






千歳「容疑者が二人、後の方は起爆コントローラーも含めて確保されたので、いったんは落着ですかね。警戒は続けるようですけど」


小金沢「後はお仲間に任せて、俺たちは引き揚げだな。それにしても、双子の兄弟とはね。シンジュロウが弟を巻き込んだのかな。酷い兄貴だぜ」


千歳「……真珠・史郎でシンジュロウかと僕も思ってたんですが、違ってたんじゃないですか?」


小金沢「どういうことだ?」


千歳「はじめから二人でシンジュロウだったんですよ、たぶん。史郎でSHIROU。純でJUN。アナグラムでNJUにして史郎の間に挟んでください」


小金沢「SHI―NJU-ROU。シンジュロウか。言われてみれば、そうだな」


千歳「史郎が酷い兄貴なんじゃないです。過保護な兄に守られた酷い弟なんですよ」


小金沢「……純が主犯だってことか?」


千歳「なんとなく……なので、食いつかないでください」


事実は小説より奇っ怪なり――

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