幕間5「守護者の誇り」
株式会社『東京ドーム』の営業担当、美樹本は臍を噛むしかなかった。
シンジュロウ事件の捜査は主犯かつ爆発の実行犯である和田間純があっさり自白したため、後は裏付け捜査を残すのみとなり、解決の目途は立った。
純と史郎は、現在、常盤深緑より歳下の十七歳の、まだほんの少年だった。
つまりこの二人は現在、少年法の適用対象であり、事件はいったん家庭裁判所へ送致されることになったのだ。
現行犯逮捕され、起爆用コントローラーまで押収されては観念するしかなかったのか、純は早々に自白した。
純の自白を知り、兄の史郎は泣きべそをかきながら自らの罪を認める供述をした。
それにしても、和田間兄弟はどうやってTOKYO DOME CITY HALL施設内に爆弾を設置できたのであろうか。
――確かにステージや会場設営のイベント会社を紹介したよ。TOKYO DOME CITY HALLに慣れた業者をね。でも設営業務の委託契約を締結したのは、サンセット・プロモーションじゃないか。
しかし、味方になってくれるはずの上役や同僚の目線は冷たいものだった。
『サンセットさんがその……和田間兄弟と直に会って採用したというならまだしも、アルバイトで雇ったのは委託契約先じゃないか。そのイベント企画会社を紹介したこちらがむしろ、連帯で監督責任を問われかねないんだぞ。使用者責任を案分でねじ込むにも、今回の場合はサンセットさんはこちらが営業をかけた側だ。仮にねじ込めてもそれ以上に評判へのダメージが甚大になってしまう』
和田間兄弟はコンサート会場設営の臨時アルバイトで潜り込んだ隙に、各所に爆弾を設置していたのである。
さすがにステージ自体の設営作業については、経験豊富で技量のある職人たちで固められていたために、手を出せていなかったようだ。
恐ろしいことに、昼食休憩を利用して、人気のなくなった隙に天井付近にある照明のいくつかにも、ドローンを使って爆弾を設置していたというのだ。
まずはアリーナ出口を爆破して逃げ道を防ぎ、次にステージ上を爆破してアリーナの観客を中央に集める。
そのうえで、天井の照明に仕掛けた爆弾を爆破して、被害を最大化するつもりだったのだという。
純と史郎の自供を元にした現場確認で、不発だった爆弾撤去は終わっているものの、美樹本にとっては理不尽すぎるとしか思えない責任追及が降りかかってきたのだ。
『そうだ、美樹本くん、君さ、会場設営現場に一度も顔を出していなかったそうだね。君が推薦した、うちの子会社の下請けだったんだぞ? 免責について何とかこちらまで波及しないようにクリアしようと法務部が出張っているが……』
TOKYO DOME CITY HALL爆破事件直前の些細な出来事。
これは、何か。
深緑のコンサート会場を見回っていたTOKYO DOME CITY HALLの運営スタッフから問い詰められていたのは、非番中の警備部機動隊特殊機甲班の横道だった。
「これは、カメラです。望遠で光学二十四倍、電子二十四倍の一眼レフで、かなり古い……骨董品ですが、こいつで撮った写真には味がありましてね」
横道が持ち込んだ自慢のカメラは三台。
数々のアイドルの遠景写真を撮ってきた相棒たち。
自席に一つ。
両脇にも、三脚で固定されたものがそれぞれ一台ずつ。
この置き場所の席のチケットもきちんと購入している。
そのために他の客の鑑賞の妨げにならないよう、アリーナの最後尾の列を指定したのだ。
ズルなど、していない。
「改めまして、二点ほど、確認がございます」
いつの間にか、肉体派の運営スタッフが六人ほど横道の周りを囲むように立っていたのだ。
そして、横道の相棒たちがつぎつぎに攫われていく。
「何をするんだ。私のカメラだぞ」
横道に話しかけてきた運営スタッフは悲しそうに首を横に振った。
「購入したチケットに規約の明記があります。これは電子媒体でも紙媒体でも変わりません。購入したチケットで入場する時点で、購入規約に同意したと見なしております。そして、規約には『いかなる撮影・録音・録画も禁止します』と掲げておりまして、これをスタッフが発見した際には再発防止のために『退場まで保管させていただくこと』、退場までに『記録媒体からあらゆるデータの消去』もお願いしております。それから……」
そのスタッフはカメラが占拠している席を一瞥すると、芝居がかった動きで自分の胸に手を置き、またも首を横に振った。
「同じく、この規約では、『一人一席』が定められております。出来る限りたくさんの方々に楽しんでいただくための、我々の、微かな祈りを籠めたものでございます。安全確保の意味合いもございますが、席を確保できなかった他のお客様との、衝突があってはならないとの願いも籠っているのです」
なんとも優雅な一礼をしたそのスタッフは、会場外に通じる出入口を指し示したのだった。
「どうか、どうか、私共とご一緒に、お話の続きをしたいと存じます」
こうして、横道はコンサート会場から摘まみ出され、保管と称して三台の愛機を取り上げられてしまったのだった。
そのとき、横道のスマートフォンに部下の小金沢から連絡が入った。
「……今、TOKYO DOME CITY HALLのエントリーフロア近くだ。脅迫状? 爆弾予告? こちらに来るのか。わかった。トイレに立つ振りをして、そちらに合流しよう」
美樹本は激怒した。
自分を嵌めたサンセット・プロモーションに煮え湯を飲ませるべく、都内とその近郊のライブ会場の運営・管理会社を集めて、『利用者の安全を確保するため』というおためごかしで談合を持ちかけたのだ。
しかし――
「言わんとすることは、わからないでもない。僕たちは、ライブ空間を安全にキープする務めがある」
日比谷野音の指定管理をしている東都管理グループで昨年からリーダーを務めている石手という人物だった。
「徹底的に、安全を確保したうえで、その前提で僕は今一度皆さんに訴えたい」
石手は力強く拳を握った。
「安全管理は、もちろんだ。そこに妥協はしない」
二十数人の同業者の顔を一人一人確かめるように見回す石手。
「だが……僕たちは、芸能の守護者だろう! 僕たちこそ、暴力に屈してはならないんじゃないのか? 暴力を振るう奴がいるから、舞台を閉じる? そんなことをしていたら、いつか誰も舞台に立てなくなる!」
腕を振る。
腕を広げる。
腕で空を斬る。
ケレン味たっぷりの石手の演説に、当初美樹本が主張した『危険を引き寄せるサンセット・プロモーション』のイメージは木っ端みじんにされてしまった感があった。
「芸能ってのはな、昔からそういうものだったんじゃないのか? 歴史を紐解けば、古くは権力に止められたこともある。戦争紛争で世の中がひっくり返ったこともある。世界的に病気が流行って、客を入れられなくなったこともある。それでも、そのたびに芸人も、興行師も、劇場も、どうにかして舞台を残してきた。僕たちがここで諦めたら、困難の海に立ち向かってきた先輩方にどう顔向けすればいいんだ?」
美樹本以外の出席者の誰もが、石手の主張に頷いている。
「安全を守る。観客を守る。出演者を守る。そして――舞台を守る!」
そうだ、と幾人もの同意の声まで上がり始めた。
「僕たちこそ、暴力に屈してはならない! もちろん、口だけじゃない。もうじき修繕が済む予定の日比谷野音のリハ……」
美樹本は石手の独演会と化した会合の空気にたまりかねて席を立った。
「失礼、外の空気を吸ってくる」
嘘だった。
美樹本は会議室を出ると、そのまま脱兎のごとくその場を逃げ出した。
言うことを聞かない同業者への腹立ちが、まずあった。
もちろんバツの悪さもあった。
そして、あの石手の熱意を羨ましく感じてしまうことが、怖くもあったのだ。
美樹本は頬を拭って、ひたすら走り続けた。




