幕間6「残留理念」
常盤深緑日比谷公園大音楽堂リベンジコンサート。
開催、決定。
ただし……
シークレット・ライブ――
ファンクラブ会員たちは沸き立った。
『我こそは参加資格ありと』
だが、無情にも、公式アナウンスが彼らの望みを打ち砕く。
《日比谷公園大音楽堂、通称:日比谷野音につきましては、修繕は完了しておりますが、正式な再OPENを前に施設・設備の運用確認を兼ねての先行貸出しとなります》
《サンセット・プロモーションはそのことに鑑みて、シークレットライブとしての開催を決定したところです。そして、ファンクラブ会員の皆様には大変申し訳ございませんが、今回のコンサート鑑賞チケットにつきまして、申込みを一切受け付けておりません。弊社からのご招待対象者のみとさせていただきます》
《また、招待対象者の選定基準に関するお問い合わせにつきましても一切お答えすることはありませんので、合わせてご了承のほどよろしくお願いいたします。》
SNS上では古参をはじめとした熱心なファンの嘆きが溢れることとなった。
しかし、それらの悲嘆や怨嗟はまだ、平和な部類であったのだ。
深緑の日比谷野音リベンジコンサートの警備については、流れるようにすんなりと決定できた。
深緑の所属する特殊機甲班にとって、警視庁警備部の他の機動隊各隊は兄弟とも呼べる仲間である。
都内の各地を警備する第三機動隊から第九機動隊までの有志を募って必要数がすぐに集まった。
VIPを担当する『近衛の一機』や河川方面を得意とする『河童の二機』から若干の不満の声が出たものの、適者生存……もとい、適材適所の面から文句をつけようがなかった。
問題は、招待枠すなわち鑑賞券の配分である。
警視庁のみならず、警察庁や近隣の県警までも参加した、血で血を洗いかねない大争奪戦が始まろうとしていた――
とはいえ。
コンサートを準備する側にとっては、それすら『勝手にやっててください』となるくらいに多忙なスケジュールなのだった。
サンセット・プロモーション事務所。
会議室では、歌う当人の深緑、そしてマネージャーの白石瑞月、ほかに編曲を兼ねた歌唱指導者も交えて、当日のセットリストを決める話し合いが行われていた。
白石は手元の端末を操作して、壁のプロジェクターに資料を映し出していた。
従来のアイドルヲタクの男性ファン中心の構成から、肉体派の警察官、自衛官、海上保安官、いわゆるガテン系がファン層の中心になりつつあるほか、女性客、親子連れなどへも広がり始めている。
ファンが減ったのでは、決してない。
新しい客層が目に見えて増えているのだ。
つまり、従来のアイドルPOPだけで公演全体を構成すると、客層の好みを外してしまう可能性を白石は指摘し、新曲の制作方針として、応援歌、激励歌のほか、大人向けのバラードも挙げたのだった。
「可愛い歌は、ダメなのかな?」
「説明するより、『論より証拠ね』」
そこに歌唱指導の黒崎小百合が深緑に、歌唱用の発声ではなく普段どおりの声で話すように求めてきた。
深緑の劣等感を刺激する、低くて、ややかすれた声。
続けて、いつものアイドル曲の一節を、地声に近い高さで歌わせる。
黒崎はシンセサイザーを弾いて、深緑の声域に合わせて伴奏のキーを調整した。
今度は、可愛い声を作るために覚えた息の使い方と語尾の処理を、その低音のままで乗せるように指示した。
「高くしなくていいから。甘く、を意識して」
すると、閨で甘えるような女性の艶っぽい歌声が深緑の喉から出てきた。
『曇り空の夜も、あなたがいれば、星空ね』
黒崎は満足げな笑みを浮かべて、先ほどの伴奏を弾いた。
それは黒崎自身も編曲で関わり、思い入れもある深緑のデビュー曲『満天の星だけを見つめて』だった。
典型的なアイドルPOPが、全く違った大人の物語歌に姿を変えたように思えた。
「え? え?」
黒崎は親指を立てて「良いね」と言うと今度はその人差し指を立ててくるくる回した。
「テンポを落として、ピアノ音だけにしようか」
ジャズ風アレンジの方が映えそうね、と黒崎が楽しそうに旋律を組み上げていく。
それでも取り組み始めは、どうしても慣れた原曲の癖が出て深緑の歌声がメロディからズレてしまう。
深緑の身体が拍子に合わせて弾むと、それに合わせて声も高くなっていく。
「振付の動きに釣られるようだから……ダンスを控えめに。目線と表情、肘から先だけで表現してみて」
深緑はとりあえず身体を動かさないことを意識しながら、低めの声で歌い直した。
遅くしたテンポに合わせて語尾をわずかに引き延ばして、息を含ませる。
そうすると、少女の恋歌が大人の恋愛を思わせる曲に生まれ変わっていた。
「深緑……濃淡の本当の意味、わかってきたんとちゃうか?」
これで、武器が増えたわけや、白石はそう言ってセットリスト案を映し出した。
◎セットリスト案
日比谷野外音楽堂リベンジ公演/セットリスト構成案
01 キミ色チューリップ!
中断された初公演の再現。原曲のまま。
02 未完成ラプソディ
事件当日の2曲目。原曲のまま。
03 現在地:発展途上
あの日、歌えなかった3曲目。リベンジの成立。
04 ノンストップ・クライマー
新しいファンも巻き込む疾走系。
05 凡人、倍速、倍量につき。
努力と根性を歌う深緑らしい激励歌。
06 ただ、光のある方へ
会場全体で歌える応援歌。
07 四葩の涙
アコースティック編成へ転換。
08 真珠色の溜息
低音ハスキーと甘い発声の披露。
09 キミ色チューリップ!
大人向けバラード版。第一曲との対比。
10 透明な衝動……ロック編成へ復帰
11 プロローグは終わらない
観客全員で歌う。
番外 また明日(仮)
アンコール用。日常への回帰。
「ま、取りあえずの叩き台や。最初の二曲だけが原曲そのままとして、三曲め以降をアレンジで成長を演出、のつもりや。まあ、歌いもって決め直していこか」
白石がそう嘯くと、深緑は片手を挙げてガッツポーズを決め、黒崎はこの先の労力を思って顔を顰めたのだった。
――都合、最大で十曲を深緑ちゃんの声質アレンジ込みで編曲かぁ……キッツ。
でも、不思議とお腹の底からやる気が湧いてくるわ。
この娘から、『持っている』花形が醸し出す芳香がビンビン立ち上っている気がするのよね。
それって、私の実績も次の段階へ運んでくれそうな予感……
大志を抱いて飛び込んだものの、二十年近く音楽業界でくすぶり続けた黒崎だった。
――私は、この世界では黄金じゃなかった。
輝きはするけれども、黄鉄鉱。
ニセモノの輝き。
何でも屋のような真似で食い繋いできた黒崎にとっての蜘蛛の糸、いや、希望の道標――
――絶対に、この縁を掴んで離さねえ。
深緑が跳ねたら、何がなんでも一緒に行くんだ。
白石さん、売れた途端に私を切ったら、末代まで祟ってやるぞ。
『そんな強がり、可愛く感じて――』
ところで、黄鉄鉱は、その名に『火』を宿す守護石としても知られている。
持ち主の迷いを断ち切り、否定的なエネルギーや悪意を跳ね返す絶対防御線の護符になる破魔の石とも言われている。
そして、コンサート当日。
警視庁はプライドにかけて日比谷野音施設内のほか、日比谷公園までも徹底的に警備網を固めた。
公園を囲む四方の道路十メートルごとに常駐警備車が配備され、公園内及び周囲の公共交通機関の駅は、外観を考慮して私服警官が警らすることになった。
しかし、招待枠を勝ち取ったのは、警視庁でも警察庁でも近隣の県警でもなかった。
『ここは、痛み分け、を選んだ方がいいのではないですか。どの派閥がコンサートに招待されても、警視庁内部で今後にしこりを残します。つまり……』
警察組織内部での内ゲバも辞さない空気の中、陸上幕僚長(階級は陸将)つまり、陸上自衛隊のトップが妙案を抱えて現れたのだった。
『私どもは、招待客は陸上自衛隊を強く推薦します。慰問の形式を取れるのであれば、我々が「制服のまま」かつ「臨戦態勢」で参加できます。警視庁の方々には、恨まれてしまうのが難点ですが……国民の一部から蛇蝎のごとく嫌われることに慣れっこな、我らにはぴったりの役目です。あえて火中の栗を拾うことも、厭いません。士気につきましても、お任せあれ?』
当の自衛隊に対する最高指揮監督権を有する内閣総理大臣の推薦状まで携えた、とてもずるい笑顔であった。
警察関係者の面々は歯ぎしりしてトンビに油揚げを攫われていくのを静観するしかなかったのであった、まる。
日比谷野音内を警備している警官たちは、殺意にも似た厳しい警戒の目を光らせていた。
中には、『取り押さえる機会』を求めて、過剰に興奮した『不届きな自衛官』はいないものか虎視眈々と狙っている者までいる始末であった。
もちろん、会場で深緑の歌を満喫する自衛官は誰も暴れることなどなく、それどころか警察官以上の一糸乱れぬ応援で盛り上げている様を披露するのだった。
「くそっ、見せつけやがって」
「うう、一切のズレもないだと? うまいじゃないか。悔しいっ」
「おい、気持ちは察するが、任務が完了してからにしろ」
かろうじて理性を保っている年配の警官が、警棒を強く握りしめて震えている新人を諫めるのだった。
そうして、しっとりとしたバラードに生まれ変わった『キミ色チューリップ!』が終わった。
時間の都合で『プロローグは終わらない』は事前にカットされたため、ラストソングとなった『透明な衝動』の前奏が流れてきた。
『みんなーーーーーー、最高ーーーーーーだよーーーーーーっ』
ここで、ギアを五速に上げるぞと深緑が腕をぐるぐる回して観客を煽った。
数名の警備の警官がうっかりコール&レスポンスに参加して、上司に肘をつつかれる光景も見られた。
やがてラストソングも歌い終え、深緑は観客、ここにいないファン、これまで支えてくれた運営やスタッフ、もちろん警備に尽力している警察官への深い感謝を述べた。
そして、興奮冷めやらぬ日比谷野音を日常に返すためのアンコールが始まる。
『また明日(仮)』を歌いながら、観客席に降りた深緑は、できる限りその場の参加者はもちろん、警備の者とも視線を合わせられるように、見回し、振り返り、手を振って――
『――場内警備班、内野が報告します。日比谷野外音楽堂、観客全員退出を確認しました。異常ありません』
《異常なし、了解。リマインド。場内警備班、スタッフ撤収、搬出車出発をもって警備を場外組に引き継げ。なお、任務完了後は速やかに引き上げること。》
『場内警備班、復唱します。予定通り――』
AI『シンジュロウの襲撃によって、結果として次の変化が生じています。
・常盤深緑の社会的知名度と支持層が一気に拡大しています。
・警察の警備・危機対応体制に大幅に改善が見られます。
・警察と自衛隊の強力な協力関係が確認されました。
・現時点での常盤深緑へのあらゆる攻撃は、巨大な社会的・政治的リスクを孕んでいます……』
リュウト「莫迦どもめ。わざわざ敵を強くしやがって。もう常盤深緑周りはリスキーが過ぎるな。やり方を変えるかターゲットを変えなければ」




