幕間4「狙い通り?」
シンジュロウは、激怒した。
再生数300回。
それがこの一カ月の告発動画の成果だった。
しかもその半数近くが毎朝毎晩、何度も何度も覗いている投稿主自身が回した数だ。
まったく話題にならない。
SNSで周知しようが、拡散どころか、まったく動画リンクをクリックされないのだ。
それは、そうである。
この平和な日本で、どれだけの人が独善に酔った人物の演説に耳を傾けるだろうか。
演説内容には、反論しやすい破綻も用意していない。
だから、反対意見どころか訂正コメントすら湧いてこない。
現代日本人は――
家庭に。
仕事に。
趣味に。
とにかく、忙しいのである。
だからといって、告発動画を投稿さえすれば、ブレイクするという安易な考えを修正することはない。
「くそっ。まったく再生数が伸びていかない。コメントも、小莫迦にしたようなふざけた内容ばかりだ。」
当然、当該動画には、暇を持て余して悪乗りするような者しか寄ってこない。
コメントするなどで積極的に絡もうとする者は、さらに数が限られる。
『電波にしても、薄い。狂い方がテンプレ。やり直し』
『ツッコミどころを探していたら、破綻どころか内容さえなかった』
――こうなってしまっては、しょうがない。
保険として準備してきた、実力行使しかないではないか。
「愚かなことだ。我らの正義を覆い隠して、私腹を肥やす輩に尻尾を振る者どもに、鉄槌を振るうのだ。」
洗脳された愚民に真実を突きつけるのだ、と嘯くシンジュロウの瞳に静かな狂気が宿っていた。
話を少し遡る――
常盤深緑が日替わり一日署長を通じて、世間の認知を広げていた頃。
日比谷公園大音楽堂(通称:日比谷野音)のコンサート襲撃事件から三週間ほど経ち、ゼップ新東京を無事札止めにして、借りていた倉庫を圧迫していた売れ残りグッズの姿が消えたサンセット・プロモーション事務所に、とある提案が舞い込んだのだ。
TOKYO DOME CITY HALL。
東京ドームのお膝元にある多目的エンターテイメントホールである。
二千四百超の座席を有し、最大で三千百人超の収容人数を誇る、中堅どころのアイドルの登竜門の一つである。
きっかけは政情不穏を理由に渡航が危うくなった海外タレントの急なツアーキャンセルだった。
「あちらさんのお国。紛争、始まっちゃいましたもんね」
サンセット・プロモーションの副社長兼営業課長の土井垣由美子は黙ってソファ正面に腰かけた珍客の言うことを聞いていた。
その人物は『株式会社東京ドーム』の営業担当の美樹本であった。
「開催の三カ月前に、ツアーごと飛んじゃいました。まあ、うちはファン交流目的のトークショーだったんで、埼玉とかのアリーナさんよりは、まだマシなんですけど」
さっさと本題を言えと、土井垣は仕草では優しく手で促した。
そうして、最早相槌も打たず、静かに冷めたコーヒーを啜った。
「ああ、すいません。前置きばっかり話してしまって。これから本題です。その海外タレントが空けちゃった穴、小生の足りない頭で必死で知恵を絞り出したところ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのサンセットさんにこの枠をご紹介できないかと、思い立ちましてね」
その美樹本が勧めてきたのがTOKYO DOME CITY HALLというわけだ。
そんな気はしていたが、いかにも急な話だ。
この箱を埋められるタレントなら、確かにいる。
しかし、今からコンサートの準備に取り掛かって間に合うのかどうか。
間に合ったとして、そこにお客が来なければ話にならない。
お客を呼ぶには周知・宣伝をしなければならない。
宣伝をするにもコンサートの内容をある程度は詰めておかなければならない。
堂々巡りで、『残り三カ月』がどうしても引っ掛かってしまう。
――ひょっとして、こいつ……欲をかいて乗ってきた相手から、キャンセル料金をカモろうとか考えてやしないか?
素直に受け取るのであれば、これは予定に穴が開くことを嫌って補填を急いだ営業に見える。
新しく割り込ませたイベントが開催されるなら、使用料金が入るので良し。
箱を貸す側に客入りは関係ない。
しかし、急すぎて様々な準備が間に合わず、そのイベント開催が中止になれば、施設借受契約不履行で二度目のキャンセル料金が手に入る――
――もちろん、借りる判断はうちだから、リスクをかぶるのは当然なのだが、おためごかしのしたり顔で売れ残りを持ち込んできたこいつらの腹が痛まないのが、業腹だ。
リスクを計算した土井垣が提案を断ろうとした時だった。
「土井垣副社長、今の深緑の求心力、今しか使えんのです。行きましょう」
いつの間にか、深緑担当の白石が土井垣のすぐ後ろに控えていた。
「日比谷野音、二曲目で潰されましたんや。そのセットリスト、そのまま使いましょ。手間いらずですわ。演出も、いじらんとあきまへんけど、ゼロからやない。今度のSHIBUYA-GO-X、次の新豊洲BEAT、その次のSTUDIO BEACHも、前売り券は完売ですわ。東京湾岸幕張ホールも発売から二日目の今日でほとんど売り切れてますねん。今後のライブ会場でも、TOKYO DOME CITY HALL追加公演の宣伝、打ちましょ」
そう言って拳を握る白石の横で、わけもわからない深緑が釣られて弓引きガッツポーズをしていた。
「売り時って、確かにあるけども……仕事を詰め過ぎて壊れちゃったら……まあ、今回は深緑と白石のノリに乗ってみましょう」
土井垣は唇をへの字にしながらも、薄ら笑いを浮かべる美樹本と握手を交わした。
そして固い握手を交わしたまま、ぐいと手元に引き付けた。
「持ち込んできた以上はあんたにも、きちんと噛んでもらうよ。在庫処分を買うんだからね。アフターサービスで誠意を見せなさい」
『こういう、急ごしらえのイベントって、セキュリティにどうしても穴が開くよね』
『違いない』
『日比谷野音を再現したいのか。なら、ユキチの件も、再現しなきゃ、だよね』
ケラケラと笑い声がする――




