第3話「集え、全力機甲警察。」
「ただいま、紹介にあずかりました、新婦の兄の、一朗でございます。
一言ご挨拶申し上げます。
本日はお忙しい中、私の妹・道子と山上康介さんの門出をお祝いいただき、誠にありがとうございます。
このようなおめでたい場でなんですけども、私と道子の両親は十五年前に他界しております。
当時、まだ学生だった私は、学業をいったん脇に置いて、知人の推薦した会社で社会に出ることになりました。
そうして、道子と二人で手を取り合って生きてまいりました。
わかっております。
私は、不器用な兄でした。
それでも、道子がこのように優しく立派な女性に育ってくれたこと。
康介さんという素晴らしい伴侶と巡り合い、そして本日、めでたく結ばれたこと。
私の胸は、本当に、いっぱいでございます。
私は、自分の仕事、土木事業に誇りを持って生きてまいりました。
これからは康介さんと道子が、二人で温かい家庭を築いていくことが、私の何よりの誇りとなります。
まだまだ未熟な、ひよっこ夫婦ですが、どうか今後とも温かいご指導を賜りますようお願い申し上げます。
本日は、誠にありがとうございました。」
銀座通り。
その歴史は江戸時代に遡る。
西暦一八七三年/明治六年には、銀座煉瓦街の整備によって近代的な大通りへと姿を変え、その後も時代に沿って車道拡幅や改修が行われてきた。
直近では西暦二千四十五年に大規模改修が行われた。
その銀座通りでは、先日の常盤深緑の活躍の代償としてめくれ上がり、大穴が開いた路面の道路本復旧工事が始まっていた。
ところどころで仮復旧のレミファルトを剝がし、隙間に砕石を敷き詰め直している。
「おい、田中! 転圧は丸くやるな。隅まで丁寧にやれ」
竹止一朗
この現場を指揮する施工管理者――いわゆる『現場監督』。
早くに両親を亡くし、大学を中退して飛び込んだこの世界で、文字通り泥にまみれながら着実に実績を積み重ねてきた、苦労人である。
自分が整備する道路の一筋一筋が、東京の血流を支えているという強い誇りを持っている。
――莫迦野郎が。
そんな竹止だからこそ。
ここ一年ほど頻繁に、その道路に傷どころか穴まで開けていく警察が気に入らなかった。
特にこの銀座通りは、十年前の二千四十五年、竹止が大規模改修を監督した道路でもあった。
同じ年に生まれた姪っ子と同じくらいに愛着のある道路をボロボロにされて、悔しかった。
竹止は、会社に頼み込んで損益分岐点に限りなくギリギリで落札してもらった。
他の誰にも、任せたくなかったのだ。
重機の轟音が響く平日の銀座七丁目交差点。
深緑が新曲宣伝のバーターでゲストに呼ばれたニホン放送のラジオ局に向かう道中でのことだった。
深緑はマネージャーの白石瑞月に車を停めてくれと頼むと、停車する間もあらばこそ、道路の真ん中で本復旧作業をしている現場に駆け寄っていった。
「あ、あのっ」
深緑は現場監督をしている竹止に声をかけたのだった。
「……それ以上、近づかないで。作業員の気が散るからね」
竹止は不意に声をかけてきた人物を観察した。
時々見かける警察礼服だ。
腰まで伸びた長髪が警官らしくないのだが……
その人物が間近に近づいてくると、竹止の目線はその女性の肩あたりだったため、見上げることになった。
竹止はその背の高い女性に見覚えがあった。
ここ一月ほど、報道番組でよく見かけるようになった顔だ。
常盤深緑。
今まさに本復旧しているこの銀座通りを壊した張本人だ。
竹止の目が剣呑になっていく。
深緑はひたすらペコペコ頭を下げるのだった。
「ご迷惑を、おかけしています。次は、もっとうまく正義をしますので」
――お兄ちゃん!
竹止の脳裏に妹の道子の姿が蘇った。
そういえば、この常盤とかいうアイドル警官は、暴漢に絡まれていたブラスバンド部の姪っ子を助けてくれたのだった。
道路のことは道路のこと。
身内のことは身内のこと。
――あちらが詫びを入れてきたのであれば、こちらも礼を言わねばなるまい。
竹止はヘルメットを外しかけ、その手を止めて、深緑に頭を下げた。
「私事かもしれないが、あんたには、俺の姪っ子を助けてもらっている。本当に……ありがとう」
お礼を返されたのが意外だったのか、深緑は一瞬、目を丸くしていた。
――目の光が強いな。
ただの美少女ではない。
強い意志を感じる。
きっと、ただものではない。
深緑はお礼が嬉しかったのだろう、輝く微笑みを浮かべた。
トクン――
初めての、掌 ON THE DANCING。
竹止一朗。
馬車馬のように働き続けて良い縁を逃し続けた独身男性。
一朗の大事なもの。
妹。
姪っ子。
仕事。
今日から、常盤深緑が加わったのだった。
警視庁本部庁舎の十七階にある大会議室。
『警備部機動隊特殊機甲班について(第四回)』
「えー、当該班の班長は警部補。副班長は巡査部長という構成であることは、過去の資料にもあるとおりですね。彼らはこの一年の功績は目覚ましいのですが、ご承知のとおりに苦情もとんでもありません。ですから、懲戒処分としない代わりに、春の昇任は見送りでした。賞罰は本来、別途で考慮すべきかとは存じますが」
警務部長が、過去に横槍があったことに若干嫌味を交えつつ報告していた。
警視監はじめ数人の警視長クラスの幹部が視線を泳がせた。
あえて、追撃はするまい、と警務部長は報告を続けることにした。
「……何が言いたいかと申しますと、第三回の会議で決定した、常盤深緑警視正の『特殊機甲班』への異動でありますが、結果として班の中に班長より上位の存在がいるという捻じれが発生し、それもよりによって強化機甲服の着用者の一人となってしまいました」
警務部長はそこで、わざとらしく大きなため息をついた。
「当然のように、常盤警視正が強化機甲服を着用した場合においては、彼女が『班長と意見を異にした場合』、班長では『待った』をかけることが制度上、限りなく不可能であります」
わかりきったことだろうが、と警務部長の横に座る警備部長もまた、わざとらしく大きなため息をついた。
「……正式に配属しても、改善しなかった、というわけか」
――正式配属して熟練者たちに畏まるようなタマなら、そもそも強化機甲服を着用とか考えるものか。
お偉方はそろって対応策を口にしない。
正しい態度ではあるのだが。
――口を挟んだのであれば、せめてケツ持ちくらいはしてほしいものだ。
このところ頻発する強化機甲服悪用犯罪には、ネットを利用したネットワークが背後にあるらしいことが掴めてきた。
ここで警備部機動隊特殊機甲班を縮小したり、まして廃止など、現場に立たない身としてももはや選択できるものではなかった。
人事第一課長の腹案がなければ、警務部長もここで辞表を叩きつけたいところであった。
「どなたにも、意見、案がないようですので……」
警務部監察官室長「あなたが、欲しい」
白石「唐突に、何を言い出すんや。お気の毒やけど、ワシに同性愛の性癖はないで? 他を当たってや?」
警視庁人事第一課長「常盤深緑警視正を適切に制御できるのは、あなたをおいて他にないと考えています。白石さん。どうか、我々と……強いだけでなく、頼れる警察を作ってほしいのです」




