幕間2「嵐の後始末」
感 謝 状
築地警察署
一日署長
常盤 深緑 様
先日は、私たちのピンチを救っていただき、本当にありがとうございました。
あの時、どうしていいか分からない私たちは、とてもこわくて、不安な気持ちでいっぱいでした。
でも、深緑お姉さんがすぐにかけつけて、悪い人をつかまえてくれたおかげで、部員一同、無事におうちに帰ることができました。
私たちのために一生けん命にかけつけてくれた姿は、本当にかっこよかったです。
深緑お姉さんに助けていただいたおかげで、私たちは今も、ブラスバンドを続けることができています。
この感謝の気持ちをわすれずに、これからも心を一つにして、聞いてくれる人を笑顔にできるような演奏を目指して、練習をがんばりたいと思います。
お姉さんのような、強くて、みんなから信じてもらえる大人になれるよう、私たちもこれからの学校生活をがんばります。
警察のお仕事は大変で、きけんなこともあるかと思いますが、これからもお体に気をつけて、街の安全を守ってください。
ずっと応援しています。
西暦二千五十五年@月@日
築地第二小学校ブラスバンド部 一同
警視庁本部庁舎の十七階にある大会議室。
『警備部機動隊特殊機甲班について(第二回)』
資料に目を通し終えた警視総監が両手で顔を覆ってため息をついた。
主な議題は、一昨日に発生した『交通安全黄金パレード襲撃事件』のことだった。
「謹慎の意味が、まるでないじゃないか」
「なぜ、問題児どもをパレードに参加させた?」
「むしろ、単体の事件としては被害が増大しているじゃないか」
各部の部長たちが机を叩いて不満を示した。
「しかし、当の強化機甲服に乗ったのは、警備部機動隊特殊機甲班の警官ではありません」
警務部長は流れる汗をハンカチで拭いながら、言い難そうに報告するのだった。
「その……築地第二小学校ブラスバンド部からの、感謝状にもありますとおり、築地署の一日署長でして……」
つまり、被害の主たる原因は警備部機動隊特殊機甲班ではないと続けた。
「それが、どうした? 一日署長……民間人に強化機甲服を奪われた方が、より問題だろうが」
言い淀む警務部長に、指を差した警視監が毒づいた。
「いえ、それがですね。都内およそ百箇所の一日警察署長を、件のアイドルに依頼するにあたりまして、その……面白がった公安委員会が、その……」
「なんだ? はっきり言いなさい」
警視総監の声は穏やかだったが、その視線は腕時計ばかり見ている。
「件の、常盤深緑嬢につきましてですね、どうせなら、本当に警視正にしてしまえと……」
国家公安委員長が深緑の大ファンであるらしいことは、この場では伏せておくことにした。
会議がさらに紛糾かつ迷走する燃料にしかならないのは明らかだ。
「はあぁ???」
会議室中にこだまする複数人の呆れ声。
警察法によって、日本の警察では上から警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長、巡査の九つの階級が規定されている。
警察署の規模にもよるが、警視正は署長を務める階級である。
早い話が――かなり、偉い。
警視正の任命権者は、警視庁ではなく国家公安委員会である。
普通、一日署長を依頼したぐらいでは、警視正どころか公務員として任用することもない。
仮に期間限定の公務員であれば、会計年度任用職員か特別公務員として採用するのが通常である。
話を戻すと、この警視正という階級は、『一般職の国家公務員または地方公務員』でなければならないと法律で規定されている。
警視正になる道は、二つ。
一つは、国家公務員試験に合格し、警察庁に『一般職の国家公務員』として採用される。
そして、勤務を重ねてから、国家公安委員会から警視正として任命される。
いわゆるキャリア・コースで、国家公務員採用試験を受けてもいない深緑では絶対に辿れないルートである。
もう一つは、警視庁などで地方公務員として採用される。
そして、実績と昇任試験を何度も重ねて、国家公安委員会から警視正として任命される。
こちらはノンキャリア・コースで、本来であれば今の深緑が使えるルートではなかったのだが……
『常盤深緑嬢、警視庁いや国家権力はお詫びの意味をきちんと示さなければね。大損害を被らせた挙句、その『一日署長』を都内限定とはいえ短期間に百回以上もお願いするんだ。警視正ぐらい、差し上げようじゃないか』
国家公安委員長、日比谷野音の最前列で六本のサイリウムを振って応援していたファンクラブ会員番号五十二番は、呼び出した警務部長、人事第一課長、人事第二課長を相手に熱っぽく語っていたのだった。
与えた損害を現金で補填しない警視庁に対して、『せめて階級で誠意を見せろ』ということのようだった。
一日署長を百回以上もお願いする予定です、と反論しても、『それは仕事の依頼で補填ではないだろう』と返されては立つ瀬がなかったのだった。
たとえ相手の、委員長の腹が『深緑ちゃんの、念願の日比谷野音をぶっ壊しやがって! 警視庁は責任取れ!』であったとしても。
「昇任試験だけじゃない。勤務評定だって、必要だろう? 手続きはどうした?」
目を剥いて怒鳴りつける警視監から、警務部長のすぐ傍に座っていた警備部長が目を逸らした。
「……警備部長?」
当然のように、警備部長は警視監に目をつけられたのだった。
「……公安委員長の、たっての依頼とのことでしたので」
しぶしぶ、警備部長は着座したまま答えたのだった。
漫画やドラマで語られるほど、警視庁と国家公安委員会の仲は悪くない。
とはいえ、仕事の目的や性質、情報の扱い方が根本的に違うため、互いに摩擦や不信感が生まれやすいのは事実であり――
「お前は、いったい、誰の部下だぁーーーーーー」
早い話が――深緑は現役警視正として、暴漢を取り押さえたわけである。
「えー、報告に戻ります。現場最先任者は常盤深緑・築地警察署一日署長、つまり警視正です。件の特殊機甲班は独断出動ではなく、同警視正の緊急命令に基づく支援行為となります」
先ほど会議室に轟いた警視監の怒声もどこ吹く風。
一線を越えてしまったことがバレてしまい、警務部長はかえって腹をくくることができた。
――懲戒免職にするならしろ。
そのときは、今回の顛末を本にして出版してやるからな。
同じく覚悟の決まった警備部長も、司会役に指名されてもいないのに立ち上がって、勝手に報告を開始するのだった。
「えー、損害はいったん置いておくとですね。お手元の資料3-1のとおり、出動からおよそ二秒で犯人確保は、非公式ですが世界記録であります……」
前例は、作られる。
よしにつけ。
あしきにつけ。




