第2話「行くぞ、全力機甲警察。」
はじまりは、いつだって唐突。
――今日は、築地警察署長です。
毎日毎日、それも十度目を超えると、深緑の一日署長もさすがに板についてきた。
初めこそ、事件後に大っぴらな活動を行うことの是非が世間で騒がれたものの、この頃になると、悲惨な事件を機に立ち直ろうと踏ん張る逆境克服系アイドルとして、温かい目を向けてくれるようになった。
毎年恒例の交通安全黄金パレード。
警視庁主導で、銀座界隈を交通安全パレード、ブラスバンド、バトントワラーも参加する、ビッグイベントである。
今日の深緑は、築地警察署を代表して、防犯啓蒙の横断幕を張り付けたフロート車に乗っている。
そのフロート車と並走しているのは、警視庁警備部機動隊特殊機甲班、通称『全力機甲警察』の面々である。
こちらは機動隊で所有している常駐警備車の天井中ほど後部までをぶった切ったような車両/特殊輸送車である。
丸見えの後部座席には、背面と胸部に桜紋が輝く強化機甲服と、呑気に市民に手を振る副隊長の小金沢巡査部長が並んでいた。
たった今、フロート車が、深緑が所属するサンセットプロモーション事務所の物販コーナーを通り過ぎた。
今回のパレードでコンサートグッズの在庫を売り切らんとばかりに、通りの六箇所に展開し、売り子はタレントの卵まで動員しての総力戦である。
それを目にした深緑は、メガフォンとサイリウムを振り回して、こっそり商品アピールすることも忘れない。
「こんにちはーーーーー、これが一番、防犯よ!」
「大丈夫―――、そんなあなたが、狙われる!」
「鍵一つーーーーーー、油断大敵、火の用心!」
もちろん、防犯のキャッチコピーも忘れずアピールするのだ。
「お嬢ちゃん、それ、消防の……まあ、いいか」
隣接する車から、小金沢がやる気なさげにツッコミかけ、ダレたように肩をすくめて深緑の間違いを訂正するのを諦めた。
「小金沢さーーん。そろそろ運転、交代してくださいよーーーー」
特殊車両運転席から、若い声が聞こえてきた。
特殊機甲班バックアップクルーの一人、千歳弘だ。
「このトロトロ運転、膝と足首が辛いっすーーーー」
何より、スピード狂の気がある千歳にはこの遅さ自体が堪らない拷問であった。
「千歳―ぇ。俺のことは、副隊長、または小金沢巡査部長と呼べ。勤務時間外じゃねえんだぞ?」
そのとき、観衆から大人の腰ぐらいの背丈の子どもが二人、飛び出してきた。
「止まって!」
深緑が子供たちを守るようにフロート車の前に飛び出した。
スローペースとはいえフロート車も特殊車両も一トンを軽く超えている。
子どもを巻き込めば、ただでは済まない。
小金沢も少し遅れて深緑ごと庇う位置で、静止を促すポーズを取った。
フロート車も特殊車両も無事に停車し、その場は事なきを得た。
「もう、危ないのよ。車道に出たら、メッでしょ?」
女児は手に持っていた赤いガーベラの花を深緑に差し出してきた。
「おねーちゃん、きれい。おはな、あげる」
振り返った深緑は、目の前にいた方の子ども、女児を抱え上げた。
隣では、小金沢がもう一人の男児を肩車していた。
「坊主、お前を叱ってくれる親御さんは、どこだ~?」
セリフの剣呑さと裏腹に、子供好きな小金沢の声が裏返っていた。
「すーつ!」
肩車された男児が、特殊車両後部にある強化機甲服を指さした。
「あー、俺たちのファンか。それじゃあ、あんまり叱れないなあ。でも、特別扱いは、駄目だ。車道に飛び出すような、言うこと聞かん坊は、きっちりお仕置きしなきゃな」
『そうだ、お仕置きだぜええええええ』
摩天楼に、怪しい声が唐突に轟いた。
深緑、小金沢、観衆は上を右を左を見回した。
しかし、数多あるビルの壁に音が反射して、どこから発しているか見当もつかなかった。
このパレードに参加していた警察関係者が一斉に警戒態勢を取り始めていた。
――演出では、ない?
深緑は小金沢を促して、観衆の中にいた子どもたちの母親に二人を預けると、それぞれの持ち場に戻った。
その時である。
フロート車の二メートルほど前方で爆発が起こった。
爆発が起こったあたりのアスファルトに直径50センチはあろうかという穴が開いていた。
じっとしていたら、子どもごと巻き込まれていたかもしれない。
「これ、何よ?」
『運が良かったな』
先ほどの不気味な声とともに、真っ黒な影が穴のすぐ近くに落ちてきた。
「……ニュースで先日盗まれたってやってた、鉄道敷設用強化機甲服じゃねえか」
運転席の千歳が、画像検索で影の正体を突き止めた。
「副隊長、スーツを! 生身でどうにかできる奴じゃない。その、『タイタンPAAAA』の両腕のハンマーは……」
千歳に最後まで言わせず、『タイタンPAAAA』はその右腕のハンマーを特殊車両の運転席に突き込んできた。
『タイタンPAAAA』は、両腕に備えたハンマーによる毎分三千回の高速振動で、一時間あたり二百メートル以上にわたって線路の枕木を固定できる化け物じみた機能を有する。
「千歳! 畜生」
《待て、小金沢。上の温情でパレードに参加しているとはいえ、俺たちは謹慎中だぞ。》
指令室の隊長から、小金沢を制止する無線が入った。
「隊長。千歳だけじゃない、市民だって……」
《謹慎中に勝手に装備を動かせば、今度降りる処分は停職どころじゃ済まない。懲戒免職だ。再就職は……絶望だぞ》
強化機甲服を装着するためのアジャスターとインナープロテクターを手に取った小金沢の動きが止まった。
強い正義感と、収入を失くせない家庭の事情が小金沢の心中でせめぎ合った。
『あーーーーーはっはっはーーーー。所詮は公僕。犬畜生ですねえ。我が同志の恨みをここで果たしましょうかねえ?』
その前に、と『タイタンPAAAA』は遥か前方に走り去った。
『何もできない無力感をーーーーー、まず、味わいませんか??????』
その先には……
「先頭集団は、小学生のブラスバンドじゃねえか!」
それでも、小金沢の手が動かない。
動かせない。
年老いた母の難治性疾患の治療費を稼ぐためには、懲戒免職にだけはなるわけにいかないのだ。
――警察官でしょ! 母に構わず行きなさい!
小金沢の脳裏に映る病床の母が叱咤しても、人の子の情が手と足を止めてしまう。
そのとき、小金沢の頬を張った人物がいた。
深緑である。
業を煮やして、隣の特殊車両に飛び移ってきたのだ。
「謹慎中で動けない? さっきまで何やってたのよ。いいわ。私がやる。それの動かし方を教えて」
深緑は小金沢の手からアジャスターとインナープロテクターを奪い取った。
そうして、身に着けた大仰な衣装や上着をスルスルと脱ぎ去って身軽になった。
そして見様見真似で体にテキパキとインナープロテクター、アジャスターの順にはめ込んでいく。
「え……俺専用に誂えたインナープロテクターだぞ。俺の胸囲は百十センチあるんだぞ。なんで、ぴったり……」
身長一八八センチ、バスト百十センチの深緑は、身長一八八センチ、胸囲百十センチの小金沢をもう一度張り飛ばした。
「常盤さん!」
潰れた運転席の方から声が聞こえた。
ハンマーが突き込まれた際に咄嗟にシートを倒して、辛うじて生き延びていた千歳だった。
同時に、千歳の手が忙しく動いて、班長との通信回線を強制的にオフにした。
「そこの盆暗はあてにならない。僕があなたを全力でアシストします。今、光っているパーツに背中を合わせて。細かい微調整は、僕がします!」
基本的に自由人な千歳には、懲戒免職というカードも足かせとしては弱かったようだ。
深緑は千歳の言うとおりに強化機甲服に入り込んだ。
「……装着態勢、チェック。オールグリーン。常盤さん、口を閉じて。舌を噛みます。今から、こちらの指示は通信に切り替えます」
深緑の視界に、強化機甲服の外殻が囲んでくるのが見えた。
少しばかりの恐怖が、ノルアドレナリンを。
未知への挑戦から生まれる興奮が、ドーパミンを。
理不尽な悪に対する怒りが、アドレナリンを。
それらは、およそ三十万年前から現生人類がすでに獲得していた天然の強化機甲服。
『簡単に言うと、強化機甲服は、あなたの運動能力を飛躍的に上昇させます。装備は、今回は無視でいい。ただ、思うままに動いてください。……歩くのも、本当は慣れが必要だけど、あなたなら、できる!』
――簡単に、言ってくれちゃって。
自分から言い出したこととはいえ、深緑は胸の内で言い返してしまった。
「……いいわ。動き出しのタイミングを教えて」
『ロック解除。目の前の赤いランプが青になったら、GOです』
青になった。
深緑は風になった。
いや、竜巻か、台風か。
足元で悶絶していた小金沢を発進の衝撃で車外まで弾き飛ばし、続けて避難し損ねた観衆を暴風でなぎ倒し、パレード先頭で小学生たちを脅しつけては悦に入る暴漢『タイタンPAAAA』をそのまま跳ね飛ばした。
周りで泣いていた小学生たちも、衝撃の余波で脇の歩道まで飛ばされた。
『正義をしに来ました! 大人しく……』
そのときすでに、暴漢『タイタンPAAAA』は、道路に三十センチ埋まった状態で気絶していたのだった。
常盤深緑。
初出動の記録。
暴漢『タイタンPAAAA』を出動から二秒弱で完全制圧、逮捕。
死者ゼロ名。
負傷者七十名、うち全治三日未満の軽傷者六十九名。
うち全治二週間の重傷者一名(小金沢巡査部長)。
破損させた建築物、道路の被害額、合計で千六百万円。
伝説の、はじまり――




