駆け引き
ミコトを失い今は何も考えられなくなっている。
失意の中で言われるまま連行されていく。
一体私が何をしたのか? ただミコトと楽しい時間を過ごしただけ。
あの時私が眩しさから目を瞑らなければこんなことにはならなかった。
でも今さらあの時のことを後悔しても遅い。
どうすれば…… 私はこれからどうしたらいいのか?
「うわああ! 」
無理矢理引っ張られてバランスを崩す。
恐れていたことが現実に。顔からダイブで顔面強打。
これがアスファルトだったらただでは済まなかっただろう。
ただこの辺は乾燥して硬い。だからどうにかなったとは言え痛くて堪らない。
顔面骨折にならなくても鼻が潰れて歯が折れそう。
バランスを取るのが非常に難しく高度な技術が要求される。
もういい加減手足の縄をほどいてくれよな。動きづらくてどうにもならない。
ペットじゃないんだから自由に自分の足で歩きたい。
どうして引っ張られるように連れて行かれないといけないのか。
これではまるで囚人? そこまで私は凶悪に見えるか?
ナガレに勧められてひげを剃り服だって新しいものに変えた。
臭いだってしない。私はただの旅行者。囚人と一緒にされたくない。
やってることと言えば誤って博士を突き落としたぐらいでかわいいものだろう?
「頼むよ! 逃げないからさ。この通りだ! 」
頭を下げどうにか交渉するがまったく相手にする気はないよう。
困ったな。これでは三時間近くノロノロ歩かされることになる。
それでは拷問だ。そっちはよくてもこっちは堪らない。
文句言うつもりはないが改善されたらな。たぶん無理なんだろうけどね。
諦めたくはないがどうにもならないこともある。それが大人さ。
「お願いだ! 」
しつこく迫る。こうすれば相手だって耳を貸さない訳にも行かない。
少しは寄り添ってくれはず。
「ははは! まさかこの俺に罪人を信じろと言うのか?
信じた結果もし逃げられでもしたらどうなると思う? 」
果たしてどうなる? 想像もできない。
「たぶん島長に叱られて百叩き…… 」
「馬鹿野郎! それで済むか! それならもうとっくにお前を解放してる。
いい加減現実を見ろ! 俺は役立たずとして笑われるだろうさ。
島の者に痛めつけられ最後には処分されることになる。
そしてお前は見つけ次第射殺だ。この島には何を隠そう射撃部隊がある。
もし島の者が襲われたら射撃部隊が躊躇なく撃つだろう。
だから逃げればハチの巣だ。いい射撃訓練になるがそれで構わないなら逃げな」
下手な脅し。どこまで本気か。試しにやってみようとはさすがに思わないが。
私は好戦的でもなければ銃もナイフもその他の凶器も基本扱えない。
フィールドワークではただ見学するだけだった。
内戦中のゲリラから教わったのは小型爆弾の作り方ぐらい。
こんなのは治安の悪い地域なら悪ガキでも作っている代物。
実際自由の国でも起きていること。ただ材料がなければ作りようがない。
あと根気強く冷静で手先が器用でないと扱えない。
だからナイフぐらいだがそれもただの脅し程度。振り回したことはもちろんない。
「おいノロノロするな! さすがに昼前には着かないとな」
男はどうやらもう私が抵抗しないと踏んでいるよう。
甘いな。私はその辺の観光客と一緒にされては困る。
さあ隙ができたところで逃亡計画を考えるかな。
「あれは何だ? 」
そんな風に気を取られたところで思いっきり引く。そうすればあっちが……
あれおかしいな? うまく行かない。転ばせられずにただ引き寄せた。
「馬鹿め! そんな手に引っ掛かるか! 」
「いやそうではなく天女様が降臨されたような…… 」
まだどうにか逃れようともがくが相手にされずただ怒鳴られる。
でも本当に天女様が見えた気がしたんだよな。錯覚かな?
あの角度からするとミコトが落下した崖辺りから。
「戯言はもう聞き飽きた! お前は天女など見てない。
この島に来てから見ていたのは幻だ。そもそも天女はもうこの世界にはいない。
いい加減島民を惑わすような真似は止めるんだ。目障りだ! 」
どうやら私の言葉を一切信じない心の狭い最低野郎。
しかし島に来て昨日まで何度も何度も見ているのだ。信じろよな。
恐らく今だって天女様に違いないんだ。
「頼む! 急いでミコトを探してくれ! お願いだ! 」
強引に頼み込む。
「分かった。だがお前が突き落としたなら崖下に。そこはいくら我々でも無理だ。
自然と流れて来るのを待て。助からない者のためにこの身を危険には晒せない。
それがたとえ天女様の生まれ変わりだとしてもな」
男も決して嫌がらせをしたいのではないよう。
無理なことを強いるのは確かに間違っている。だがそれでも私はどうにかしたい。
それがミコトを供養することになる。
もう諦めはついている。でも彼女を取り戻したい。
暗く冷たい崖の下で眠らせる訳には行かない。
だがそれでもどうしようもないことがある。
「あの…… ミコトは落ちたんだ。私が突き落としたのではない」
昨日の状況を語る。
こうすれば少しは冷静で信ぴょう性も高いと思われるだろう。
しかし何一つ話を聞いてないのか男は私が突き落としたと決めつけている。
「はいはい」
「本当です! 信じて下さい! 」
どうしてこんな奴に縋らないといけない?
「だから言い訳も不満もすべて着いてからにしろ! 俺は裁く立場にない。
処分は上が決めることだ。もうこれ以上は取り合わないからな! 」
耳を塞ぐ男。そうするとバランスがおかしくなり転倒につながりやすい。
逃げるなら今しかない。どうせ奴らは何も信じやしない。
この前島地区を抜け島長のいる南地区に行ったら最後。
その場で処刑されてもおかしくない。
この島に来た日に恐れていたことがただ起きるだけ。
いくら島長のお墨付きがあると言っても私は無敵ではないのだ。
それに島長だって気が変ることもある。
やはり文書でしっかりお墨付きをもらっておけばよかった。
島長に確認しても知らぬ存ぜぬを通されてお終いだ。
それがごく近い未来の光景。
こうなってしまえば誰も信用できない。たとえ島長でもナガレでも。
続く




