軽蔑
紬を抱き寄せ誘惑する。
どうしたんだろう? まるで自分ではないようだ。
ミコトのいない寂しさを紬で満たそうとつい手を出してしまった。
こんなこと少し前の自分なら軽蔑しただろう。でも止められない。
「おいお前! 」
そう言うと草太朗が凄い剣幕で二人の前に飛び出る。
だがそれは大きな勘違い。私はただ転びそうになった紬の手を取っただけ。
それ以上の何かがある訳ではない。誘惑したのだってついふざけてだ。
もし紬が転んでなければこんなおかしなことにはなってない。
何と言っても私の目的はこの島に隠された金銀財宝なのだから。
いくら美しくてタイプであろうとそんな愚かしい真似するはずがない。
「失礼。転んだので手を差し伸べていたんです。ただそれだけなのでご心配なく」
せっかく迎え入れてくれた二人を裏切れない。
ここは冗談だけで済ませて大人の対応で乗り切ろう。
紬は彼にはもったいない人だけどだからって私がどうにかできるものでもない。
「嘘を吐くな! 人の女房を誘惑しやがって! 恩を仇で返しやがって! 」
怒り狂う。会った時のあの優しい感じが薄れてしまっている。
そんな馬鹿な。誤解だろう? 実際紬は慌てていて転んだじゃないか。
本人に確認すれば済む話。
これ以上は危険。多少強引にでもこの話は打ち切ろう。
「それで紬さん。私に何の用があったんです? 」
「それが島長が伝えたいことがあるので至急戻れと。
少なくても夜遅くには戻って来いと」
どうやら帰還命令らしい。しかしどうやって連絡を取ったんだろう?
考えられるのは伝書鳩を使った昔ながらのやり方……
そう言えばここにも鳩を見かけた気がするな。
あるいは電話? サザナミもミコトも紬の家にも見当たらないから違うか?
そもそも電波って通ってるの?
トランシーバー等の連絡手段も考えられる。
しかし誰一人そのようなものを持っている者はいなかったような……
すると考えられるのは伝令。人を使ったか? 島内放送もなくもないか。
だが島内放送は聞いてないよな。うーんすると何だ?
「ちなみにどうやって…… 」
「うるさい! 人の女房に手を出した不届き者が何を抜かす! 」
ダメだ。やっぱり相当怒ってる。これはもうこれまでだな。
「失礼しました。誤解を招くような言動を取った私の責任。
ただ何度も言うようにこれはただの誤解。私たちには何の関係もない」
言い訳にしか聞こえないがそれでも言わないよりはいいさ。
「おい聞いてるのかお前? 人の話を聞け! 」
草太朗はまだ追及しようとする。本当にしつこいな。
だがもし紬の方にその気があったらどうするんだ?
あれだけ隙のある彼女がその気がないはずがない。
そんなこと言えば最低と言われるんだろうな。でも実際下手な演技で転びそうに。
自分から言い出せずに私が積極的に動くように仕向けた可能性も否定できない。
「それではお元気で! 」
「ちょっと待て! まだ話は終わってない! 」
怒りの収まらないご主人に追いかけ回されること三十分。
どうにか撒いた。これで一件落着かな。
それにしてもここはどこ? 初めて来る場所だ。
あれ…… まさかミコト?
「ちょっとアキラ! 」
勝手に一人で歩き回ると前のようによそ者を良く思わない者に狙われるそう。
「今までどこに? 」
「だから私は禊で…… 」
これ以上は恥ずかしいと。まだまだだな。
天女の生まれ変わりを名乗るには経験も度胸も足りない。
どうやら今禊から戻ってきたのだろう。
するとさっきまでの騒動は当然知らないはず。
なぜ紬が照れて草太朗が怒り狂ってるのか分からないだろうさ。
とりあえずここはミコトを味方につけないと。草太朗が勢いづいてしまう。
紬があれだとこの私が誘惑したことにされかねない。
実際そうだけどそう仕組んだのはきっと紬の方だ。それは間違いない。
「そうだ。一度きちんと見てアドバイスしてあげよう」
つい軽口で。しかしよく考えればそれってただの覗きか。
「いりません! もう本当にいやらしいんだから! 」
「待ってくれ誤解だ! ただミコトが一人前の天女を演じ切れるか心配なだけだ」
「信じられない! さっきだって紬さんに手を出して慌てたくせに」
軽蔑の目を向けるミコト。嫉妬心に火がついたのだろうか。
もっと紬みたいにおおらかに何でも受け入れるようにならなくちゃ。
あれ私は本当に何を考えてるんだ?
「あれはただ紬さんが転んだので手を差し伸べただけ」
ただそれだけなのに草太朗もミコトも何をそんなにムキになってるんだろう?
「嘘です! 誘惑した上に抱き寄せたでしょう? 見てたんだから」
見てたと言い張る。だったら助けてくれてもよくないか?
「天女様は嫉妬深いの? 」
「知らないわよそんなこと! 天女様に直接聞けば? バカじゃない? 」
どうやら紬を誘惑したところをしっかり見てたらしい。言い訳は難しいな。
やはりこう言うのは皆が寝静まった真夜中に離れた場所ですべきだった。
朝に道の真ん中で堂々とやるものじゃない。
これでは私の人間性まで疑われかねない。うわ最悪だな。
「ミコト…… ミコトさん…… ミコトちゃん! 」
どう言っても反応してくれなくなった。冗談だろう?
「待ってくれよ! 私にも少しは言い訳させてくれ…… 」
「もういい。そう言う人間だってよく分かったから」
ここで案内役のミコトを失えない。いやこんなところでノロノロしてられない。
少なくても今日中に前島地区を制覇しておかないと。
この島に再び戻れるとは限らないのだ。
「好きなんだ…… 」
つい告白してしまう。これって昨日と同じ展開な気も。
「はあ? 他の女性に手を出してすぐにそんなこと言うの?
見損なったアキラ! 本当に恥知らずなんだから。信じられない! 」
正直に言うも昨日のようにはいかない。当たって砕けてしまった。情けないな。
「だから誤解だ。私が本当に必要で大切なのは君だけだ! それは嘘じゃない。
確かに紬さんに興味がないと言えば嘘になる。
だからっていきなりそんな関係になる訳がないだろう! 」
案内役はどうして必要不可欠だろう?
そんな風に言えば嫌われるのは目に見えている。
ふうと一息吐いてどうにか怒りを収めたミコト。そうこれでいい。
さあ落ち着いたところだし急いで島長の元に戻るとするか。
続く




