天女の沐浴
すぐ近くに見える島。恐らく中島か後島だろう。
目の前に目的の島があるならこのまま泳いで行きたい。
ただすぐ近くに感じるのは錯覚で簡単に行けそうと言うのも何の根拠もない。
そこに今天女様が降臨された。
「うん? 聞こえないよ? 」
どうやら私に気づき何か伝えようとしているよう。どうも警告のような感じ。
危ないとか? 近づくなとかだろうか?
でもここからでは波にかき消されるて聞こえない。
「天女様! 」
つい嬉しくて大声で叫んでしまう。逃亡中の身なのに浅はかだ。
ただその叫び声さえ無情にも掻き消されてしまう。
これほどまで近づき認識したと言うのになぜここまで遠いのか?
いや決して天女様に会いたくてこんな閉ざされた島に来た訳じゃない。
もう一度冷静になって考える必要があるな。
そう私の目的は天女伝説を解明すること。だからほんの少しでも近づけたら。
だからどうしても興奮が収まらない。ああ天女様どうぞこの私にご加護を!
そして財宝の隠し場所をお伝えください!
そう念じる。もう念じるだけで通じるだろうと勝手に思っている。
しかし当然そんなに甘くはない。
天女様は飽きたのかこちらに構わずに舞う。天女の舞だ。
朝に舞う天女。朝日に照らされてどれだけ幻想的なのか?
近づきたい。もっと近づいて目前で舞を見物したい。
それが叶うならこの命…… まずいまずい。つい格好をつけてしまう。
もちろん本気じゃない。でもそう思えてくるから不思議。
今私たちの間には荒れ狂う海が。
近づこうとすれば呑み込まれるだろう。それは本能の部分で反応してしまう。
お互いが認識できるほどの近さなのに二人には決して埋められない距離がある。
近く感じるのは月や惑星と同じ。本当は物凄く離れているのかもしれない。
少なくても泳いで行ける距離にない。だがそれでも船ならば……
私は興奮しているようで頭の中は冷静沈着。決して近づけないと分かっている。
だからバカみたいな真似はしない。興奮して叫び続けたりもしない。
でもそれで本当にいいのか? これが大人かもしれないが何かを失い続けてる。
そんな気がする。
天女様を見るのはこれで三回目。
実在するかは別として天女として活動するのは主に朝なのだろう。
それ以上のことはよく分からないが私を受け入れているのは間違いない。
よそ者を歓迎し姿を現した。
まるで天女様はこの島のシンボルであるミビちゃんであるかのよう。
天女様は舞を終えると周りを見る。
どうしたんだろう? いつもならここで姿を消すのだが。迷っている様子。
うん? いやまさか……
白き衣を脱ぎし天女様はそのまま海へと。
まるで私に会いに行こうとするように。
それにしても何と幻想的だろう?
衣を脱いだ天女様は太陽の光で全身が包まれこの世の者とは思えない姿を見せる。
ああ天女様どうかこの私の願いをお叶え下さい!
こうして天女様は海へと姿を消し再び姿を現すことはなかった。
まるで夢のような体験にもう言葉もない。
海を挟んで二人は対峙する。
互いが何者かある程度理解しながらも惹きつけ合う。
何を自信過剰なことをと思うだろうがどうしてもそんな風に考えてしまう。
特に天女様は私を強く追い求めている。なぜかは不明だがそんな気がする。
私が天女様を追い求めるのは不思議でも何でもない。
伝説を解き明かせば金銀財宝に繋がるのだから興味を示さない方が不自然。
それでいて絶世の美女。天女様を目前に無反応でいられる奴などこの世にいない。
もしこれが仮にただの少女だとしても別の意味で興味を示しただろう。
島には娯楽も少なく美しい娘など僅か。
そこに麗しの君が現れればすぐに飛びつくに決まってる。
誰であれ金銀財宝を探し求めているなら会いたいと切望するだろう。自然なこと。
早朝のゆったりした中で偶然天女様に遭遇するなどでき過ぎてる。
何らかの狙いがある。要するに天女様側にも思惑があるに違いない。
それがすべて分かっていながらもそれでも止められない。
天女様は伝説では何人もの者を愛した悲劇の人として描かれている。
すぐに恋に落ちてしまう初心な女性像。それは男どもの願望を投影するもの。
できるならこの私もその一人に加えて頂けたら……
おっと…… いけない。何を浮かれているんだ私は? 冷静に冷静に。
私自身がそんな浮かれていてどう調査しろと言うんだ。
気を引き締めて任に当たらないととんでもないことになるぞ。
まるで夢のような体験。誰かに話してもきっと信じてもらえないさ。
へへへ……
ダメだ。あれから一時間は経過したのに頭から消えずにこびりついている。
まるで腑抜け。ついあの素晴らしい体験を思い出しては浮かれてしまう。
きれいとかかわいいとかでは表し切れない。ただひたすら神々しい。
ああ…… もう会いたくて会いたくて堪らない。三日連続はさすがに限界だぜ。
きっと私を求めてる。試そうとしている。あるいは伝えたいことがあるのだろう。
まるで童心に戻ったみたいに天女様を追い続ける。
ああ天女様もう一度だけでも!
そんなことを言えば気持ち悪がられるだろうな。人間性さえ疑われかねない。
「ホラしっかりしろ! 」
ナガレは私の狂いっぷりに困惑の表情を浮かべる。
短い間でも私を知り見て理解してくれる数少ない仲間。仲間であり敵でもある。
悲しいことにそれが現実。私が浮かれ腑抜けの方がそちらとしては助かるのでは?
ナガレも含めた島民の意志ではないのか?
つい天女様に惑わされてしまっている。いつの間にか骨抜きに。
どうしても直接会わないとこの体がどうにかなりそうだ。
そう今にも空を飛べそう。そんな非現実的なことを言えば当麻博士に叱責される。
ただ天女様がそのような存在であるのも確か。そもそもが伝説だ。
非現実的だと言うならそれは天女様の存在も財宝も夢物語だろう。
続く




