ナギサの出生の秘密
翌日。
朝になり動きがあった。
「おい! カトーの婆さんが呼んでるとさ。至急来るように」
銭湯カトーを切り盛りする奥さんが朝早く訪ねて来たと。
そう言えばナギサもいないがきっと日課の犬の散歩だろうな。
ちょっと心配だが島は慣れてるだろうしエレンもいる。
それにしても昨日は惜しかったな。もう少し強引に迫れば……
いや違う違う。もう少しでナギサが生まれ変わりかどうか判明したのに。
あと一歩のところで怖気づいたナギサ。情けないことに私も。
「おい聞いてるのか? 寝ぼけてるな! 」
サナギの愛の鞭が飛ぶ。
「でも今日は…… 」
「いいから行け! 団子屋はまた暇な時にでも手伝えばいいさ」
朝と言うこともあるのかサナギは優しい。何かあるのか?
カトーのお婆ちゃんとは関係が深いとか?
「でも俺まだ飯も…… 」
「お前が起きないからだろうが! 早く行ってやれっての! 」
「分かった。今すぐに行きます。それでお見舞いの品は? 」
「団子でいいだろうが。ほら早く持っていけ! 」
結局怒ってる時と大差ないサナギ。
普段もうっとうしいぐらい絡むので嫌だがこんな風に真面目なのも慣れない。
ドンドン
ドンドン
銭湯は午後からだから今の時間はまだゆっくりしてるようだ。
お婆さんから現在の店主の奥さんが引き継ぎ島唯一の銭湯は存続している。
後継者不足がこの島も無関係ではいられないようだがどうやらここは安泰らしい。
「いらっしゃい。奥の部屋へどうぞ」
まだ本調子ではないが話しておきたいことがあるとサナギに言伝。
「つまらないものですが」
奥さんに渡すが困惑する。どうしたんだろう? 団子は嫌い?
まあいいか。一応は礼儀は尽くした。これで文句言われることもない。
無礼だと言われて追い返されたくはないからな。
「よく来たね…… 」
寝床からどうにか上半身だけお起こしてもらい笑顔を見せるカトーのお婆さん。
息が切れて苦しそうだがどうやらこれでもまだマシな方らしい。
「お義母さん。お加減は? 」
「うむ。悪くはない。アメをもらえるかい? 」
話す準備は整ったようだ。
「それで急ぎの用と言うことですが」
決して見舞いに来たのではないので先を促す。私も随分冷たくなったな。
「うむ。こんな格好で失礼するよ。私がカトー屋の当主だ。
お前は聞くところによるとよそ者でどうも島の秘密を探ってると。
そしてナギサの母の行方を追っている愚か者」
最後の一言は余計だが会話は成立するな。
見た目よりもしっかりしてる。言葉もはっきりしてるし目も鋭い。
ただの風邪だと言うし単に体調を崩してるだけかもしれない。
「はい。島の秘密とナギサの母失踪には深い繋がりがあると考えてます」
素直に認める。そうしないと次に進んでくれそうにないから。
これ以上無駄な時間を割きたくない。
「だったらナギサの母について話してやろう。もちろん島の者はすべて知ってる。
サナギとナギサ以外の大人は知っている話だ。だが口止めしていた。
それが彼女のためだと思ったからな」
ついにナギサの真実を知る時が来た。
何だかあまり聞きたくない話だがここで耳を塞いでは何も成せはしない。
「あの…… それで」
ここで終わられても困る。それでは意味がない。
逸る気持ちを抑えるがどうしても急かしてしまう。
たぶん私はまだ心の準備が充分にできてないんだろうな。
ナギサの過去を知ると言うことはすべてを受け入れる覚悟がなければいけない。
だが本当にいいのか? よくしてくれた恩人の秘密を暴いて?
ここに来てどうも弱腰になっている。
「落ち着け愚か者! 覚悟はあるんだな? すべてを聞く覚悟はあるんだな? 」
何度も何度も繰り返し確認。どうやら相当な秘密があるのだろう。
これは待った甲斐があると言うもの。さあ聞くとしよう。もう恐れる必要もない。
ナギサの秘密に迫ればきっとミハマの真実に迫ることになる。
「はい! まだ迷いはありますがどうであれすべてを知っておく必要がある。
そのための覚悟ならあります」
堂々と言ってのける。ただの助手だった頃から考えると相当な変化があったな。
「よかろう。しかし二人には決して話すではないぞ! 」
念を押されては頷くしかない。しかし秘密を一人で抱え込めるものだろうか?
ナギサたちに言わなくてもふとした拍子に伝わることは充分考えられる。
するとこの話はやはり心の奥に封印しておくしかない。
少々不安だがまあどうにかなるさ。
「あれはナギサが生まれる一年以上前のことだった。
この島にそれは美しい娘が流れ着いた。
彼女は誰だとあっと言う間に島中はその噂で持ち切り。
その娘の世話を甲斐甲斐しくしたのがサナギだ。
サナギとその娘はいつぞや結婚を約束する仲となった。だがそこに一つ問題が。
一人流れ着いたものだから素性が知れないと忌み嫌われてしまう。
恐らくサナギに嫉妬した男たちのただの戯言。或いは美貌に嫉妬した者の恨みか。
しかし村長がそれを問題視して結婚は認めないとなった。
当時は今のように自由はないしあってもそれは島の者同士だけ。
身元の分からないその娘は一人除け者で肩身の狭い思いをしていた。
サナギも口では強く言ってもその実は怯えていた。
島から受け入れられなければ幸せにはなれないと考えたのだろう。
そこで二人が取る選択肢は二つ。
このままここで窮屈な思いをし暮らすか思い切って外でそれこそ駆け落ちするか。
相当悩んだのだと思う。しかし決め切れずにいたある日事件は起きた」
ここで話を切りお茶のおかわり。きっとミビ茶だろう。
どこかで聞いたような話。うーん。思い出せないぞ。
待てよ。これって前島でお世話になったツムギさんの駆け落ち話に似ているな。
だがそれは相手が違う。自称植物学者の男。
へえどこの島にも似たようなことがあるんだな。
失礼続けるよと元気なカトーのお婆ちゃん。
「ナギサの母が失踪した。どこを捜しても見当たらない。
やがて島狩りを行った。しかしそれでも見つからず強引に立ち入り検査まで。
最後の賭けだったがやはりどこにも。それから一年も経たないで今度は迷子が。
これはおかしいと村長は睨んだが年寄り連中は神からの贈り物と大喜び。
サナギはその娘を自分の子として育てた。これがナギサ降臨伝説。
と言っても面白おかしく脚色したのだろう。私も噂でしか。
サナギの子と言うことでナギサ。そしてナギサの母だからサーナかな?
要するに逆なのさ。娘から名前が。その娘にしたって父親から取った訳だ。
これは当然と言えば当然の話さ。だからってただ育ての親かと言えばそれも違う。
サナギとサーナは深く深く愛し合っていた。それはこっちが嫉妬するぐらいにね。
だからもしこのナギサがその母が置いて行った娘なら恐らく親子さ。
母との関係が親子なら父との関係も親子。生みの親であり育ての親でもある。
ただまったくの別人が置いて行った娘とも考えられる。
でーえねーとか言うので調べてみるのも手だろうさ。
少なくてもサナギとナギサが親子なら三人はどこにでもいる親子さ」
複雑なナギサの家庭の事情。ほぼ親子だが確定してない状況。
たとえ結果がどうでなろうと思い切ってDNA検査をすべきだろう。
しかし勧めることはできてもナギサはきっと断るんだろうな。
でも待てよ。その母のサーナはどこに姿を消し今どこにいるのか?
ナギサが知っているとしてなぜその存在を隠す必要がある?
てっきりナギサが幼い頃に何かがあって母親が姿を消したとばかり。
出て行った母を父のサナギに隠すためではないことになる。
するとなぜナギサはコソコソ会うような真似をする?
自分の母親を隠す意味などないはずだが。
続く




