団子屋の看板娘・ナギサ
逃げよう。第一島人は女の子のようだが。油断は禁物だ。
「エレン! どうしたの? 」
笑いながら向かって来る女の子。早朝の散歩だろうか。
ギャンと何度も喚くので隠れるのも無理。
元気で活発な恐らく雑種のエレン。
どうも名前から行くとオスではなくメスのよう。
気に入ってくれたのかうるさく吠えるが決して離れようとはしない。
これは威嚇ではなく喜び。歓迎しているらしい。本当かよ?
「どうも…… 」
「きゃああ! 」
そう言うと犬を置いて全速力で引き返していく女の子。
どうせここにエレンがいるからすぐに戻って来るんだろうな。
だからってあまりに危険で無責任な行為。
でもよく考えれば私はただの怪しい奴か。逃げるが勝ちな気もする。
とは言え起き上がってないんだから勝てるはずがない。
もしもの時はこのエレンが加勢するだろうし。
「ははは! お前のご主人様はとっても臆病だな。
猛スピードで逃げちまって。お前は置いて行かれたぞ」
からかうと犬は顔へと近づく。
こいつ食う気だな? いいさ。それが運命なら受け入れよう。
実際は凄く怖いけど立ち上がる気力もない。
涙が横に流れて何だか情けない。
ギャン!
そう言うと隣で寝る。自由過ぎる犬だ。
「おい俺はお前の飼い主じゃないぞ。大体お前はでかいんだよ! 」
つい大型犬に怯えてしまう。だがこいつは凄く大人しい上に情が深い。
「ごめんなさい。つい驚いて…… 」
そう言って戻って来た女の子は勢い余ってこける。
どうやらとろいらしい。その上おっちょこちょい。
「ははは…… 何やってるんだよお前? 」
つい無遠慮に。失礼だったかな。
女の子が起き上がろうとすると犬が突進。再び倒れる。
そして顔を舐める。うわ…… 凄いことになってるぞ。
どうやら遊びだと思ってるらしい。
「もう! エレンってば! 」
甘やかし気味の飼い主。これでは周りまで巻き込まれる。
よしここで浸っていても始まらない。そろそろ起きるとしますか。
「復活! 」
「大丈夫か? ほら手を掴めって! 」
あまりにも間抜けなので涙も引いた。第一島人に挨拶でもするか。
「済みません。あなたはどちら様ですか? 」
自己紹介は当然まだ。
「いいから早く立てって! 」
「どうも…… 」
緊張なのか見知らぬ男に警戒してかビクビクしている。
「俺はアキラ。ちょっと事情があってこの辺りを旅してる者だ」
正直に言う。まあ彼女はいい人そうだから大丈夫だろう。
「そうですか。よそ者さんですか。それは遠いところから」
何だかおかしことを言ってるぞ。しかしこの島もこの子も普通に見えるな。
「うん。君の言う通りよそ者さ。それで名前は? 」
「私はナギサ。この近くのお団子屋さんで歌ってます」
そんな風におかしなことを言う。年は十八だそう。
「へえ…… おっちょこちょいなのに歌を歌うのか? 」
「ちょっと違いますね。世界の詩をここの島の人に聞かせてるんです」
こだわりがあるようだ。別にそのことについてはどうでもいい。
問題は役に立つかだけ。では試しに聞いてみるか。
「お前の穴を見せてくれないか? どうしてもお前の穴が見たいんだ! 」
こうやって一生懸命に頼めばもしかしたら……
「ええ…… 今ここでですか? 見ず知らずのあなたに? 」
さすがに警戒してるようだ。そこまでバカでもおっちょこちょいでもないか。
「別に場所はどこでもいいんだ。人がいても俺はまったく構わない。
ただできるならこっそりと見せて欲しい」
急過ぎたか? だが穴を探すことが結局は天女の生まれ変わりに近づく唯一の手。
多少強引だとは思うがノロノロはしてられない。
後悔して諦めていたがもう一度ミハマ島の真実に挑戦したい。
それがミコトやトワナやマキナたちのためさ。
彼女たちを犠牲にしてここまで来たのだ。負ける訳にも諦める訳にもいかない。
「お尻の穴を見せるだなんて…… もうそんな年ではありません!
それともアキラさんは私を気に入ったんですか? 」
赤くなる初心なナギサだ。そうですかそうですかと繰り返す。
「それはもちろん見たい。でも本当はここのリーダーに会わせて欲しいんだ」
冗談のつもりなのになぜか赤くなって最後まで聞きやしない。
きっと尻の穴が見たいと言ったのが堪えてるんだろう。でもそれくらい流せよ。
本当にドジで間抜けで不器用な奴だ。でもそこがいいんだろうな。
「何だ…… そう言うことですか。だったら村長さんを紹介しましょう」
どうやらこの島は村長なる人物が支配してるらしい。
島長よりは位は低く大穴と似たような立場なのだろう。
「ついでに天女様の生まれ変わりにもぜひ会わせてくれないか」
「はあ…… 誰ですか? 」
「だから天女様! 神話に出て来るだろう? 」
「はいはい。ですが迷信や言い伝えについて聞かれても…… 」
反応が薄い。どうやらこの島にはいない? もちろん隠されてるんだろうが。
「まあいいや。その内でいいから。ついでに泊まるところも紹介してよ」
図々しくも頼み込む。果たしてどうか? 頼みごとは断れないはず。
「ハイ我が家へどうぞ」
考えることもなくあっさりと招待された。
だったら遠慮なくお邪魔しますか。
こうしてナギサの家に厄介になることに。
「こちらです。どうぞ」
丁寧で優しい。団子屋の看板娘だそうで人気があるのだとか。
自分でそう言ってるだけだがまあ分かる気もする。
うん…… 第三の島に来てまともな世界に戻ったような感覚。
それだけに天女探しが大変になるかもな。
「助かるよ」
「そうだ。アキラさんは何が好きですか? 」
当たり障りのない会話で眠くなるほど。でもどこか落ち着く感じ。
ナギサがそうなのかエレンがそうなのか心地よい。こんなことは初めて。
「お帰り。どうしたんだこいつは? 」
ナギサの父は健在。どうやら血の繋がりもありそう。
失礼なことだがミコトがそうだったように血の繋がらない親子もいる。
もしナギサがそうなら一気に天女の生まれ変わり候補に躍り出る。
厄介なのは自覚してない場合。これは私の力でどうにかするしかない。
「実は砂浜で倒れてたんです。飼ってもいいでしょう? 」
おいおいそれではまるで飼い主とペット。私はもらい猫でも拾い犬でもない。
野良と言う意味では確かに似たようなものだろうが。
だが野生の人間など隣の島にしか存在しないさ。
ただ私も男なので野生の女豹かバニーガールに会ってみたい気もする。
できるならちょっと年上の先輩だといいな。
まずい…… これではまんま博士じゃないか。いけない。邪心は払わないと。
そんな風に考えてると父親らしき男に睨まれる。
「お前何者だ? この島を破壊する疫病神か何かだろう? 退治してやる! 」
まるで子供。ナギサの父親らしいが軽いと言うかうっとうしい。
絡んで来ようとする。こう言のが一番危険なんだよな。
「あの…… 済みません。ここは普通ですよね? 」
「はあ? 何を言ってやがる? いつだってハラハラドキドキの毎日さ。
それが飽きないコツだろうが! 」
どうでもいいことを言ってまともに相手するつもりはない様子。
これはとんでもなく危険で面倒臭いぞ。嫌な予感しかない。
まさかあらかじめ用意されたミハマの刺客なのか?
「それで奥さんは? 」
つい軽い気持ちで聞いたがどうも空気がよくない。急に息苦しい感じ。
ナギサの母親に何かあるのか? ここまで聞くともう後には引けない。
怖そうなおっさんだが刺客だとしてもどうにかなるだろう。
「それは聞いてはいけない。タブーって奴だ」
男はタバコを吸って一息ついてから格好をつける。
それにしてもここは至って普通の家。
日本の一般的な家庭だ。今までが今までだけにそのギャップは計り知れない。
「実はお母さん家を出てるんです」
うわ…… 面倒な展開だ。
父一人娘一人で団子屋をやっているってか。
ならば試しに一本。
続く




