351.欲望の誘導剤
アイリスは病院のベッドで目を覚ました。
起き上がった瞬間、首の後ろのデバイスが激しく痛んだ。
「クソッ! ⋯」
怒りに顔を歪ませながら、ベッドへ拳を何度も叩きつけるアイリス。
自らの不手際とはいえ、攻撃を受け、倒れたことを思い出し、怒りで全身を震わせていた。
「アイツ⋯ぜったいに許さない!」
意識が途切れる直前、アイリスはバレルの顔を見ていた。
アイリスはベッド脇の机の上に、私物のバッグが置かれているのに気づく。
バッグの中に手を突っ込み、小型のデバイスを引っ張り出した。
それはデバイスの手術前にアイリスが愛用していた、ロボットの遠隔操作デバイスだった。
ヘルメットを被った瞬間、目元にバイザーが降りてきて視界の映像が一変した。
視界の先は事務所の中となり、視点は低い電子音を立てながらゆっくりと立ち上がると、向かいにある鏡を見た。
鏡に映し出されていたのは、アイリスが愛用している身長1メートルほどの小型ロボットの姿だった。
アイリスはヘッドギアを使い、久々にロボットを操作していた。
⋯
一方、アヴァロン2では、リベラたちと次に解決すべき問題について話し合っていた。
議題は、バレルが率いている素行の悪い者たちの処置についてだった。
バレル自身も記憶を取り戻して以降、実はこの問題に頭を悩ませていた。
彼が集めた部下たちは非常に扱いが難しかった。
すぐに喧嘩を始める者、他人の物を盗む者、嘘を平気でつく者など、コントロール不能な輩が多すぎて手に余っていたのだ。
そのため、ミュリアたちを拘束する際に動員した精鋭部隊の5人しか、まともに信用していなかった。
『では、とりあえず素行の悪い人たちには、アヴァロン2を出ていってもらうのはどうでしょう?』
リベラがそう提案した。
「どうやって?」
ミュリアが尋ねる。
『例えばお宝を、自分たちのアジトに持ち帰らせるというのはどうでしょう?』
「そんなことができるのか?」
バレルが問いかけると、リベラは即座に答えた。
『はい。このアヴァロン2にはレアメタルを保管しています』
リベラはアヴァロン2の地図上にある一点を示した。
カメラ映像が該当の倉庫へと切り替わると、そこには1メートル程の箱が積まれていた。
カメラの焦点を箱に合わせると、詳細な内容物が画面に表示された。
『どうでしょう? 使えそうですか?』
リベラとミュリアが視線を向けると、バレルは思わず破顔した。
「これは⋯使えそうだ!」
⋯
バレルはすぐさま、配下の宙賊たちに向けて緊急放送を流した。
『手すきの者はここへやってこい。レアメタルが保管されている倉庫を見つけた。これをアジトまで先に持って帰ってくれる者を募集する。早い者勝ちだぞ!』
その放送を聞いた男たちは、色めき立ち指定された倉庫へ駆け出した。
倉庫に到着すると、欲望に目を眩ませた宙賊どもによる長蛇の列が既に出来上がっていた。
バレルの指示を受け、ミュートが整列した宙賊たちへ順に箱を手渡していく。
箱を受け取った男たちは、その場ですぐさま蓋を開けて中身を確認した。
本来、自分の所有物でもない荷物の中身を勝手に開けて確かめる行為は許可されていない。
しかし男たちは箱の中身を確認するとニヤリと下品に笑い、その重い箱を抱えてそれぞれの宇宙船へと運んでいった。
⋯
次々と出発していく宇宙船を見送りながら、ミュートは懸念を口にした。
「あの人たちは、本当にアジトへ運んでくれるのでしょうか?」
「おそらく、運ばない者も出てくるだろうな⋯」
バレルはミュートの問いかけに、隠すことなく正直に答えた。
「では、なぜ⋯」
と言いかけ、後続の言葉に詰まるミュート。
「『信用の置けない者たちにレアメタルを任せたのか?』か?」
バレルが代わりに問いを補うと、ミュートは深々と頷いた。
「リベラにとって、あの程度の量の資源は大したことではないのだろう」
バレルは、静かにそう答えるのだった。




