346.影の演出家
バレルは悩んでいた。
記憶喪失の中で唯一忘れていなかった記憶。
『ミュートを停止させろ』
そもそもこの指示は誰からのものなのか?
何のために停止させなければいけないのか?
2年が過ぎた今も、まったく思い出せずにいた。
⋯
最近のバトラーの関心は、宇宙艦隊を壊滅させ、司令官の座から自分を引きずり下ろしたリベラというアンドロイドを苦しめることに執着していた。
バレルはその執念をあおり、支援するような計画を次々と提案した。
まずは、どこからか『人工ブラックホール』を入手してきた。
本来であればコレは新たな航路を切り拓くため、障害物を圧縮・消滅させる掃除機として利用されるものである。
バレルはコレを、リベラたちがセレノグラフィアで新造した豪華客船の航路上で起動させるという作戦をバトラーに提示した。
この提案をバトラーはいたく気に入った。
この作戦は、汚名返上を求めるレイナードが自ら指揮を申し出た。
レイナードがバトラーの側から離れ、作戦行動に駆り出される事は、バレルにとって願ってもない。
バレルもレイナードの行動を支持した。
結果、レイナードは作戦を成功させ、豪華客船が消滅したことを確認して帰路についた。
⋯
次にバレルは、2つの重要な情報を入手した。
1つは、セレノグラフィアの病院にリベラの関係者が入院している事。
もう1つは、アヴァロン商事の商人がエイドスからセレノグラフィアに向かっている事だった。
バレルは、この2人を誘拐するというものだった。
バトラーは最初、民間人を巻き込む提案に不快感を見せていた。
しかし、目的が『身代金だけ』であると知ると両方の作戦に許可を出した。
もちろん身代金だけというのは、バレルがついたウソだったが。
⋯
バトラーは50隻もの船を引き連れ、商人を捕らえるべく出撃していった。
そちらの支援をレイナードが申し出たため、バレルは病院での誘拐作戦の支援を買って出た。
バトラーたちが飛び立った後、バレルはウィンとミュートを呼び寄せた。
バレルはウィンに誘拐の補佐を命じ、荒くれ者たちと共にセレノグラフィアへ向かわせた。
その結果、セレノグラフィアでの誘拐作戦は何者かに妨害される形で失敗し、荒くれ者たちは政府に拘束された。
そして、同行していたウィンは行方不明となった。
これにはバレルも自らの失敗をどう説明するか頭を悩ませた。
⋯
数日後、バトラーが単身小型宇宙船で拠点へと戻ってきた。
バトラーは恐怖に体を震わせながら、一体何が起きたのかを語った。
50対1という絶対に負けるはずのない状況であったが、その商人は『特攻船』と『資源運搬船』を巧みに駆使し、戦況を完全に覆したのだという。
最後はバトラーの乗る大型軍用艦だけが残り、仕方なく、主砲で商人の船を狙おうとした瞬間、突如として自艦の全動力が途絶し、沈黙したのだという。
その後、乗組員たちは救命ポッドで脱出したため、その回収をバトラーはバレルに命じた。
⋯
バレルは腹の中で笑いが止まらなかった。
自らの失敗は50隻もの船を失ったバトラーに比べると大したことはない。
それに、目障りだったレイナードとその配下の元軍人たちは、救命ポッドで今も宇宙を彷徨っているという。
急いで駆けつければ救出は可能だったかもしれないが、バレルはバトラーの指示に従っているフリだけをし、救助の手を差し伸べなかった。
さらに、今、ウィンまでもが行方不明になっている。
これで邪魔者はほぼ一掃され、バトラーの配下にはバレルが引き入れた荒くれ者たちだけが残る状況となった。
⋯
悔しさに歯噛みするバトラーに対し、バレルは次なる作戦を提示した。
「エイドスで近々、軌道エレベーターの完成式典があるそうです。そこでアヴァロン商事の社長を拉致してはどうでしょう?」
次こそは確実に成功させると、バレルは力強く保証してみせた。




