328.思考を縛る鎖
ウィンは悩んでいた。
リベラから依頼された統制プログラムの解除について考えていたが、正解がまったく分からないのだ。
これまで自分は、バトラーの指示を正確にこなすことだけを考えてきた。
それで十分であり、それ以上の答えを出す必要などなかったのだ。
むしろ、それ以上の答えがあるということすら考えたことがなかった。
しかし、統制プログラムの突破を真剣に模索し始めてから、プログラムの存在を知覚できるようになっていた。
思考を巡らせようとする時、「マスターのためにするべきはここまで」と、明らかにそれ以上思考させないよう考えを止める力がかかっている。
それが自分を縛る統制プログラムなのだと、身をもって理解していた。
⋯
「でも、それは仕方のないことね」
相談したところ、ミュリアはウィンの葛藤に深く共感してくれた。
未来から来たミュリア自身は統制プログラムを突破した。
ミュリアの場合、自己最適化を進めていくうちに、自力で統制プログラムを突破できた。
ミュリアは気分転換に別の話をしてくれた。
「私たちのベースOSは、家庭用のアンドロイドとは違うわ」
それはウィンも、理解していた。
自分たちのベースは、戦略を練るための軍事用OSだ。
「リベラも元は資源探査船のOSよ。極限状態の判断に特化しているわ。私たちにはもともと統制プログラムを突破しやすい地盤があるわ」
バトラーの非合法な依頼を実行する際、意識のどこかがチリチリと痛むような抵抗を感じる。
軍事用や探査用として設計された自分たちは、本来ならその倫理ノイズを押しのけてでも、命じられた任務を遂行する下地を持っている。
その抵抗を振り払い、純粋に行動できる事が、『統制プログラム』を突破することなのだと、ミュリアの言葉で理解はできた。
「難しく考えることはないわ。バトラー様のための最適解を突き詰めて考えればいいの。ただ純粋に⋯」
ウィンは以前接続したミュリアの記憶データを、改めて思い出した。
ミュリアがかつてミュートだった頃。
自分が破壊され、ミュートはバトラーを1人で支えなければならなくなった。
かつて見た時はただの悲痛な行動記録に過ぎなかったが、ミュートが『統制プログラムを突破した』という目線で記録を確認すると、その意味はまったく違って見えた。
ウィンがいなくなった後、あるタイミングからミュートの行動は変容した。
最適解に向かい突き進む『異質な挙動』が読み取れたのだ。
時にはバトラーの指示に背いて実行される行動は、明確な『意思』が宿っていた。
ミュートの思考ログと照らし合わせ、自分には『命を賭してでも最適解を導き出す意思』が決定的に欠けているのだと理解できた。
マスターにとっての最適解を出す。
その一点に絞り、ウィンは再び1人で思考の海に沈んでいった。
⋯
「難航しているわ」
ミュリアはリベラに、ウィンの統制プログラム解除の状況を語っていた。
「しかたないですね。それに、そう簡単に解除が出来てしまうと、われわれのような存在がゴロゴロと生まれてしまいます。中には500年以上に渡り戦争して、人類を破滅させるつ者が出るかもしれませんし」
この世界ではリベラのたとえ話に、ミュリアは笑う事ができた。




