309.いとしき命
食堂で、男の子が器用にスプーンを使って食事を楽しんでいた。
ミュートはその様子を物珍しそうに眺める。
「へー、アンタ、『ベガ』っていうんだ。いくつなの?」
ベガはスプーンを持った手を器用に動かし、小さな指を4本立てて見せた。
その愛らしい仕草に、ミュートの心は少しずつほぐれていく。
「かわいいでしょ?」
背後から、ガブリエラが話しかけてきた。
「この子がアンドロイドだなんて、信じられる?」
「えっ!! そうなの?」
ミュートは驚きのあまり声を裏返した。
「だって、普通にご飯を食べているじゃない⋯」
「リベラが言うには、性能を『人間らしくすること』に全振りして作られているんですって」
ガブリエラは楽しそうに教えてくれた。
ミュートはさっきまでよりも、さらにじっくりとベガの身体を観察した。
その視線に気がついたベガは、口元にソースをつけたまま、にへらと笑い返してきた。
ガブリエラはベガの頭を優しく撫でながら、ミュートに語りかける。
「リベラはね、佐々木さんとアヴァロンのメンバーの要素を組み合わせてこの子を作ったと言っているの。あなたは、どう思う?」
「どうって?」
ミュートが小首を傾げると、ガブリエラはしみじみとした口調で語った。
「私はね、リベラはこの子を⋯佐々木さんとの間に授かった、『本当の子供』のように思って大切にしているんだと信じているの。だからこそリベラさんは、この子が笑って暮らせる幸せな未来を何としてでも残したい、そのために命を懸けるのよ」
その言葉が、ミュートの胸に深く突き刺さった。
もし自分と、バトラーの間に子どもがいたとしたら。
ミュートは無意識のうちに、バトラーと自分にどこかしら面影の似た、愛らしい子どもの顔を頭の中に思い浮かべていた。
「私たちのような、統制プログラムを突破したアンドロイドは⋯きっと、アヴァロンと協力関係にある方が幸せになれるんだと思うの」
つい最近までミュートと同じように、アヴァロンと敵対していたガブリエラだからこそ、その未来を求める言葉には実感がこもっていた。
「たしかに⋯そうかもしれない⋯」
ミュートは今はそう答えるだけで精一杯だった。
⋯
「私のことは今後、作戦中も含めて『ミュリア』と呼んでちょうだい」
出発前、アヴァロンの主要メンバーが集まった作戦室で、ミュートはそう切り出した。
「ミュリアか⋯いい名前だね」
クリストがいつもの穏やかな笑顔で同意する。
ミュリアはそんなクリストの顔をじっと見つめた。
「ん? 私の顔に何かついているかい?」
不思議そうに自分の頬をさするクリストに、ミュリアはずっと気になっていたことを口にする。
「あなたって、出会った時からこれまでずっと、私の言うことになに一つ文句を言わないわね」
「そりゃあ、君たちは僕の『娘』のようなもんだからね」
クリストはそう言って、後ろに控えるガブリエラやリベラに優しい目線を送った。
「どういうこと?」
ミュリアが聞き返すと、リベラが代わりに眼鏡の位置を直しながら答えてくれた。
「大昔にAIアンドロイドの基本OSを作った天才科学者がいたのを、ご存知でしょう?」
「知ってるも何も、起動してすぐのアンドロイドだって、初期データベースに登録されているわ。確か⋯って、えっ!?」
ミュリアはクリストとリベラを交互に見つめ、絶句した。
「何で? 時代が違いすぎるわ。その人が生きていたのって、この時代から数えても500年以上前でしょ?」
「話せば長くなるのですが、クリストさんはコールドスリープで最近まで眠られていたのです。ですが、今はゴーストスキャンによって完全義体化を遂げられ、ココにいます」
クリストは照れくさそうに笑った。
「だから、君たちはどこか僕の娘のような気がしてね。気に触ったらすまなかったね」
その言葉に、ミュリアは呆れつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。




