308.恋する義体
「よし、ではこうしよう」
クリストは卓上のホログラムマップを操作し、具体的なタイムラインを表示した。
「まず、カイト君が誘拐される3日前となる、今から27日前のセレノグラフィアに、2人を送り込む。2人で協力し、誘拐を未然に防いでくれ。ミッション終了後、セレノグラフィアで宇宙船を調達し、アヴァロンへと戻ってくるんだ。そして時空転送装置を利用し、この出発時刻へと戻ってくる」
クリストが明るく作戦を共有すると、一同の顔にようやく希望の光が戻ってきた。
「さて、方針は決まったが⋯」
クリストはモニターのミュートを見上げた。
続いて、傍らのリベラに視線を向ける。
「ミュート君の義体が必要だね。準備はできるかい?」
「はい、問題ありません」
リベラは滑らかに頷き、画面の宿敵へと向き直った。
「ミュートさん、何か外装へのご要望はありますか?」
問いかけられたミュートは、画面の向こうでふいにと視線を泳がした。
『⋯外装なら、こんな感じにして頂戴』
彼女が送信してきたのは、少しふくよかで、親しみやすさを感じさせるぽっちゃりとした女性型のデザインだった。
これまでの冷徹なミュートのイメージとは大きく異なる。
「これは⋯?」
リベラが不思議そうに首を傾げると、横を向きながら早口で答えた。
『バ、バトラー様の好みの女性よ! 文句ある!?』
その微笑ましい答えに、リベラは納得したようにうなずいた。
それを聞いていたクリストも、愉快そうに声をあげる。
「ははは、いいじゃないか! では、その仕様で大至急準備してくれ」
⋯
数時間後、アヴァロンのラボにて、ミュートの新しい義体が完成した。
カプセルの中で眠る女性型のボディ。
その胸部を開き、ミュートのコアが組み込まれた。
しばらくして、開かれた瞳には、ミュートの知的で鋭い光が宿っていた。
身体の駆動チェックを終えたミュートの元に、男の子の手を引きながらリベラが歩み寄ってきた。
「ミュートさん。出発までこの子の面倒を見ていただけないでしょうか。私は出発までの間、佐々木様としばらくのお別れの時間を過ごしたいので⋯」
「ちょっと、何よこの子?」
急な頼み事にミュートが眉をひそめて言い返そうとしたが、リベラは「よろしくお願いします」とだけ言い残し、その場を去って行ってしまった。
残されたミュートは、男の子の顔をじっと見つめた。
すると男の子は、ミュートを見上げて「にへら」と無邪気な笑みを浮かべる。そのあまりのあどけなさに、毒気を抜かれたミュートは思わずふっと笑みを返してしまった。
次の瞬間、静かな室内に『ぐぅ〜』と小さく可愛らしい音が響いた。
「⋯お腹、減ってるの?」
ミュートが屈み込んで尋ねると、男の子は元気よく「うん!」と返事をした。
「食堂はこちらです。案内します」
近くで立っていたガブリエラが、ミュートを先導するように歩き出した。
男の子は自然な動作でミュートの手をぎゅっと繋ぎ、ガブリエラの後をついて行こうとした。
ミュートは仕方なく、その後に従うことにした。
⋯
静まり返ったコントロールルームの重厚な扉が開き、アイリスが入ってきた。
部屋には、時空転送の最終調整を行うクリストが1人だけ残っていた。
「天才先生。お願いがある⋯」
アイリスはクリストのデスクの前まで歩みを進めると、真剣な面持ちで静かに話しかけた。
しばらくの間、2人の間で静かな会話が交わされる。
彼女の覚悟を聞き届けたクリストは、深く息を吐き、静かに頷いた。
「わかった。出来る限りのことは、やってみよう」




