307.2人の選択
今回は少し難しいかもしれません⋯かなり悩みました。
カイトの誘拐阻止という具体的な方針が決まったところで、クリストが一同を見渡して本題を切り出した。
「では、過去へ誰が行くか、という話をはじめよう⋯」
『私に行かせて!』
クリストの言葉が終わるか終わらないかのうちに、真っ先に声を上げたのはモニターの向こうにいるアイリスだった。
その瞳には、弟を何としても救いたいという強い決意が宿っている。
しかし、クリストはすぐに賛同せず、顎に手を当てて深く思案にふけってしまった。
その様子を見たリベラが、怪訝そうに声をかける。
「クリストさん、何か気になることでもあるのですか?」
「うーん。今回は『過去からどうやって戻るか』が問題んだ。リスクがある以上、生身のアイリス君は、今回は辞めたほうがいい」
『どういうこと?』
モニターの中のミュートが、眉をひそめて質問を投げかける。
クリストは卓上に時間軸のホログラムを投影し、この時間跳躍に潜む冷徹な法則を示した。
過去へ戻り、そこから私たちが今いるこの『出発時刻』に到達するまでの間が、今回の作戦における猶予期間となる。
この期間内であれば、過去の自分と未来から来た自分の「同じ人間が2人」存在していても、一時的な重複として世界に許容されるため問題はない。
しかし、ミッションに手間取り、『出発時刻』を過ぎてしまった場合、過去に戻った者は、『別人』として世界に固定されてしまう。
そうなると、『出発時刻』以降から『出発時刻』に戻ったとしても『3人目の自分』が『出発時刻』に現れるという問題を引き起こすのだ。
「でも⋯!」
アイリスは食い下がろうと身を乗り出したが、リベラがそれを引き留めた。
「アイリスさん。あなたのカイトさんを想う心配はごもっともです。でも、もし『出発時刻』までにアヴァロンへ戻ってこれなかった場合、あなたは別人として生きていくことになります。⋯あなたは、カイトさんのお姉さんを辞める覚悟はありますか?」
アイリスはビクリと身体を震わせ、言葉を失った。
最愛の弟の「姉」でなくなるかもしれないという恐怖に、彼女はただ拳を握りしめ、下を向くことしかできなかった。
重苦しい沈黙が流れる中、予期せぬ人物が声を上げた。
『私に行かせてくれ』
提案したのは、モニターの向こうのミュートだった。
彼女は自嘲気味に笑う。
『500年以上も生きた私だ、この先、別人になろうが、今更どうということはない。そもそも、この時代にいる『ミュート』の人生を邪魔する気もないし』
クリストは少し目を見張ったが、確かに適任ではあると頷いた。
「だが、君1人でこのミッションをクリアするのは難しいだろう」
クリストが頭を悩ませていると、その横から涼やかな声が響いた。
「では、私が行きましょう」
声を上げたのは、リベラだった。
⋯
「いや、流石にリベラさんがいなくなると困るでしょう!」
驚いたガブリエラが、慌てて声を大にして制止する。
しかし、リベラは眼鏡の位置を直しながら、至って冷静に自説を主張した。
「いなくなるわけではありません。先ほどの説明通りであれば、期限を過ぎて戻れなくなったとしても、過去の時代に私が『2人』になる可能性があるだけですよね? 仮に2人になったとしても、佐々木様を2人体制で手厚く守るだけです。そこに大きな問題はないでしょう」
そのあまりにも合理的で、かつブレない忠誠心に、一同は呆気に取られた。
「むしろ行かないほうが、佐々木様を争いで失うことになるのですから、私がそれを阻止するのは当たり前です。」
クリストも思わず破顔し、楽しそうに顎をさする。
「たしかに。目的が同じ優秀なアンドロイドが増えるというのは、大きなメリットかもしれないな」
ここに、500年間もの間、互いの命を削り合って戦い続けてきた2人が、今度は未来を救うために手を取り合い、協力するという奇跡的な状況が生まれたのだ。




