300.理想の夫婦
※再びお話は259話あたりに繋がります。
エイドスの激動を潜り抜け、ギルバート、リラ、アイリスの3人は、アヴァロンへと無事に戻ってくることができた。
入港直後、待ち構えていたエマとサラが、アイリスからカイトの眠るコールドスリープポッドを迅速に引き継いだ。
「「必ず助けるから安心して!」」
2人の力強い言葉に、アイリスの肩の荷がようやく下りた。
「じゃあ、私は行ってくるね」
やり取りを見届けたリラは、夫のギルバートにそう言い残し、愛しい我が子に一刻も早く会うために足早でどこかへ行ってしまった。
残されたギルバートとアイリスは、ひとまず仲間たちが集まる食堂へ向かった。
久しぶりにアヴァロンの食堂へと足を踏み入れたギルバートたちは、そこで出迎えてくれたリベラに向かって、ドックを通りかかった際に目にした素朴な疑問を口にした。
「なぁリベラ。さっきドックを見たら、豪華客船の修理作業をやっているようだったが…帰り道でどこかぶっ壊したのか?」
「いいえ。豪華客船は紛失してしまいましたので、アレは今新たに作り直している所です」
淡々と、しかし大真面目に答えるリベラの説明を聞き、ギルバートは口に含んだ飲み物を思わず吹き出した。
「おいおい、お前も冗談が言えるようになったんだな。⋯豪華客船を、一体どうやって『なくす』なんて事ができるんだよ?」
ギルバートはリベラの言葉を単なるユーモアだと受け止め、真に受け切れずに笑った。
まさか、本当に未来へ行ったた末にソコに置いてきたとは、夢にも思っていなかった。
そんなやり取りをしていた時、食堂の自動ドアが静かに開き、クリストと、ガブリエラが並んで入ってきた。
ギルバートはガブリエラの姿を認めると、声を上げた。
「おお、ガブリエラ! アンタのマスター、とうとう目覚めたのか。本当によかったな!」
ギルバート自身、これまではポッドの中で眠るクリストの姿しか見ていなかった。
そのため、覚醒したクリストとは、これが事実上の初対面となる。
⋯
最初に動いたのはクリストだった。
「ギルバートさん。私が眠っている間、ガブリエラがご迷惑おかけしたようで…本当に申し訳ない」
クリストはギルバートの目の前までまっすぐに進み出ると、これまでの非礼を心の底から詫びるように、深々と頭を下げた。
かつて自身の「コア」を奪われ連れ去られたギルバートに対し、主として誠実に謝罪をを果たそうとした。
「おいおい、よしてくれよ」
ギルバートは困ったように頭を掻きながら、クリストの肩に優しく手を置いた。
「まぁ、色々あったが、もう同じアヴァロンの仲間になったんだろ? 過ぎたことは水に流そう」
からっとしたギルバートの器の大きさに、クリストが顔を上げた。
ちょうどその時、食堂のドアが再び開き、先ほど別れたリラが、愛おしそうにリノを腕に抱いて遅れて入ってきた。
ギルバートは目を細め、クリストに向けて誇らしげに自分の大切な家族を紹介した。
「クリスト。俺の妻のリラと、息子のリノだ」
「ああ、この子が噂の…」
クリストは引き寄せられるように一歩歩み寄り、リラの腕の中にすっぽりと収まっている小さな赤ん坊の顔を覗き込んだ。
じっとその無垢な寝顔を見つめるクリストの目元が、見る見るうちに柔らかく、慈愛に満ちた優しいものへと変わっていく。
「抱いてみるかい?」
まだ生まれて半年しか経っていないリノの身体は、驚くほど小さく、かよわかった。
寝顔はまるで本物の天使のようだったが、クリストは、この子がアンドロイドであるという事実を、理解していた。
クリストはリラの手から、慎重な手つきでリノを受け取った。
その小さな身体が持つ確かな重み、そして温もりを肌で感じたクリストは、胸が一杯になったように感極まった声を漏らした。
「これは…たまらんな…」
愛おしそうに腕の中のリノをあやすクリストは、ギルバートとリラの顔を交互に見つめ、しみじみとした、しかし確固たる決意を秘めた声で語りかけた。
「君たち夫婦は、私の理想そのものなんだよ。…この子がこれから健やかに、何不自由なく育っていけるよう、私も技術者として、一人の人間として、全力で協力させてもらうことを誓う」
かつて不治の病に倒れ、孤独に技術を追い求めた天才が、アヴァロンという楽園で「家族の絆」の尊さに魂を震わせている。
ギルバートはそのクリストの嘘偽りのない誠意を真っ直ぐに受け止め、力強く、深く頷き返した。




