297.管理者権限の発動
もう時間がない!
そう直感したアイリスは、すぐに強硬手段に出た。
男がいる部屋の中でけたたましいサイレンが鳴り響いた。
それと同時に天井のパトランプが激しく回りだし、あたりが不気味な赤色に明滅しはじめた。
『緊急措置としてこのエリアのパージをはじめます。この部屋に残っている方は至急、壁際の脱出ポッドに入ってください。繰り返します⋯』
無機質な警告放送を聞き、部屋にいた宙賊の男たちは完全に狼狽した。
その間もパトランプは回り続け、天井からはこの部屋を他のエリアと接続していたと思しき連結器のような巨大なパーツが、凄まじい音を立てて落ちてきていた。
空気がどこかへ漏れているような音も少しずつ大きくなってきていた。
「アイリスさん、何を!?」
エドワードたちのいる倉庫で、副社長のミネルヴァが驚きの声を上げた。
アイリスはキーボードを叩きながら、淡々と答えた。
「カイトのいるエリアをアヴァロン2からパージする」
「そんな事をしたら、カイトさんのポッドが宇宙を漂うことになりますよ!」
ミネルヴァは鋭く声を上げた。
しかし、ミネルヴァの本心はそれだけではなかった。
ココまで苦労して作り上げたアヴァロン2が、むざむざ切り離されて破壊されるかもしれない状況を、何よりも嫌がっていたのだ。
「私は!」
アイリスは、これまで以上に大きな声を上げた。
その瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「カイトがいないと⋯生きていけないよ⋯!」
両親も先に亡くなり、自分にとって唯一の肉親である弟が、目の前で殺されるかもしれない。
その悲痛な思いが、アイリスの口から叫びとなって溢れ出ていた。
アイリスのその姿を見て、両親を事故で亡くし、天涯孤独の身であるエドワードは、その強い思いを痛いほど理解できた。
「ミネルヴァ。責任はオレがとる! アイリスの好きにさせろ!」
エドワードの強い言葉に、ミネルヴァは息を呑んで彼の顔を見た。
そこには、ミネルヴァが命をかけて守らなければいけないと思っていた、これまでの気弱なエドワードはいなかった。
多くの人々を率いる先導者となるべき、高貴な血筋が完全に開花していた。
ミネルヴァはそれを見て、冷静さを取り戻した。
「わかりました」
そう言って、静かにエドワードの後ろに控えた。
アヴァロン2の構造は、ブロックごとにパージ可能な仕組みになっている。
しかし、あまり多くの場所をパージするとバラバラになる可能性があった。
アイリスはその事も知りつつ、管理者権限を強制的に使った。
眼前のモニターには、カイトのいる倉庫のパージ完了までの時間が『30、29,28』とカウントダウン表示されていた。
カイトのいる部屋の男たちも、この頃には何が起こっているのかを完全に理解していた。
リーダー各の男もカイトのポッドへの攻撃どころではなくなり、急いで壁際の脱出ポッドへと走った。
⋯
しかし、用意されていた脱出ポッドは全員分には足りなかった。
「おい!俺と代われ! どけ!」
あぶれた男が、すでにポッドに入った格下の男に向かって大声で怒鳴っていた。
風切音がひときわ大きくなった瞬間、その男の体がふわりと浮き上がり、ものすごい勢いで後ろへと吹き飛んだ。
気圧の差による突風が吹き荒れる中、男はそのまま壁に空いた穴に背中から激しくぶつかった。
みずから『肉の壁』となって穴を塞いだ形になり、一瞬だけ空気漏れの音が止まったかに思えた。
しかし、次の瞬間。
男が当たった壁が、パージプログラムによって四方に分解されてしまった。
男は声にならない悲鳴とともに、一瞬で真っ暗な宇宙空間へと吸い出され、点となって消えていった。
アレではもう、絶対に助からないだろう。
ポッドの中に滑り込めた男たちは、宇宙へ消えたのが自分ではなかったことに、激しい恐怖とともにただ安堵の息を漏らすしかなかった。




