290.カーゴからの離脱
エドワードが驚きを隠せない様子で声を上げた。
「特攻船ですか?この 短時間でそんな事ができるなんて、アイリスさんはすごいですね!」
エドワードに褒められ、気を良くしたアイリスは胸を張り、さらに鼻をフンスとならした。
ミネルヴァも、アイリスの有能さを改めて深く理解した。
しかし、それ以上感心している暇はなかった。
いつまでもこのカーゴに留まっていれば、また次の刺客がやってくる可能性がある。
ミネルヴァは2人に次の提案を持ちかけた。
「アイリスさん、この場から脱出する事は出来そうですか?」
「⋯近くに、資源運搬船がいる。これならすぐ呼べる」
アイリスの頼もしい言葉を聞き、ミネルヴァが即座に決断を下した。
「では、その資源運搬船を使い、とりあえずアヴァロン2へと向かいましょう」
ミネルヴァは、カーゴの備蓄から、取材班の分を含めた宇宙服を人数分、手際よく用意した。
全員が宇宙服に着替えている間に、アイリスは資源運搬船を操作し、カーゴのすぐ近くまで呼び寄せた。
宇宙服に身を包んだカメラクルーが、ミネルヴァに申し出た。
「ミネルヴァさん、この脱出の様子も撮影させてください!」
ミネルヴァは一瞬考えて、すぐに答えを出した。
「撮影自体は許可します。ただし、敵勢力が映像を見ている可能性があります。われわれの行動が先回りされる可能性があるので、リアルタイム放映は絶対に禁止してください。後日、問題解決後に放送することを約束してください」
カメラクルーとテレビ局側は、スクープの継続と安全面のはざまで首を縦に振り、ミネルヴァの条件を全面的に了承した。
レンズの赤い録画ランプが灯る中、資源運搬船への命がけの移動作戦が始まった。
⋯
カーゴの窓の外が、急に暗くなった。
ギリギリの場所に、アヴァロンの資源運搬船が到着したのを確認し、皆で移動を開始した。
エアロックのサイズの問題で、3人ずつ中に入る事にした。
最初の組は、アイリスとカメラクルーたちの3人だ。
背後の内側ハッチが閉まり、船内の空気音が遮断されて途切れる。
「気密確認」の表示が緑色に変わるまで、しばらく時間がかかる。
ここからは会話は無線越しだけになり、自分の呼吸音が必要以上に大きく響き始めた。
『ねぇ、アナタってエドワード様の彼女?』
沈黙に耐えかねたのか、アイリスの後ろから女性アナウンサーが無線で聞いてきた。
『⋯なんで?』
アイリスが怪訝そうに答える。
『だって、さっき裸で思いきり抱き合ってたじゃない』
『抱き合ってない』
アイリスはそっけなく答えた。
『ねぇ、どうやったらエドワード様のハーレムに入れるの?』
『入ってない。私は佐々木のハーレムメンバー』
『えっ! それって誰!?』
そんな雑談をしている間に、宇宙服の内側で空気が膨らむ感覚があり、手袋や関節の動きが少し重くなっていく。
圧力計のインジケーターがゆっくりとゼロへ近づき、やがて警告灯が消え、パネルに「真空」と表示された。
ロックが解除される重い機械音が響く。
ハッチが開くと、そこには漆黒の宇宙が広がり、目と鼻の先に目的の資源運搬船が見えた。
まずはハッチを締め、残りの2人が外に出られるように、アイリスたちは一旦エアロックの外へと移動した。
『腰のカラビナをこうやって⋯』
アイリスが固定方法を説明している途中で、カメラマンの体が不意に浮かび上がってしまい、宇宙空間でジタバタと手足を動かしだした。
無線越しに聞こえる男の悲鳴を鼓膜に受けながら、アイリスは小さくため息を付き、手元のアンカーを打ち出した。
アンカーがカメラマンの背中にピタッとくっついたのを確認し、アイリスはワイヤーを巻き取る。
こちらに戻ってきたカメラマンのカラビナを、アイリスは手際よく船体に固定してやった。
『あ、あっ、ありがとうございますぅ⋯』
カメラマンはヘルメットの奥で涙目になりながらアイリスに感謝した。
そうしているうちに、後発のエドワードとミネルヴァも無事に船外へと出てきた。
アイリス、エドワード、アナウンサー、カメラマン、そして最後尾はミネルヴァの順で、全員が安全帯のワイヤーで一列につながった。
その状態を確認したアイリスが、資源運搬船の入口付近に向けて、アンカーを打ち出した。
『じゃあ、いく!』
アイリスは全員に短く声をかけ、漆黒の虚空へと宇宙遊泳を開始した。




