286.軌道上の泡沫
モコモコの泡風呂に浸かり、優雅に音楽を聴いている先客がいた。
「わ、わわっ!?」
エドワードは心底狼狽し、顔を真っ赤にして即座に目を背けた。
泡に隠れているとはいえ、あまりにも無防備な女性の肢体がそこにあった。
「ミ、ミネルヴァ! この人はだれ? 君が招いたの!?」
情けない声を出すエドワード。
しかし、ミネルヴァもまた、この状況におどろきの表情を浮かべていた。
さすがの彼女もこの先客がいる事態は予測していなかった。
ミネルヴァはその浴槽にいる女性の顔を鋭く見つめた。
彼女はその人物を、あまりにもよく知っていたからだ。
「アイリスさん!? なぜ、ココにいるのです?」
バルバロッサの事務所にいるはずの天才ハッカー。
アイリスは、ヘッドホンをゆっくりと外すと、泡風呂に深く浸かったまま、いつもの違い、極めて真剣な眼差しで二人を見返した。
「私の弟を助けに来た!」
ぽつりと、しかし強い意志の乗った声でアイリスは言った。
状況が掴めないエドワードを置いてきぼりにするように、事の経緯を説明し始める。
「昨日、バルガスとバロウズが、事務所から出ていくを見た。それでロボットで2人を追いかけた⋯」
2人の動きがあまりに怪しく、アイリスも気になったようだ。
「それで、会議を盗み聞きした。カイトが誘拐されたって⋯」
ジロリ、と泡の中から鋭い視線がミネルヴァに突き刺さる。
ミネルヴァはアイリスにこの事を伏せておくことにしたがどうやらこれが裏目に出てしまったようだ。
「アヴァロン2へ行く方法を考えて、このキャンピングカーへ潜り込んだ」
そう言って、アイリスはまた泡風呂の奥へと身を沈めた。
式典の厳重なセキュリティを突破し、誰にも見つからずにここに潜入していたアイリスの手際にミネルヴァは驚愕した。
やはり、この天才ハッカーを怒らせたら一番恐ろしい。
その時、遠くでズズンという音とともに僅かな振動を体に感じた。
そして急に重力がなくなり、体が宙に浮かぶ。
緊急装置が働き、溺れるのを防ぐためアイリスの入っていたお風呂のお湯が排水口に吸い込まれた。
⋯
「何がおこったの!?」
ミネルヴァも気になったようで声を上げた。
泡まみれのアイリスは目を閉じ、何か考え事をしたかと思うとモニターの方を見た。
つられてミネルヴァとエドワードがモニターを見ると、その瞬間映像が映る。
それはアヴァロン2からの映像だった。
自分たちの乗っているカーゴが宙を舞っていた。
「10秒戻して」
アイリスが言うと、瞬時に映像が巻き戻り10秒前の映像がはじまった。
アイリスたちの乗るカーゴはゆっくりとアヴァロン2に向かい上昇していた。はるか下方、地上に近い大気圏の底で光が光ったかと思うと突然ケーブルが切れた。
そしてケーブルのたるみ、カーゴが浮遊しだした。
さいわい、アイリスたちの乗るカーゴはすでにエイドスの重力圏を抜けていた。
ケーブルが切断された影響で内部にかかっていた1Gの人工重力が突然切れ、中の人たちが宙を舞うことになっただけで済んだ。
しかし、アイリスは「ちょっとまずいかも」と口にした。




