283.商人の追跡
40章のあらすじ
登場人物:ギルバート(30代、商人、男性)、リラ(31歳、ギルバートの妻、女性)、先生(教育係、男性)、バトラー(宇宙海賊、男性)、ミラ(21歳、アヴァロン商事社長、女性)
ギルバート夫妻と先生は襲撃を退けつつセレノグラフィアへ向かっていたが、バトラー率いる敵船団に包囲される。ギルバートは特攻船を使った電脳戦の中で不随だった肉体を覚醒させ、ナノマシンを用いた攻撃で敵艦を撃破し勝利を収めた。セレノグラフィアでリベラたちの無事を確認した新船スターブリンガーⅡでアヴァロンへの帰路に就く。
セレノグラフィアを出港してから、およそ1日が経過した頃。
『スターブリンガーⅡ』は、静かな宇宙空間を滑るように進んでいた。
ブリッジの静寂を破り、通信端末が鋭いアラート音を鳴らした。
画面に表示されたのは、セレノグラフィアでアヴァロン商事の社長を務めるミラの緊迫した顔だった。
「ギルバートさん、緊急事態です!」
画面の向こうのミラは、今にも張り裂けそうな声を上げた。
聞けば、アイリスの弟であるカイトが、入院していた病院から何者かによって連れ去られたのだという。
ドレッドノートの部下たちが総出で足取りを追ったところ、犯人グループはカイトを連れてすでに宇宙へ飛び立ったことまでは突き止めたが、そこから先の消息が完全に途絶えてしまったらしい。
「何か少しでも分かれば、助けてほしいんです…」
ミラからの連絡は、祈るような懇願で締めくくられていた。
「おいおい、穏やかじゃないな…」
ギルバートは、小さくため息をつきながらも、すぐに思考を切り替えた。
バトラーたちとの戦いの中で覚醒した、あの奇妙な電脳能力。
アレを使い、宇宙港のネットワークへ深くダイブしてみた。
すると、部外者には到底アクセスできないはずの、当時の宇宙港の防犯カメラ映像が、まるで自分の手足のように直感的に引き寄せられ、次々と脳内に流れ込んできたのだ。
「…見つけたぞ!この船か」
カイトを乗せた宇宙船を見つけたしたギルバートは、さらに調査を進めた。
船が飛び立った方向から、当時近くにいた『資源運搬船』のカメラ映像の確認した。
さらに近辺の宙域を航行する無数の資源運搬船や、特攻船のカメラ映像を電脳空間上でかき集め、繋ぎ合わせていった。
バラバラだった点と点が線になり、不審船の逃走経路が鮮明に浮かび上がってきた。
「なるほど、ココへ逃げ込んだのか」
最終的に宇宙船が滑り込んでいったのは、惑星エイドスの上空。
現在まさに建設が進められている、巨大宇宙ステーション『アヴァロン2』の未完成の宇宙港の1つだった。
ギルバートは網羅した情報を整理し、急ぎセレノグラフィアのミラ、そしてエイドスをミネルヴァへ送信した。
ひとまずの仕事を終えたギルバートは、隣にいた妻のリラに向き直り、事の顛末を伝えた。
だが、話を聞き終えたリラの表情は、みるみるうちに険しくなっていく。
明らかに不機嫌そのものだった。
「リラ? どうしたんだ」
理由が分からず尋ねるギルバート。
その瞬間、ギルバートの視界に、リラの身体を包み込むようにして立ち上る、燃えるような『赤い光』が映し出された。
怒りの色だ。
リラは冷ややかな目でギルバートを見据え、ピシャリと言い放った。
「本当にわかんないのかい?」
リラは、情報を伝えるだけでどこか他人事のように割り切っているギルバートの薄情さに、強い怒りを覚えていたのだ。
身内同然の仲間の危機だというのに、なぜそんなに冷めていられるのか、と。
しかし、ギルバートにも言い分があった。
「おいおい、勘弁してくれよ。気持ちは分かるが、冷静になって考えてみてくれ。仮にオレたちがもう一度エイドスへ向かったとして、一体何が出来るっていうんだ?」
ギルバートは極めて真っ当な正論を返した。
「エイドスにはバロウズやバルガス、ミネルヴァだっている。オレのような商人がしゃしゃり出たって、こういう荒事には向いちゃいないさ。それに…オレたちには、アヴァロンで待っているリノがいるだろう? あいつの顔を早く見たいと思わないのか?」
愛する息子の名前を引き合いに出され、リラはぐっと言葉を詰まらせた。
言い返す言葉が見つからない。
ギルバートの言うことは、現実的にも、親としての感情論としても、何も間違っていないからだ。
「…そうだね。アンタの言うことは正しいよ」
リラは悔しそうに視線をそらし、ギルバートの意見に賛同してみせた。
だが、怒りの灯火は全く消えていなかった。
正しいと頭で理解できても、リラの心が納得していないのだ。
リラを包む赤色の光を見つめながら、ギルバートは頭を掻いた。
これじゃあ、アヴァロンへ帰っても、この調子だな…
商売の損得勘定や合理性では割り切れないものが、世の中には確かにある。
そして、自分の妻はそういう温かい情を何より大切にする女性だった。
ここで見捨てれば、いつかリラの周囲にある、あの美しい『白き輝き』まで失われてしまうかもしれない。
ギルバートは、降参と言わんばかりに両手を軽く上げた。
「わかったよ! 何が出来るかはまだ分からないが、もう一度、エイドスへ向かおう」
その言葉を聞いた瞬間、リラのまわりの光に、安堵の色が混じった。




