282.白の輝き
アヴァロンへの帰路を進むスターブリンガーⅡの静かなブリッジで、リラが突然「あっ」と大きな声を上げた。
「どうした?」
ギルバートが振り返ると、リラは困った顔をしながら言った。
「…アレのこと、すっかり忘れてたわ」
「アレって?」
全く身に覚えのないギルバートは首を傾げる。
「ほら、あの宇宙海賊よ!」
「ああ…」
言われてみればと、さすがのギルバートも何の話か思いだした。
ナノマシンでシステムを破壊し、身動きを封じたバトラーの宇宙船。
それを戦場となった場所に放置したままギルバートたちはセレノグラフィアに戻って来た。
しかし、到着してからのゴタゴタで頭がいっぱいになり、完全にその存在を忘れていた。
そして、セレノグラフィアのミラにも、負担になると思い、襲撃者の詳細は話さなかった。
「まぁ、いいだろ。アヴァロンに着いたら、リベラにあの座標を伝えて、資源回収してもらえば。喜んでナノマシンで資源回収するだろうし、俺たちが何かしても、メリットはないからな」
自らコストを払ってムダなことはしないという、商人らしい極めて合理的な割り切りで、ギルバートは結論づけた。
だが、この時の後回しにした選択が、今後彼らのあずかり知らぬところで、再び大きな混乱を生み出す引き金になることを、今の二人はまだ知る由もなかった。
「でも、あの人たちを放置して死なせちゃうのは、さすがにマズいんじゃないの? 」
リラが少し眉をひそめて、良識的な懸念を口にした。
するとギルバートは鼻で笑い、彼女を諭すように首を振った。
「リラ、お前はあいつらの本当の恐ろしさを分かっていない。宇宙海賊ってのはな、ただのコソ泥じゃないんだ。獲物を見つければ、身ぐるみ剥ぎ、命乞いをする乗組員を平気で宇宙に放り出すような、人の皮を被った獣の集まりだ。同情の余地なんてこれっぽっちもない連中なんだよ。生かしておけば、それだけ次の犠牲者が増えるだけさ」
ギルバートの冷徹かつ現実的な説明に、リラもそれ以上の反論を飲み込み、小さく息を吐いた。
…
ギルバートは、話題を切り替えた。
「しかし、何があったらあの巨大な豪華客船を失うなんて事になるんだろうな?」
「本当ね。それに、船を失った後、どうやってアヴァロンまで戻ってきたのかしら?」
「やっぱり、あのバトラーのせいなのかねぇ?…」
2人が知る情報は圧倒的に不足していた。
どれほど言葉を交わしても、すべてが想像の域を出ない不毛な会話だった。
しばらくそんなやり取りを続けた後、リラがふっと息を漏らし、どこか懐かしそうにつぶやいた。
「こんな風に、ダラダラと話をアンタとするのは、なんだかひさしぶりだね」
「そうか? いつもこんな感じだろ」
「何言ってるのさ。アンタって商売人は、昔から効率ばっかり気にして、いつも忙しそうにカリカリしてたんだよ。…それがさ、なんか今日は、少しやさしい気がする」
リラに真っ直ぐ見つめられ、ギルバートは誤魔化すように苦笑するしかなかった。
実は、ギルバートにはリラに黙っていることがあった。
あのバトラーとの戦いから、彼は不思議な力を手に入れたようだった。
その体の動作が復活しただけではなく、五感の延長線上にある感覚が変質していた。
中でも奇妙だったのは、他人の感情が、本人の周囲に「ぼんやりとした色」として見ることができるようになっていた点だ。
空間の数字やデータだけでなく、目に見えない心までが視覚化される。
妻のリラは、その観察において、非常に激しく色が変化する面白い女性だった。
バトラーに攻撃された当初は、理不尽な襲撃に対する純粋な怒りの「赤色」を放っていた。
しかし、戦闘が長引いた時には、強い不安と、押し寄せる恐怖から「青色」へと変わっていた。
そして、今。
リベラたちについて、楽しそうに自分の予想をギルバートに話しているリラの周囲には、穏やかで穢れのない「白色」が美しく包み込んでいた。
なるほど
言葉にせずとも、彼女の心の安らぎが色として伝ってきていた。
ギルバートは、モニターのあわい光を浴びながら、これからも少しでも長い間、リラがこうして白く輝ける時間を作りたいと感じていた。
商人のギラついた野心とは違う、静かで温かい時間が2人の間を流れていた。




