238.虎の尾を踏む者
ミネルヴァは覚悟を決め、ガブリエラの待つブースへと向かうことにした。
受付を通り過ぎようとした時、背後から親しげな声が響いた。
「よー、ミネルヴァ」
足を止めて振り返ると、そこにはギルバートが立っていた。
「そろそろアヴァロンに戻ろうと思ってな。挨拶にやってきたんだ」
快活に笑うギルバートだったが、ミネルヴァの硬い表情を見て眉を寄せた。
「ん、何かあったか?」
ミネルヴァは固まった。
これはリベラから自分が直接受けた秘匿性の高い依頼である。
他のメンバーをどの程度関与させるべきか、今の時点では判断がつかなかった。
「いえ、すみません。お客様をお待たせしているので⋯」
ミネルヴァはギルバートの関与を避け、逃げるようにブースへと移動した。
⋯
ブースに入ったミネルヴァは、ガブリエラの前に立ち、丁重に一礼した。
「ガブリエラ様。はじめまして、私はミネルヴァと申します。ここの副社長を仰せつかっております。現在不在のリベラに代わり、対応させて頂きます」
ミネルヴァの説明を聞いている間、ガブリエラは品定めをするかのようにその顔をじっと見ていた。
「あなた、エマさんの店で手術を受けたアンドロイドね」
それは、あまりにもぶしつけな質問だった。
「申し訳ありませんが、そのようなご質問にはお答えしかねます」
ミネルヴァが冷静に返すと、ガブリエラは気を悪くしたのか、不機嫌そうな沈黙を落とした。
その不穏な空気は突然終りを迎えた。
「ミネルヴァ。お客様なら俺にも紹介してくれないか」
心配したギルバートが、そっと後をつけてきていたのだ。
ガブリエラは横目でギルバートを一瞥すると、吐き捨てるように言った。
「あなたは。⋯ただのロボットに用はないわ」
そう断じると、興味を失ったようにミネルヴァへと向き直る。
「ロボット? 私はれっきとした人間ですが」
ギルバートは少し怒りを滲ませながらも、客への配慮を忘れず丁寧な言葉で返した。
だが、ガブリエラは再びギルバートを不審な眼差しで見つめた。
「ギルバートさん。この件はリベラさんから私が直接受けたものです。ここは一旦控えていただけないでしょうか」
ミネルヴァが退席を促すと、ギルバートは状況の複雑さを察したようだった。
「⋯わかった。困ったことがあれば呼んでくれ」
彼はガブリエラに短く一礼し、社内の奥へと引き上げていった。
ガブリエラは彼の背中を見送りながら、嘲笑気味に呟いた。
「変わったロボットを飼っているのね」
ミネルヴァの中で、何かが静かに冷えていくのを感じた。
⋯
自分はあくまでリベラの代理だ。
もしリベラなら、仲間を侮辱する相手にどう出ただろうか。
⋯それはわからなかった。
しかし、リベラのマスターである佐々木が今の発言を聞けば、間違いなくイヤな気分になるだろう。
そしてリベラは、主がイヤがる相手とは交渉しない。
「申し訳ありません。私どもは、そのような発言をされる方といかなる交渉も行いません。お帰りいただけますでしょうか」
ミネルヴァの声は、先ほどまでのトーンとは明らかに異なっていた。
「なに? 話はまだ何も始まっていないわよ」
ガブリエラが静かに問い返す。
「はい。ですが、私どもにはあなたのお話を聞く義務もありません」
明確な拒否。
その態度に、ガブリエラはようやく正面からミネルヴァを見据えた。
「どうやら、何か選択をまちがったようね⋯」
ガブリエラはそう言い残し、建物を出ていった。
⋯
しかし、その日の夜。
ギルバートの行方が突如としてわからなくなった。
ミネルヴァは当初、彼が予定通りアヴァロンへ戻ったのかと考えた。
だが、宇宙港の管理システムを照会したところ、ギルバートの船『スターブリンガー』は依然としてエイドスのドックに停泊したままであった。
胸に去来する嫌な予感を振り払うことができず、ミネルヴァは即座に動いた。
エイドスの裏の顔役であるバロウズへ極秘に連絡を入れ、ギルバートの捜索を依頼した。
同時に、アヴァロンへも緊急通信を入れた。
だが、リベラへ向けてのみ、ギルバートが行方不明になる直前、不審な女性が会社に来た事を連絡した。




