224.蘇生
スターゲイザーはアヴァロンまであと少しの所までせまっていた。
その日の夕食の席で、アイリスの元気がなかった。
今日は夕食もそこそこに「おやすみ」と告げ、自室へと戻ってしまった。
「どうしたんだろう?」
残された佐々木が心配そうに呟く。
「おそらく、手術の事でナーバスになっているんだと思うわ。少し話を聞いてくるわ」
サラは同席を求めたリベラと共にアイリスの部屋へ向かった。
部屋の中では、アイリスが毛布にくるまり、小さくなっていた。
サラがベッドの傍らに座り、優しく問いかける。
「アイリス、やっぱり手術が怖い?」
毛布の隙間から、アイリスが首を振った。
「手術じゃない。⋯元に戻れないと思うと、⋯怖い」
アイリスは、過去の出来事を、たどたどしいながらも説明してくれた。
⋯
あの日、アイリスがネットにダイブしている最中、バロウズの部下たちが押し入ってきた。
弟たち年少組とアイリスは別々に連行され、彼女はどこか知らない場所で、ベッドにうつ伏せの状態で縛りつけられた。
これまでネット上で『人形遣い』と呼ばれるハッカーに煮え湯を飲まされ続けていたリーダーの男は、アイリスを捕まえた瞬間、ネットワーク上からその気配が消えたことで、彼女が宿敵であると特定し、歓喜に震えていた。
「やっとだ!やっとお前に仕返しができるぞ!そうだ、おい、アレを持ってこい」
男はそう言って、手下に瓶に入った液体を持ってこさせた。
男はその瓶の中身を、アイリスの首の後ろにある接続デバイスに、ゆっくりと流し込んだ。
アイリスは首の後ろに焼けるような激痛を感じ、大声で悲鳴を上げた。
「いいぞ! もっと聞かせてくれ!」
男は歪んだ快楽に浸りながら、アイリスの耳元でずっと楽しげな笑い声を漏らしていた。
「これでお前はもう二度と、これまでのようにダイブはできなくなる。お前の翼をもいでやったぞ。こうなりゃ生まれ変わる以外、元には戻らない。だが、これだけじゃないぞ。お前の仲間たちにもちゃんと償いをしてもらわないとな」
男は、アイリスの仲間がこれからどんな目に遭うかを、残酷に説明し続けた。
その残忍な行為と、愛する者たちを奪われる恐怖に、アイリスの目からは涙が止まらなかった。
2日後、心身ともに疲れ切ったアイリスは、唐突に釈放された。
「お前はこれから自分の無力さを感じながら、ひとりで生きろ」
そう吐き捨てられ、ゴミのように路地裏に捨てられた。
それからしばらくして、バロウズが失脚し、ドレッドノートが街を管理しだした。
旧勢力が一掃される中、ロボット操作の巧みさでアイリスは目をつけられた。
いくつかの難しい問題を解決する中で信頼を勝ち得て、彼女はドレッドノートに直接扱われる立場にまでなった。
その間にも何度かの手術を受けたが、患部周りの損傷がひどく、かなりの範囲をパーツ交換したものの、かつてのようにネットへ接続することは叶わなかった。
以前の彼女にとって、ネットワークの世界は研磨した金属の表面に触れているように鮮明だった。
その指先は、目に見えないほどの微細な凹凸さえも、捉えることができた。
だが今は、何重もの分厚い手袋を着けたような、もどかしい状態になっていた。
それでも、アイリスの仕事はドレッドノートを納得させるものだった。
しかし、患部の損傷は深く、長くは接続を維持できない。
そのうち元の機能不全の状態に戻ってしまう。
そんな折、ふたたびあの男が接触してきた。
「お前の仲間たちはまだ、かろうじて生きている」
その一言から、リベラたちに出会うまでの過酷なスパイ生活が始まった。
⋯
本当にあの時の感覚が戻るのか⋯。
たとえ戻っても、また今の状態に逆戻りするんじゃないか⋯
ずっと胸を締め付けていた不安を、アイリスは正直に吐露した。
サラは「なるほどね」と深く頷き、アイリスの恐怖を理解した。
そして、手術について、穏やかに語りはじめた。
「あなたがこれまで受けたのは、どれも義体化に関するものだった。機械で補うための処置であって、有機組織の移植とは違っていたの」
アイリスの目をまっすぐ見つめて、サラは続ける。
「これからあなたが受けるのは、元の体に戻るための手術なの. つまり、生身に戻るのよ。その際、あなたの体内の血液もすべて入れ替えることになる。⋯『生まれ変わるほどの大手術』になるわ」
アイリスはその言葉に強く反応した。
あの男が笑いながら吐き捨てた言葉。
『生まれ変わる以外、元には戻らない』
その呪いのような言葉がずっと心を縛っていた。
サラが言った「生まれ変わる」という言葉は、男の言葉とは正反対の光に満ちていた。
「私⋯生まれ変わりたい!」
アイリスは勢いよく毛布から手を伸ばし、サラの手を握りしめた。
サラは力強くその手を握り返した。
「大丈夫。私があなたを治してあげる」




