217.優しき英断
ここ数日、カミーユはずっと何かに悩み、沈んだ表情を見せていた。
しかしとうとう、意を決したように佐々木とリベラに切り出した。
「佐々木さん、リベラさん。お2人には、打ち明けておきたいことがあります。⋯実は私、バロウズさんの持っていた10億クレジットを隠したんです」
カミーユにとって、それは自身の進退をも賭けた決死の告白だった。
だが、それを聞いた佐々木とリベラは、驚く素振りも見せなかった。
「でしょうね。忽然と消えた金の行方を調べれば、あなたに辿り着くのは時間の問題でした」
リベラが淡々とした口調で応じる。
だが、セリフはカミーユへの追及ではなく、生存戦略に対する肯定意見だった。
「ですが、私たちもそれ以上に、バロウズさんたちの破綻のほうが早いと想定していました。泥舟が沈む前に、あなたが自分の第二の人生のために資金を確保した。それは、あなたがこの絶望的な状況下で下した、唯一冷静で正しい『英断』だと思っていましたよ」
「えっ?⋯私が、自分だけ助かるために資金を奪ったと?」
「違うのですか?」
リベラが静かに問い返すと、カミーユは弾かれたように激しく首を振った。
「では、なぜ黙って持ち出したのです?」
カミーユは必死に言葉を絞り出した。
「バロウズさんたちは、『あの方』が生きていた頃と同じように無謀な行動を続けていました。ですが、今はあの頃とは違います。現政権にとって、彼らの行動は明確な処罰の対象になる。私は、せめて資金だけでも当局の手から守りたかった。だから、あえて、隠したんです」
「没収を防ぐために、独断で保護した、と?」
佐々木の問いに、カミーユは切実な表情でうなずいた。
「はい。もしもの時の保釈金の足しや、彼らの再起のための資金になればと⋯。ですが、いざ隠してみると、今度はいつ言えばいいのか完全にタイミングを逃してしまって。お2人にすら話せないまま、今日まで来てしまいました」
リベラはカミーユをじっと観察し、やがて静かに話しだした。
「そうでしたか。それでは早急に、バロウズさんたちに事情を説明して、返金したほうがいいかもしれませんね」
「そう、ですね。そうすることにします」
カミーユの肩から、ようやく少しだけ荷が降りたようだった。
⋯
3人は連れ立って、バロウズのもとへと向かった。
扉が開いた瞬間、カミーユの姿を認めたバロウズの目が険しく光り、反射的に掴みかかろうと腕を伸ばした。
だが、バロウズは途中でその手をピタリと止めた。
「お前が自分からココへ来るということは、何か聞いた方がいい話があるんだな」
バロウズは荒い息を吐きながらも、まずは話を聞く姿勢を見せた。
カミーユは震える声で、10億クレジットを独断で隠し持っていた経緯をすべて打ち明けた。
話を終えたカミーユは、バロウズの激しい怒りや暴力を覚悟して、ギュッと目を閉じ体を強張らせた。
しかし、静まり返った部屋に響いたのは、怒声ではなく重苦しい嗚咽だった。
バロウズは顔を覆い、肩を震わせて泣いていた。
娘ほども年の離れたカミーユに、自分たちの不甲斐なさを案じられ、密かに守られていた。
その事実に打ちのめされ、彼は絞り出すような声で謝罪を口にした。
「すまねぇ⋯カミーユ、本当にすまねぇ⋯。俺たちが情けないばかりに、お前にそんな重荷を背負わせて⋯」
カミーユがバロウズたちをも助けようとしたのは、今は亡き「あの方」が大切にしていた仲間を、自分があの方に代わって守り抜こうとしたからだった。
彼女の深い慈しみと優しさを理解したバロウズは、彼女の手を固く握りしめ、2人は和解した。
⋯
帰り道、リベラの端末にグレイソンから連絡が入った。
「朗報だ。バロウズの事務所へのガサ入れは、中止になった。それとサラとエマの件だが⋯例の50億クレジットの返金が不要なら、すべての容疑を不問にできそうだ。どうする?」
提案を聞いた佐々木は、迷わなかった。
「ええ、それでお願いします」
金よりも、この平穏な結末こそが今の佐々木にとって何よりの報酬だった。




