212.さよなら傷だらけの日々よ
会議室への移動中、廊下を歩きながらギルバートがリベラに小声で話しかけた。
前を行く佐々木には、カミーユが寄り添っている。
「佐々木は、なかなか良さそうな女性を射止めたな。ありゃとびきりの拾い物だぞ」
ギルバートが顎先で2人を示してカミーユを褒めると、リベラは眼鏡の奥の瞳をわずかに細めた。
「はい。佐々木様の幸運は、いつも想像を超える成果を発揮しています。カミーユさんの実務能力と裏社会の知識は、佐々木様の将来において不可欠なピースとなるでしょう」
リベラとギルバートはその背中を眺めながら、静かに従った。
⋯
一方、リビングに残ったサラは、意を決して元職場へ連絡を入れた。
「もしもし、サラです⋯」
通信の向こう側で対応に出たのは、直属の上司だった。
「サラか! 無事だったかい?」
第一声に、心からの安堵が混じっていた。
上司は彼女の身を非常に心配していたようだった。
「ご心配をおかけしました。今さら不要かもしれませんが、退職のご連絡をさせて頂こうと思いまして」
サラが謝罪と決意を伝えると、上司は静かにそれを受け入れた。
「わかった、了承したよ。力になれなくて、こちらこそ申し訳ない。捜査当局には君のこれまでの真面目な勤怠記録を提出して、無実を証明しようとしたんだが⋯全く聞き入れてもらえなかったんだ」
上司は悔しそうに言葉を継いだ。
「何か、君たちのあずかり知らぬ大きな力が、敵対しているような気がしてならない。気をつけて。もし何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗るから」
その無私で誠実な優しさに触れた瞬間、サラの目から涙が溢れ出した。
「ありがとうございました⋯本当に、今までありがとうございました⋯」
電話を切った後、サラはしばらく動けなかった。
それは、かつての日常との決別だった。
⋯
会議室ではグレイソンが勝手にレストランから、ケーキセットを頼んでケーキをおいしそうに食べていた。
「いいなぁ⋯」
朝食を食べ終えたばかりだったが、あまりに美味しそうに食べる姿に佐々木とカミーユもケーキセットを頼んだ。
セットが届いた所で、リベラは本題に入った。
「グレイソンさん。あなたに現職の政治家のお友だちはいらっしゃいますか?」
「政治家には友達なんかいるか。だが、金を積めば仲間になるやつならたんまりいるぞ」
「それはどれくらいの金額ですか?」
「求める要望にもよるな」
「それはそうですね。では3つお願いがあります。1つ目は、バロウズへのガサ入れを取りやめさせたいのです」
「そりゃ、なかなかむずかしいな」
「そうですか。この程度の事すら無理なら、お話は以上です」
リベラが淡々と告げ、席を立とうとすると、グレイソンはそれを引き止めた。
「まてまて、ワシはむずかしいと言っただけだ。手はある。だが、金だけでは済まんな。あの方のような強力なパトロンが必要だ。それも一時ではなく、継続的に金を貢いでくれるパトロンだ」
「なるほどな。アンタの話は筋が通ってる」
ギルバートが納得したようにうなずいた。
「なら、この星にアヴァロン商事が店を出そう」




