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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星
235/238

一時の幸福、永遠の禍


 それは一瞬の出来事だった。 ステラの目の前に学生の背中が見えたかと思うと、次の瞬間には周りを囲んでいた男達が路上に倒れ、(うめ)き声を上げていた。

 ステラは何が起きたのか頭の整理が追いつかず、茫然と道路にへたり込んだ。


 「――大丈夫――?」


 すると、少年がステラに手を差し出した。 額に包帯を巻いた不思議な少年はステラよりも年下のように見えた。 栗色の瞳が美しい学生服を着た少年――ステラは彼の瞳を見つめたまま呆気に取られていた。

 

 「……」


 少年は呆れたように目を窄め、黙ったまま首を(かし)げた。 そして、おもむろにステラの手を取ると、立ち上がるよう促した。

 ステラは少年の温かい手の感触に『ハッ』と我に返ると、思わず赤面した。


 「……な、なんで……? どうして、()()()()……?」


 ステラは戸惑いを隠せなかった。

 今まで自分を助けてくれる者など一人もいなかった。 下心を隠して助けるフリをする者はいた。 偽りの愛を囁き、ステラから金を奪おうとする者もいた。

 

 『この男もどうせ下心を持っているに違い無い』


 そう思ったのだったが、心の底では説明しがたい“期待感”が込み上げて来た。


 少年はステラの問いかけに、再び首を傾げた。


 「……『どうして?』って聞かれてもなぁ……。

 君の声が聞えたからとしか……」



 「君の――助けを呼ぶ声が――」



 少年の素直な言葉にステラは息を呑んだ。

 何度、この言葉を夢見たことだろう。 助けを求める悲痛な願い――何度、声を嗄らして叫びつつけただろうか?


 『誰かに届いて欲しかった』


 『誰かに気付いて欲しかった』


 そんなステラの願いが少年の心に届いたのである。


 「……ウゥ……グス……」


 「――ウェェェン――!!」


 ステラは少年の手を掴みながら(むせ)び泣いた。 今まで経験した事の無い喜びが全身を駆け巡り、心は日だまりの中にいるように温かくなった。

 一方、突然ステラに泣かれた少年は酷く狼狽(ろうばい)した様子で「な、泣かないで!」と周囲をキョロキョロ見渡すと、ステラの手を引っ張った。

 

 「さ、さぁ! もう、大丈夫だから! ほら、立って!」


 少年はステラを抱き寄せながら立ち上がらせると、彼女の頭を『ポフン』と優しく叩いた。


 「ヤツ等はしばらく気絶したままだ。 心配しないで。

 じゃ、今後は襲われないように気を付けてね」


 少年が後ろを振り向くと、ステラは声を張り上げて少年を止めた。


 「……き、気を付けるって、どうやって!」


 (貴方がまた助けてくれるの……?)


 ステラがそう期待をすると、少年は慌てた様子で(きびす)を返した。


 「いや、まぁ……とにかく気を付けて。

 じゃ、そういう事で。 後はお巡りさんに頼んでね!」


 「――あっ!」 (――待って――!!)


 ステラが叫ぶ間もなく少年は忽然(こつぜん)と消えてしまった。

 スカートをフワリと捲り上げるつむじ風と……ポケットから落とした学生証を残して。



 ――



 「……『大杉勇希(ゆうき)』……クン……。 私より一つ年下だったんだ」


 ステラは警察が来る前に少年が落としていった学生証を(ふところ)に忍ばせた。

 警察の事情聴取を受けた後、深夜にようやく帰宅したステラ。 心身共に疲れ果てていたはずだったが、少年が落とした学生証を見ると心が躍った。


 「私の声を……初めて聞いてくれたヒト……」


 最近付け出したカラーコンタクトは目が乾いて仕方無かった。 ……しかし、今日は違う。止めどなく(あふ)れる喜びの涙で、ステラの瞳は美しく輝いていた。

 この時、ステラの心は希望と愛に満ちあふれ、絶望や孤独など微塵(みじん)も無かった。 父と姉に対する憎悪も心の奥底へ沈んでいた。

 

 ステラは勇希に恋い焦がれた。

 あのツンツンした黒髪。 彫りの深い顔にはにかんだ笑顔を浮かべる凜々しい姿。 額に包帯を巻く様子は逞しい戦士の証……。

 大杉勇希という名が偽名だとも知らず、ステラは彼の半生を思い浮かべながら『キュン♡』と胸をときめかせた。


 「私の声、また聞いてくれるかな?」


 そう考えると居ても立ってもいられなくなった。 動画投稿などもうどうでも良い。

 

 「明日には勇希クンの学校へ行き、学生証を返すフリをして告白しよう♪」


 政略結婚でもあるまいし、一言、二言会話をしただけで愛の告白など受け入れる者などいるはずが無い。 逆に受け入れる男はステラに邪な下心があるだけだ。

 しかし、ステラはそんな単純な想像も出来なかった。 初めての経験で舞い上がっていたのかもしれないが、それよりも愛を弄んだ彼女には本当の愛が何であるか知る事が出来なかった理由が大きかったのかもしれない――。


 ――翌日――


 「勇希クン、昨日はお礼を言えなかったから……。 ハイ、コレ♡」


 まるでホステスのような格好をした若い女が高校の校門前で、勇希に声をかけていた。

 紅色に染めた恥じらいの頬に、上目遣いで勇希を見る女の様子は明らかに『恋をしている乙女』であった。


 「ちょっ……! ……はぁっ!?」


 言葉に詰まり周章狼狽する勇希を尻目に、ステラは難解な“恋の呪文”を書き連ねたラブレターを勇希に渡した。 ……学生証は返さずに。


 「じゃ、また来るからね♡」


 そんな宣言をせずとも、明日来る事はもう確定していた……彼女の中では。

 目を白黒させる勇希の前で、艶やかに後ろを振り返るステラ。 舞い上がったミニスカートからピンク色の下着がチラリと(のぞ)くと、周りにいた生徒達は一様に腰を抜かした。


 「おい、勇希! お前、何だ、あのスケベな“ネエちゃん”は――!?」


 周りの生徒達は眉を潜ませ、疑いの目を勇希に向けている。 友人の金田一二三(ひふみ)も勇希の不貞を疑い、激しく勇希を叱責した。


 「コラ、スケコマシ! お前は一体(いく)つ股を増やせば気が済むんだ!

 この甲斐性無し!」


 (あかり)という彼女がいるにもかかわらず、勇希が年上のホステスを誑かしていたと思い込んだ一二三。 燈がこの場にいなかった事は勇希が生まれて来た中で最も幸運であった事かも知れない。

 勇希は一二三と周りの生徒達に昨日の経緯を必死に説明し、ようやく疑いを晴らすことが出来た――。


 そんな勇希の不幸など露知らず、ステラは胸を躍らせながら明日が来る事を待ち詫びた。

 毎日午後三時頃になると学校の正門前にスポーツカーに乗って現われ、ひたすら勇希の下校を待ち続けた。

 ステラの服装は日に日に大胆に、かつ奇抜になって行った。 殆ど下着姿かと思うような挑発的な姿になったかと思うと、猫耳と尻尾をつけた如何わしいコスプレを見せつける。 さらに、フランス人形のような華麗なドレスを身につけて校舎内へ侵入するや、教師達とトラブルになった。 ある時には腹いせに車で校内へ特攻(カチコミ)し、教師達を追い回すという暴挙にも出た。


 「どうする、勇希? ……ヤベェぞ、あの女。

 このままじゃ、燈にあの女の事バレちまうぞ?」


 勇希の友人達は“メンヘラ女”に惚れられた勇希に同情した。 勇希が燈と付き合っている事を知る一部の仲間は女の存在が燈に知られないよう、勇希に協力した。

 勇希は正門から下校する事を諦め、まるで敵に囲まれた要塞(ようさい)から脱出するような緊迫した雰囲気で裏門から下校するようになった。



 ――



 「ふっ、ふっ、ふっ……。 そんな猪口才(ちょこざい)な手を使って逃げようとしても無駄よ♪」


 勇希がいくら裏門から逃げようが、ステラには奥の手があった。

 

 『学校を襲撃すれば、ユウ君だってきっと振り向いてくれる♡』


 一体どうしたら、そんな思考になるのだろうか? 誰もが疑問に思い、顔を顰める恐るべき思考。

 しかし、彼女の壮絶な半生を知る者であれば、憐れみの涙を浮かべて彼女の思考を肯定せざるを得ないだろう――。


 次の日、ステラは宣言通り学校を襲撃した。


 口にするのも(はばか)られる淫らな所業を校内で行ない、勇希の名を叫んだステラ。

 

 『もはや、これ以上彼女を学校へ来させる訳にはいかない』


 燈はついに女の存在に気付き、勇希の名を叫ぶ女に動揺し始めた。

 友人の一二三達の協力でなんとかその場をやり過ごしたが、いずれ燈の存在が女に知られてしまうのも時間の問題だろう。


 「……わ……分かったよ。 付き合う……までとは行かないが、お茶くらいなら……」


 勇希は遂に観念した。 「恋人になれ」というステラの要求は頑なに拒否し、妥協案として「毎週一度はデートする」という屈辱的な約束をステラと交わした。

 

 (……うぅ、燈……ゴメンね……)


 燈の悲しそうな顔が目に浮かぶ。 しかし、この狂気の女を放っておけば、燈に何をするか分からない。

 断腸(だんちょう)の思いで勇希はステラの提案を呑んだのであった――。


 ステラの孤独は再び消え去った。 絶望は希望に変わった。

 愛する勇希と共に過す一日が何よりも幸福であった。

 

 自分の過去、自分の想い――全て愛する勇希に打ち明けた。

 

 ステラは受け入れて欲しかった。 生まれてからこの瞬間までの自分の全てを。

 

 ……しかし、勇希はステラを受け入れる事が出来なかった。

 ステラが打ち明けた過去は悲しい過去であった。 彼女の不幸な境遇には勇希も同情した。 だからといって、ステラを愛することが出来る訳ではない。

 喫茶店で話をしている時は可愛らしい女の子であった。 むしろ、辛い虐待を乗り越えて自分の力でここまで努力をして来た事に、勇希は畏敬(いけい)の念さえ抱いた。

 

 ところが、二人きりになると状況が一変した。

 まるで淫乱な小悪魔のように服を脱ぎ捨てて勇希と関係を持とうとした。 あらゆるふしだらな技を(ろう)して勇希を誘惑し、一度も関係を持った訳でもないのに二人の子供の名前まで決めていた。

 そんな日々が続く中、勇希は身も心も疲弊して行き――遂に堪忍袋の緒が切れた。


 「――●●、もう君とは会えない――」


 勇希はステラに三行半(みくだりはん)をつき付けた。


 その結果……大暴れしたステラは勇希によって気絶させられ、勇希はもうステラの前に現われる事はなかった。


 「……ど、どうして……?」


 ステラは真剣に考えた。 『自分の何がいけなかったのか?』と。


 ……しかし、いくら考えても分からなかった。

 

 寂しさに悶え、孤独に震え、絶望に苦しんだ。


 こうしてステラは“鬼”への階段をまた一歩上がる事となった。

 

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