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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星
233/238

別れ


 イベント中に倒れ、診療所へ担ぎ込まれたステラ。 目が覚めると目の前に広がっていた異様な光景に言葉を失った。

 

 「……い……一体……?」


 何が起こったのか?


 ……分かっていたはずである。


 ただ、認めたくなかった。


 床に転がっていた遺体は全裸になった男性マネージャーであった。 恐怖に顔を歪め、目には涙の跡が見える。

 片腕は千切られ、両足はもぎ取られ、すぐ(そば)に片足が転がっていた。


 ステラは目を伏せた。 これ以上、凄惨(せいさん)な遺体を見たくなかったからでは無い。


 この()まわしい光景を認めるのが怖かったのである。


 気を落ち着かせるように胸に手を当てたステラ。 鮮血が広がる床を『ピチャ、ピチャ』と音を鳴らしながら歩くと、ドアを開けて廊下に出た。


 廊下にも数人の遺体が転がっていた。 恐らく、診療所を訪ねて来ていた患者だろう。

 この診療所は俗に言う“闇医者”が経営している診療所であった。 認可されていない精神安定剤や睡眠薬を大量に処方し、高額な医療費を取る悪魔のような診療所。 しかし、ステラのような精神が不安定な若者達が心の安寧を求める為、患者が絶えなかった。

 ボロ雑巾のように凄まじい力でねじ切られた遺体や、上半身だけの遺体。 逃げ遅れた看護師が胸に大きな穴を開け、絶命していた。

 

 青白い(もや)で視界が霞む。 夢で見た景色と重なり『これは夢じゃないか?』という淡い期待も抱いた。

 

 「違う……私は……なってなんか……」


 ステラは頭を抱えながら血塗(ちぬ)られた回廊(かいろう)を『フラ、フラ』と歩いた。

 診療所には監視カメラが幾つか設置されていた。 ステラが寝ていた病室、廊下の天井にも監視カメラが設置されていたので、一体何が起こったのかはカメラの映像を見れば知る事が出来た。

 映像を映すモニタは診療室にあった。 ステラは重い足取りで診療室へ向った。


 診療室には医師の遺体が転がっていた。 顔が判別出来ないほど()み砕かれており、ほとんど“肉塊(にっかい)”のような姿であった。

 ステラはそんな顔なじみの医師の変わり果てた姿を見ても、動揺する事はなかった。 ……いや、動揺するだけの心の余裕がなかった。

 とにかく、今は監視カメラに映し出されたこの惨状の原因を確認する事で頭が一杯であった。


 モニタの前に座ったステラは昨日まで(さかのぼ)り、映像を確認した。


 ――一時間後――


 食い入るように映像を見つめていた彼女はついに(あきら)めた。

 大きく溜息(ためいき)を吐いたステラは顔を伏せると、あまりの恐ろしさに身を震わせた。


 「……そう……やっぱり……私は……」


 ステラの頬に涙が伝い、溢れ出る涙が机に落ちた。 震えが止まらず、机に伏せながら嗚咽(おえつ)を漏らしたステラ。 吐き気がする程の不快感が身体を襲い、モニタの前に置いてある錠剤を手に取って口の中へ放り込んだ。

 

 「はぁ……はぁ……あぁ……ウワァァ……」


 「――ワァァァ――!!」


 ひとしきり慟哭(どうこく)し、泣きじゃくり、身悶(みもだ)えしたステラ。

 すると、気が変になったのか突然笑い始めた。


 「ハァ……ハァ……アハ……」


 「……アハ……アハハハ! そう……当たり前よ! タカを(くく)っていた私が馬鹿だった。


 ……魔術書は本物なんだ! 本物なんだよ!


 皆の憎悪に晒されればどうなるかなんて……初めから分かっていたはず!」


 椅子から立ち上がり大声で笑い始めたステラ。 銀色に変えたカラーコンタクトの裏に滲む色は絶望の黒い影……。


 それは“鬼”となり始めた女の悲しみの影であった。



 ――



 マネージャーによって診療所に運ばれたステラの身に発作が起こった。

 彼女はその場にいたマネージャー、医師、看護師、患者……全ての者を惨殺し、その遺体の一部を食べた。

 

 監視カメラには彼女が行なった忌まわしい所業の一部始終が録画されていた。

 

 信じたくなかった。 しかし、受け入れるしかなかった。

 自宅のペットを(むさぼ)り喰っていた自分に気が付いた時『もはや、後戻りは出来ない』と感じていた。

 しかし、それでも彼女は魔術書をつなぎ止める為に、憎悪を抱き続けた。 他人からの憎しみ、恨み、嫉妬に(さら)される事で、自分も他人を憎んだ。

 

 『憎まれれば憎まれるほど、恨まれれば恨まれるほど、私はお前達を憎む!』


 ステラは自分の身を焦がす峻烈な憎悪を、魔術書を創造した者ですら考えも付かなかったような(おぞ)ましい方法で維持していたのである。

 

 『孤独や絶望を抱えた者が憎悪に晒されればどうなるか?』


 姉『遙』が書き記したノートにこう記述されていたはずである。


 『――“鬼”となる――』と。


 「知っていた……こうなる事はすでに分かっていた。


 ……でも、私はこの魔術書をどうしても手放したくなかった」


 たとえ自分が“鬼”となろうとも、“ラヴィニアの書”の力を利用して復讐を遂げたい――。



 『――“呪われた子”への復讐を――』



 ステラの洋服はベッドがあった小部屋のロッカーに保管されていた。 綺麗に畳まれて置いてあり、ベッドの周りにはマネージャーの下着が散乱していた。

 監視カメラの映像には、昏睡するステラに欲望をぶつけるマネージャーの姿が映っていた。 恐らく、ステラが気を失っていた事を良いことに、マネージャーがステラをレイプしようとしたのだろう。 そして、目覚めたステラによってマネージャーは返り討ちに遭い、惨殺されて遺体の一部を食われてしまった。

 

 ベッドの下には魔術書が落ちていた。

 

 「コイツだけは離さない――!」


 ステラは魔術書を拾い上げ、忌まわしい表紙に目を遣った。


 「――なっ――!?」


 その時、ステラは魔術書の異変に気が付いた。 驚きのあまり言葉を失い、しばらく茫然(ぼうぜん)と魔術書の表紙を見つめていた。


 「……な……何で……表紙が変わっている……の?」


 魔術書の表紙は恐ろしい悪魔のような顔が彫られていたはず。

 血のような真っ赤な口をポッカリと開けた悪魔は、その恐ろしい口から這い出てきた舌で所有者の身体に絡みつく。 そして、所有者の魂を糧にして復讐をする為の呪術を提供するのである。


 ところが、そんな醜悪な悪魔の姿がなんと“聖母”の姿へと変わっていた。

 青白い顔をした女性の顔が表紙に浮かび上がっており、口元に笑みを浮かべている不気味な姿。 両目は潰れており、吸い込まれるような真っ黒な目をしている。

 さらに、なによりもステラを驚かせたのは、漆黒の目から(あふ)れ出る涙であった。

 

 ステラが魔術書の様子に言葉を失っていると、聖母の顔が見る見る変貌(へんぼう)して行った。

 口元からは笑みが消え、真っ黒い瞳は悲しそうに目尻を下げた。 その様子はまるで絶望と孤独へ向うステラの行く末を(あわ)れんでいるようにも見えた。


 (……貴方は……何処へ向うのですか……?)


 悲しげな魔術書が自分にそう問いかけているように思った。


 ステラはその瞬間、気持ちが『スッ――』と落ち着いた。


 監視カメラの映像で見た悍ましい自分の姿――平然と人の惨殺し、遺体を貪り喰う“鬼”。 そんな忌まわしい自分の姿に動揺していたステラの心が奇妙に落ち着き、彼女は全てを受け入れた。


 (戻れない……もう、進むしかない……)


 ステラは吹っ切れたような乾いた笑顔を見せ、魔術書に向って答えた。



 「……過去へ……“呪われた子”に復讐をする為に……」


 

 ――



 イベントが終わった後、ステラの“IG”はしばらく更新が止まっていた。

 ステラのファン達はイベントで倒れた彼女の体調を心配していた。 一方、アンチ達の間ではステラの死を望む声が溢れていた。

 

 ステラは真裕(まひろ)の為に希海とコラボライブを行なった後、理由を告げずに真裕のフォローを一方的に外した。 真裕は喫茶店での混乱の中、ステラを放って希海に付いて行った事で『ステラが怒っているのではないか?』と心配し、何度もステラに“DM”(ダイレクトメール)を送ったが、ステラから返事はなかった。

 折しも、真裕は希海に自分の気持ちを全て打ち明け、希海と再び親友となった。 希海に対する蟠りが無くなった真裕は希海と頻繁に連絡を取るようになり、“IG”の更新頻度も少なくなった。 ステラの事は頭の片隅で気にしていたものの「連絡が取れなきゃしょうがない」とステラの()()()も分からずに開き直ってしまった。

 

 ステラが真裕と連絡を取らなくなった理由は真裕の為でもあり、自分の為でもあった。

 ステラは憎悪に(さら)され続けた自分が“鬼”になる事を受け入れていた。 それでも魔術書を手放さないという選択をし、真裕の傍から身を引いたのである。

 

 ステラが真裕に対して下心を持って近づいた事は間違いない。 ステラは真裕がかつて『大杉勇希(ゆうき)』と同級生であり、今も勇希と交友がある事を知っていた。 勇希を自分に紹介して貰う為、真裕に近づいたのである。

 ところが、真裕の悩みを聞いている内に、真裕が可愛く思えて来た。 真裕の事を妹のように思うようになって来て、彼女の心を支配していた“孤独”が日々薄らいで行くように感じた。

 

 しかし、残念ながらステラと真裕の出会いは遅きに失した。


 ステラの身体はすでに“鬼”となり始めており、もう後戻りする事が出来なかったのである。

 その事を知ったステラは、真裕との関係を絶った。 断腸の思いであったが、“鬼”となって自分の手で真裕を殺害してしまう事だけは何としてでも避けたかった。


 そして、もう一つの決定的な理由――“ラヴィニアの書”を逃さない為に、自分の身を再び孤独と絶望に置かなければならなかったのである。

 “ラヴィニアの書”はいくら憎悪を燃やしたところで力を貸さない。 所有者が孤独と絶望に身悶え、復讐に魂を焦がさなければその力を貸さないのである。


 ステラは“ラヴィニアの書”の発動条件を知っていた。 徹底的に“ラヴィニアの書”の伝説を調べ上げ、“ラヴィニアの書”を利用したのである。

 真裕と一緒にいると、自分の心に巣くう“孤独”が和らいで行く。 それは生まれて初めて感じる『心地良い感覚』であった。

 しかし、残念ながら全てが遅かったのだ。 真裕の為にも、自分の為にも真裕との繋がりを断ち、真裕への愛情を捨てなければならなかったのである。


 「……マヒロ、貴方は一人じゃ無い……私とは生きる世界が違う……」


 「だから、貴方は……」


 ステラは生まれて初めて、誰かの為に涙を流した。 誰かの幸せを願った。


 そして、生まれて初めて別れの悲しさを知った。


 偽りではない――『本当の別れ』の悲しさを――。


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