叶わぬ願い
『キャハ♪ ミンナ、キラキラ輝いてるー☆? 今日は、ステラの握手会に来てくれてアリガトー♡』
大勢のファンを前にして、舞台に立ったステラが笑顔で手を振っている。 金髪に青と赤の髪が混じり合う派手なツインテールを振りまきながら、いつの間にか銀色になった瞳を煌めかせて元気そうに声を張り上げた。
青いカラーコンタクトから銀色のカラーコンタクトへ変えていたステラは『ライブで共演した希海ちゃんの目をパクッた』と批判されながらも、しれっと「希海ちゃんに“カラコン”を勧めたのは私だよ☆」と、希海の瞳がニセモノだと言わんばかりの狂言を吐き散らかしていた。
“握手会”と称した企業の販促イベントに参加していたステラ。 会場にはステラを信奉するファンが半数、ステラを蛇蝎のごとく嫌っている“アンチ”が半数集まっていた。 『人気があるのかどうか?』と聞かれれば答えに窮する現状だろう。
『所詮、“整形女”は炎上芸しか脳が無く、集まる奴は“アンチ”しかいない』
一応、半数はステラを熱心に応援するファンであったが、悪目立ちするのは“アンチ”である。
会場に煙幕を投げ込んだり、ステラを襲撃しようと舞台に突撃したりとやりたい放題の狼藉を働くアンチ達。 舞台前には拳銃を持った屈強なガードマンが観衆に睨みを聞かせるという物々しい雰囲気のイベントであった。
「ぶっ殺すぞ、整形女!」
「気持ち悪ぃんだ! テメェ!」
ステラに対する声援よりも罵詈雑言の方が飛び交う中、ステラは人を食ったようにアンチ達を窘めて自身がプロデュースした化粧品の宣伝をしていた。
そして、いよいよイベントの目玉である『ステラとのキラキラ握手会』が始まると、先ほどまで猛り狂っていた“アンチ”は急に借りてきた猫のように大人しくなり、握手を求めて殺到したのであった。
「はい、はい、並んで、並んで☆」
ステラは凄まじい早さで淡々とファンとの交流を捌いて行く。 中には突然懐からナイフを取り出してステラに襲いかかろうとした暴漢もおり、会場は怒号と悲鳴が飛び交った。
ところが、ステラは男の攻撃を驚くべき身のこなしで『ヒラリ』と躱し、何事もなかったかのように『キラキラ』していた。
一見すると元気に声を張り上げ、銀色になった目を輝かせて満面の笑みを浮かべていたステラ。 しかし、心の中では耐え難い不快感と、内側から針で刺されるような頭痛に悩まされていた。
(ウゲェ……き、気持ち悪ぃ……)
ステラの裸体にはドス黒い長い舌が這いずり回っていた。
股や乳房に絡みつき、イヤらしく這い回るその不気味な舌はあの恐るべき魔術書から飛び出して来た“異物”であった。
ステラは服の下に“ラヴィニアの書”を隠し、握手会に臨んでいたのである。
――
身体中を舐め回される不快感に耐え続け、握手会をこなしていくステラ。 化粧品の売上げも順調で、彼女の懐に莫大な報酬が入る事は間違い無い。
“炎上”と“バズり”、罵声と賞賛――どちらにしても全てが“スタチ”のスコアを上げる為の“エサ”。 魔術書さえ手元にあれば、最後には皆の記憶を“封印”して自分は小石となって逃げれば良い。
(……“鬼”になんてなるもんか! 私は孤独なんかじゃない、絶望もしていない。
金さえあれば『ユウ君』だって、アイツを捨ててきっと私を……)
目の前の男達に握手をしながら心の中でそう言い聞かせていたステラであったが、心の裏側に漆黒の影が忍び寄る。
『オマエは孤独だ……』
『……オマエは“呪われた子”……』
『……目立っているのはオマエの“影”。 賞賛されているのは“偽りの身体”。 本当のオマエは誰にも気付かれる事もなく、汚いドブ川に打ち捨てられている小石』
『顔の潰れた醜い小石。 そんな女を愛する者など誰もいない』
『――孤独に抱かれ、絶望に果てるのみ――』
「――ウワァァァ――!!」
ファンと握手している最中に、ステラは突然悲鳴を上げた。 止めどない脂汗がステラの身体中に噴き出し『ガタ、ガタ』と足が震えた。
「――ステラさん、大丈夫ですか!?」
スタッフ達がステラの許へ駆け寄ると、両腕を抱えたステラは「だ、大丈夫……」と力なく答えた。
……とても大丈夫のようには思えなかった。 顔面は蒼白で『ハァ、ハァ』と苦しそうに息を漏らすステラにファン達も心配そうに見守っていた。
「ステラさん、残念ですがイベントは中止にしましょう」
結局、運営は『ステラの体調が思わしくない』という判断をした。 目の前に立つファンへの対応を最後に、イベントを終了する決断を下した。
(ク……クッソ……)
ステラは落胆していた。 この忌まわしい発作が起こるまでは全て順調であったはず。 ただ、せめてもの救いはイベントも終わりを迎えて来ていた矢先であった事だ。
イベント自体は大成功に終わった。 ステラが宣伝した商材は飛ぶように売れ、“アンチ”は馬鹿面を下げてイベントの状況を動画撮影し、敵であるステラに塩を送り続けた。
体調は悪化したが大成功……のはずだった。
最後に握手するファンを目にするまでは――。
鼻先まで掛る長い前髪を靡かせる男。 何処までも黒い漆黒の髪は柳葉のような凜然とした紅い目の輝きを美しく際立たせる。
白いシャツを着ただけの簡素な服装。 だが、細身の長身からは想像も付かない逞しい身体をしていると直感出来る雰囲気を持っていた。
(……はぁ……はぁ……な、何だ? この男?)
苦しそうに顔を上げたステラは男の姿を一目見て、思わず目を見張った。
男は俗にいう“イケメン”であった。 ところが、ステラは男の顔よりも彼の持つ雰囲気に圧倒されたのである。
「初めまして、ステラさん」
唖然とするステラに向って顔を綻ばせ、ゆっくりと手を差し出す男。 まるで女性のようなしなやかな手であったが、何故だかステラには“恐ろしい手”のように感じて思わず顔を顰めた。
(……や、闇? ……いや、闇じゃない。
何だろう……? 何だか、この手は“何も無い”ような……)
ステラには差し出された手が『今、この場に存在していない』ように感じたのである。
ステラがこの説明を誰かにすれば、誰もが首を傾げるに違いにない。 それほどまでにステラが感じた雰囲気は異様であった。
(確かに存在しているはずなのに、存在していないような……)
(ま、まさか……!?)
ステラは動揺した。 呼吸が止まり、心臓が『バク、バク』と音を鳴らした。
「まさか……『アラフェール・ライラ』……」
ステラは思わず呟いた。 男を見つめながら公然とヒミツの言葉を口に滑らせたステラ。
男は彼女の口から漏れ出でたその言葉を聞くと穏やかに目を細め「さぁ、握手してください」とステラに迫った。
「……あ……? あっ! ……あぁ」
ステラは男の声に狼狽し、気が動転した。 一瞬、何をするべきかすっかり忘れてしまっていたが、男から差し出された手を見ると慌てて握手をした。
ステラの手に柔らかな男の手の感触が伝わってくる。 その感触にステラは『ホッ』と胸を撫で下ろした。
存在感がまるでなかった手がステラの手に伝わり、彼女の手に温もりを与えたからだ。
「こ……これからも……応援……ヨロシク……」
ステラは目を白黒させながら男の握手に応えると、男は再びニッコリと微笑んだ。
そして、身の毛もよだつ戦慄の一言を放った――。
「ところで『遙さん』はお元気ですか?」
「――!?」
……ステラの耳にその声が刺さった刹那、時が止まった。
男の口から出た言葉が脳内に駆け巡ると、目の前の景色は色を失った。
『……お願い……子供だけは……』
遠い過去からの叫びが頭の中に響き渡り、ついには彼女の心を抉った。
「……あ……か……お……オマエ……」
息が詰まり言葉に出来ない。 心臓の鼓動が眼前の光景を激しく揺らした。
(な……何で……?)
あまりにも不可解であった。 頭が混乱し、次の言葉が浮かばずにステラはその場で卒倒した。
「――ス、ステラさん――!?」
氷のように青ざめた顔のステラ――スタッフに支えられながら途切れ行く意識の中、男に向って呟いた。
「なんで……その……名……を?」
――
焔がイベント会場を後にし、歩道を歩いていると空から大きな鷹が飛んで来た。
『スッ――』と音を立てずに足を立て、焔の肩に着地する鷹――その目は紅く光っており、よく見ると瞳では無くライトであった。
一見すると、本物の鷹のように見える鷹型ロボット『ネーツ』。 ネーツは母であるAI『イーリス』に身体を貸しており、今はイーリスが“機械の鷹”となって焔に力を貸していたのであった。
「焔、作戦は上手く行ったようですね」
イーリスは焔の頭にくっ付いた紙吹雪をクチバシで取り除いてやりながら、焔の同意を求めた。
「ああ、これでヤツは大輔君や妹どころでは無くなるだろう。 これからは、俺を狙いに来るはずだ。
何せ“アラフェール・ライラ”で隠蔽した知られたくない名を知っている者が現われたのだから。
今頃、ステラは『自分の過去も全て知られているのではないか?』と怯えているに違いない。 ヤツにとって自分の過去を他人に知られる事が何よりも恐ろしいのだから」
焔は車道に止めていた車に乗り込んだ。 すると、イーリスは焔の肩から飛び立ち、空高く舞い上がった。
「ステラは大輔に『忘れないで』と言ったそうですね。
『……自分の過去は知られたくない。 けれど、自分の存在は忘れて欲しくない』
つまり、そういう身勝手な思考を持った女であったという事ですね」
イーリスの不快感に満ちた声が焔のイヤホンに届いた。
すると、焔はイーリスの主張に首を振った。
「ステラが特別身勝手な訳じゃないさ。 辛い過去を経験した者なら誰でも『過去を忘れたい』と願うし、愛する者に対して『過去を知られたくない』と思う。 特にスネに傷を持つ者であれば。
過去を捨て、新たな自分として生まれ変わりたいと願う者は大勢いる。
……しかし、彼等は気付いていないのさ。
いくら過去を捨てようが、いくら過去を隠そうが、過去は常に自分の背後から忍び寄って来るものだという事を」
焔はイーリスにそう答えると、車をゆっくりと走らせた。




