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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星
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利用する者


 喫茶店『ユーカリ』のドアから『カラン、カラン』と鐘の音が響いて来た。


 「いらっしゃ――(ほむら)君! 待ってたわよ!」


 カウンターで皿を拭いていた小百合(さゆり)が、喫茶店のドアを開けた焔へ瞬時に近寄った。

 小百合は焔に(あで)やかな笑顔を見せると、後ろを振り向いて奥のボックス席へ目を遣った。


 ボックス席には細木が座っていた。 膝の上に小百合の娘『ゆかり』を乗せており、たどたどしい言葉遣いでゆかりに絵本を読み聞かせていた。

 細木は小百合の目配せに気が付くと「おう、焔君! こっちゃ来い!」と豪快な言葉を吐いて焔に手招きした。


 ゆかりは絵本を読みながら眠ってしまったようだ。 まるで人形のように大男の膝の上にチョコンと乗って船を漕いでいる女の子。 細木が頭を撫でると薄ら微笑を浮かべる姿が可愛らしく、細木と向かい合わせに座った焔は思わず口元に笑みを(こぼ)した。

 

 「ドア、修理したんですね」


 「あのステラって子が業者さんを手配して直してくれたのよ」


 小百合はいつの間にか丸椅子を用意してテーブル横に座っていた。 細木から娘を引き継ぐと、抱き上げた娘の背中を『ポン、ポン』とあやしながら穏やかに目を細めていた。

 小百合はステラに対して悪い印象を持っていないようだった。 焔は彼女の声からそのように感じ、小百合が何故自分を呼んだのか何となく分かった気がした。


 「それより、お二人とも有難うございました。 妹はケガも無く、今は大輔君と一緒に部屋にいます」


 焔は細木と小百合に礼を言ったが、二人は燈が襲撃された時に何か手助けをしたのだろうか?


 「うん? ああ、別にお前さんの為じゃねぇよ。 お嬢様からいつも命令されている事を淡々と“処理”しただけだ」


 細木はそう言うと、小百合が差し出したコーヒーをテーブルから取って口に含んだ。


 「そうですか……。 ヤツ等の関係者を“皆殺し”にするのも面倒だったでしょう。

 後で榊原(さかきばら)さんにもお礼を申し上げるつもりです」


 焔は物騒な事を口にすると、小百合は『礼には及ばない』と言った様子で首を振った。


 「可愛い妹が襲われれば、誰だって襲った奴らを殺してでも助けようとするでしょ。

 それに貴方の妹は大輔君の大切な子。 もし、大輔君が貴方より早く到着していれば、彼はきっとその場にいた全員を殺しているでしょうね。 貴方が大輔君より先に着いて良かったわ」


 小百合はそう言って胸に抱いている子供の頭を撫でた。 すると、細木も「うん、うん」と頷き言葉を継いだ。


 「大輔が“ヤツ等”を皆殺しにすれば、俺たちゃ“ヤツ等”を愛する者達を全員始末しなきゃならなかった。 まあ、関係者全員を殺すこと自体に時間は掛らんが、探すのが面倒くせぇよな。

 今回死んだ奴は三人だけ――しかも、その内の一人は誰にも愛されていない『クソ野郎』だった。 結果、二人の関係者を皆殺しにするだけで済んだんだから楽なもんよ。

 まったく小百合の言う通り、先に現場へ着いた奴がお前で良かったよな」


 細木はそう言うと、焔に向って「ガハハ」と笑った。



 ――



 (あかり)が電車内で男達に襲撃された時、大輔は白猫『ナナ』と共に駅へ急行した。

 しかし、すでに大輔よりも先に黒猫が到着していた。

 その黒猫は希海(のぞみ)が幼少期に飼っていた黒猫『ミイナ』に良く似ていた。 しかし、この黒猫はミイナではなかった。 希海が“混沌の女王”に囚われそうになった時、小百合に前に姿を現した黒猫がこの猫であったのだ。

 黒猫は焔の“呪術”によって具現化した“呪物”であった。 焔は希海が12歳の頃から遙か遠い場所に居ながらも陰ながら希海を見守っていたのである。


 同様に、大輔の目の前に突如として現われた白猫『ナナ』――この白猫ももはや燈の親友『涼本清香(すずもとさやか)』が飼っていた猫ではなかった。 本当のナナはすでに老衰で天寿を全うし、清香の(そば)へ行ってしまった。 大輔の目の前に現われた白猫も黒猫と同じく焔の“呪物(じゅぶつ)”であったのだ。

 つまり、焔は希海だけでなく、燈も“呪物”で守護していたのだ。 今となっては焔自身が希海の傍に居るし、伊奈もいる。 黒猫で希海を守護する必要はなかったが、燈は希海とは違って自分自身で身を護る力も無い。 妹想いの焔は老衰で亡くなったナナに擬態した“呪物”を妹の傍に置いていたのである。


 希海を見守っていた黒猫は焔自身が希海を守護するようになってから、その役目を終えた。 いわば必要無くなったのであったが、焔は引き続き黒猫を様々な用途に利用していた。

 『偵察』『探索』『暗殺』――マユがイーリスに誘き出された時、事前にイーリスの動向を調査する為に黒猫は大いに活躍した。

 そして、今回も黒猫は妹を救う為に活躍した。 大輔と白猫よりも先に電車に追い付いた黒猫は、燈が襲われた時に恐るべき黒ヒョウへと姿を変え、燈を護ったのである。


 黒ヒョウは燈を強姦しようと画策した“ダークウェブ”の異常性愛者達を殺害した。 妻子を持ち『良いパパ』を演じていたサラリーマンや、孫もいる老紳士を噛み殺し、電車内は阿鼻叫喚の惨事となった。

 結果的に三名の男性が焔によって犠牲となった。 大輔が到着した頃には全裸の男達は隣の車両に移っており、乗客を()()()()戦慄(せんりつ)させたのであった。


 黒ヒョウ――つまり焔による一連の殺人は“復讐”ではなかった。 妹への加害を未然に防いだ“過剰防衛”であったのだが、加害者の遺族にはそんな事実など知った事ではない。

 殺害された者の遺族は「何故、夕方にローカル線の下り電車に乗っていたのか?」などという疑問など棚に上げ、愛しい家族が奪われた事に対する憎悪を抱くはずである。

 殺害された三人の内、老紳士の家族は「あの“変態ジジイ”が死んでせいせいした」と安堵(あんど)の笑みを浮かべていた。 老紳士がどういう人生を歩んで来たのか知らないが、地獄の閻魔(えんま)に断罪されるような人生を送って来ていた事は確かなようだ。

 一方、残り二人の家族や関係者は犯人に対する憎悪を抱いていた。 その憎悪は峻烈(しゅんれつ)であり「必ず犯人を捕まえ、この手で罪を償わせます」とマスコミの前で身を震わせ、涙を流していた。


 『――もし、殺害した者を愛する関係者がいれば、彼等を抹殺しなさい――』


 それは止めどない憎悪の輪廻を断ち切る為に伊奈が厳命した約束事であった。

 焔が憎悪を向けられようが、彼が“鬼”となる事はない。 しかし、新たな憎悪が生み出されるなら、伊奈の言う通り“憎悪の発生源”を抹殺しなければならない。 焔は仕方無く関係者全員を自分の手で殺害しようとしたのだが、小百合、細木、榊原の三人が焔を止め、彼に手を貸したのであった。

 こうして、三人は焔が殺した男達の素性を調べ上げた。 そして、関係者を一人残らず探し出し、焔に対して恨みを抱く者達を僅か三日間で皆殺しにしたのであった。

 

 電車内で“謎の怪物”に襲われ命を落とした()()()()サラリーマン達の悲劇は世間の耳目を集めた。 様々な憶測が飛び交う中、さらに亡くなった二人の男の関係者も全員殺されたという事実も明るみ出て世間を震撼(しんかん)させた。

 そんな中、ステラは自分が計画した“復讐”が成功しなかった腹いせなのか「この事件は“ユメ高”の大杉勇希(おおすぎゆうき)が関係している」と事実無根な情報をSNSで広めようとした。 もちろん、世間は『謎の黒ヒョウ』が男達を惨殺したという認識しか持っておらず、誰もステラの投稿など信用する者などいなかった。 逆にステラは『関係無い学生を誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)する愚か者』だと糾弾(きゅうだん)され、多くの批判に(さら)されて“炎上”する事態となった。


 ステラは燈の襲撃に失敗した。 “ダークウェブ”の仲間を(つの)り、燈を集団強姦(ごうかん)して彼女の心を壊そうとした恐るべき計画は失敗した。 そして、SNSに撒かなくても良い“火種”を撒いて、世間から猛烈なバッシングを浴びた。


 ……燈の襲撃に失敗したステラは、自宅でワインを(たしな)みながら神妙な顔をしていた。


 「……もっと、私に怒りを向ければ良い。 私の怨念、私の憎悪をお前達に育ててもらう。


 “ラヴィニアの書”を私の手元から逃さない為にね」



 ――



 小百合が焔を店に呼んだ目的はステラに関する事であった。

 

 「あの子を救ってあげて欲しいの」


 ステラは“鬼”になりかかっていた。 憎悪を(あお)る誹謗中傷、嫉妬(しっと)を煽る過剰な演出、あらゆる注目を集める代わりにあらゆる負の感情に晒された結果であった。

 そればかりか、彼女は“孤独”であった。 誰にも愛されず、誰にも必要とされていなかった。 そして、愛する男に袖にされた“絶望”も重なり、彼女は人としての心を維持出来なくなっていたのである。


 本来なら、今日にでも人間の殻を突き破り、新たな化物が誕生してもおかしくなかった。 ところが、ステラを慕う唯一の者が“鬼”となりつつある彼女をつなぎ止めていたのであった。


 「真裕(まひろ)ちゃんはステラの事を心配していたわ。 最近、真裕ちゃんのアカウントのフォローも外し、連絡が取れなくなったって……。

 恐らく、ステラは自分の身体が『何かおかしい』事に気付いているんじゃないかしら? それで、真裕ちゃんから離れようとした……」


 何層にも塗りたくった厚化粧のせいで、ステラの素顔は全く分からない。 彼女のキラキラした蒼い瞳もカラーコンタクトであり、絹のような肌も写真加工や専用のパウダーで作り上げたニセモノである。 本当の姿はもはや誰にも見せたくないほどに“醜悪”であるはずだ。

 すでにステラが飼っていた子犬や子猫が彼女の犠牲になった事は、小百合の調査で明らかになっていた。

 

 「私が彼女の部屋に侵入した時、動物の死体が散乱していたわ。

 恐らく彼女が()()()んでしょう」


 小百合の話を聞くと「もはや救えないのではないか?」と誰もが思う。 しかし、小百合は焔に向って『ステラを救ってほしい』と頼んで来た。


 小百合の話を隣で聞いていた細木は内心『無茶な事言うなよ……』と呆れていた。

 もはやステラは人間には戻れない。 完全に“鬼”へ変貌する前に殺した方が良いと思っていたのだが、意外な事に焔は小百合の願いを聞き入れた。


 「……分かりました。 俺は彼女を殺すことが目的ではありません。

 彼女から“ラヴィニアの書”を回収する事が目的ですから」


 目を丸くする細木を横目に焔はニッコリと小百合に笑みを返した。


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