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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星
225/243

巻き添え


 希海(のぞみ)真裕(まひろ)が再び親友となった次の日、希海のスマホに真裕から連絡があった。

 希海と別れた後、真裕は母親にこっぴどく叱られたそうだ。 17歳の娘が午前2時までほっつき歩いていたのだから、叱らない親はいないだろう。

 

 「希海さんに言い忘れていたことがあったの、ステラさんの事――」


 真裕がステラと知り合った時期は一年半前――ちょうど希海が堀翔(ほりとび)女子高の推薦面接を受けた頃であった。

 その時、ステラは真裕に『恥ずかしい技』を教えてあげる代わりに、()()()をするように頼まれたそうだ。


 「……それが不思議なの。 ステラさんから何を頼まれたのか覚えてないの。

 それに、ステラさんの本名も……。 初めて会った時に確か名前を聞いていたはずだったんだけど……」


 希海は真裕の話を聞くと、ステラが『“ラヴィニアの書”について聞いて来たのではないか?』と疑った。 ところが、真裕は「確かにその本の事は聞いてきたけど、会った時に頼まれた事は本の事じゃない」と否定した。


 「本の事を聞いてきたのは、希海さんがアメリカへ行った後。 ステラさんと初めて会った時はその前だし、その時頼まれた事は……うーん……。


 ……たしか『誰かに会わせて欲しい』……っていう事だった気が」


 真裕は何とか記憶をたぐり寄せ、ステラが真裕の知り合いに会わせて欲しいという依頼をして来たはずだと思い出した。


 「……『誰か』って、私じゃなくて?」


 希海の問いに真裕は「希海さんだったら、私覚えていると思う」と否定した。


 「たぶん、希海さんも知っている人。 うーん、誰だったっけな……」


 真裕は思い当たる知り合いの名前と顔を思い浮かべながら何とか思いだそうと頑張ったが、結局ステラが会いたいと頼んできた人物を思い出す事が出来なかった。



 ――



 公立『夢見が丘高校』――通称『ユメ高』――は『大杉勇希(ゆうき)』こと『結城大輔(ゆうきだいすけ)』が通う高校であった。 同級生には勇希の恋人である『夏目(あかり)』と友人である『金田一二三(ひふみ)』がいた。

 勇希は火傷の跡もすっかり良くなり、額に包帯を巻くだけになっていた。

 かつて全身に包帯を巻いた異様な姿であった勇希。 火傷が治って来て包帯を外していくと徐々に男前の彼の素顔が露わになっていった。

 

 男らしい奥二重の目。 一筆書きの真っ直ぐな眉。 父親譲りの彫り深い精悍(せいかん)な顔つき。 まるでバンドでもやっているのかと思われるような『ツンツン』とした黒い逆毛の髪は一見すると寡黙(かもく)で近寄りがたい姿であった。

 ところが、普段の勇希は目尻を下げていつも穏やかな表情をしており、怒ったことなど見た事が無い。 そのギャップのせいか、勇希は女子生徒達に人気があった。


 勇希が燈と付き合っている事は友人である一二三しか知らなかった。 勇希は燈の事を心配して付き合っている事を隠していたのである。

 燈が勇希と付き合っている事を知られてしまうと、燈が女子生徒達から嫌がらせを受ける可能性がある。 燈は『大丈夫だよ』と勇希の心配を一笑に付していたが、勇希は一人の女の異常な求愛に危機感を抱いていたのである。


 その女は学校の生徒では無かった。

 たまたま知り合った女であったが、勇希は何故かその女に好かれてしまった。

 初め、女は学校の正門の前で勇希を待ち伏せし、勇希が来ると可愛らしくラブレターを渡すだけであった。 ところが、勇希が正門から帰らず裏門から帰るようになると、生徒でもないクセに平然と学校へ入り込み勇希に会おうとした。

 勇希は彼女の行動に尻込みし、何とか彼女を宥めて学校だけは来させないようにした。

 すると、勇希の慌てた姿に図に乗った女は『学校に来させたくなかったら、私を無視しないこと』と勇希を脅迫した。


 ただでさえ、市松人形の姿をした幼女『マユ』が度々教室に押しかけて来て教師や生徒達とトラブルになっている状況の中、()()()()が自分の名を叫びながら学校へ突撃して来るとなれば、何が起こるか分からない。

 勇希はやむなく女の言う通りにし、週に一回は女とデートするという耐え難い苦痛を味わうこととなった。


 燈はそんな勇希の不審な行動を疑ってはいたが、勇希に言い寄ってきている女がマユであると勘違いしていた。


 『マユなら兄である焔や親友の希海にクレームを言えば、二人が懲らしめてくれるだろう』


 そう思った燈はマユの存在にさほど危機感を抱くことはなかった。 一方、勇希に異常な執着を持っている女もまた、燈の存在に気付いていなかった。

 しかし、女がいつ燈の存在に気付き、燈に危害を加えるか分からない。 すでに女はマユの存在には気付き始めていた。


 「もう、一刻の猶予も無い」


 危機感を抱いた勇希は伊奈に今までの経緯を相談した。

 

 「燈をココへ連れて来なさい」


 伊奈の指示に従って燈を屋敷に連れて来た勇希。 燈と一緒に伊奈の部屋へ来ると、伊奈は燈の頭を優しく撫でた。


 「アナタは面白い血筋ね。 この世界の者であって、この世界の者でない」


 伊奈は意味の分からない言葉で燈を困惑させた。 そして、燈の頭を撫でながら不思議な呪文を(つぶや)き出した。


 「ディ・エイビケ・リラ・ロイフ・イズ・“アラフェール・ライラ”。 アルツ・ツェシュメルツン・イン・フィンツテルニシュ、アインゲシルト・イン・ネプル・オン・ア・ソフ」


 (永遠の紫煙(しえん)は明けることの無い“夜の霧”。 全てを闇に溶かし、無窮(むきゅう)の霧で包み込む)


 「オーベル・ザイン・エクジステンツ・ブライブト・イン・セデル」


 (しかし、その存在は秩序の中)


 「ドス・リフト・ヴォス・ライフト・イン・フィンツテルニシュ――ハル・エス・アイン・イン・リランシュライエル、マフ・エス・ツ・ネプル」


 (闇の中で輝く光を紫のヴェールで包み、霧にせよ)


 「グフ、ネショメ、ザフ、“マナス”――ファルバルグ・アルツ・イン・デム・グロイセン・セデル」


 (肉体、魂、物体、“真素”――あらゆる存在を包み込む、偉大なる秩序の中へ隠蔽(いんぺい)せよ)


 伊奈は呪文を唱え終えると、燈に向って艶然(えんぜん)微笑(ほほえ)んだ。

 

 「……ほぇ……?」


 静まり返った部屋で目を丸くした燈。 一見すると燈の身には何も起きなかった。

 ……ところが、勇希は燈の異変に気付いていた。


 「な、何だか燈の身体が“紫の霧”に包まれて……」


 伊奈は燈の背後で目を見張る勇希に視線を送り、ニッコリと頷いた。


 「大輔、アナタが燈を意識しているからこそ、アラフェール・ライラを見破る事が出来るのよ。

 

 アラフェール・ライラは燈の存在を“ちっぽけな存在”にする。 誰も気が付かない小石のような存在に。

 だから、紫の霧に包まれた燈に気付く事はない。

 でも、ほんの小さな存在に過ぎない小石だって、その小石を意識し、その小石を愛する者には気が付く事が出来る。

 アナタが燈を愛する心。 その心があればいくら燈の存在を隠蔽しようが問題無いわ。


 これで燈が誰かの標的になる事はないでしょう。 安心して燈と『イチャ、イチャ』しなさいね♡」


 そう言うと伊奈は勇希に可愛らしくウィンクを贈り、勇希を赤面させた。



 ――



 「……ふぅ、ふぅ……どうして? どうして、私のこと思い出してくれないの!?」


 タワーマンションの一室では、フランス人形のような乙女(おとめ)が肩で息をしながら憤怒(ふんぬ)の瞳を燃え上がらせていた.

 床にはバラバラに砕けたスマホが転がっている。 背後の壁には大きなヘコみが出来ており、木製のイスが横倒しになっていた。

 

 ステラの定期的なカンシャクはSNS界隈でも有名だった。


 『はぁ? こんな化物みたいな顔でグラビアアイドルだなんて、頭ブッ飛んでる?✝ 目が腐るから写真投稿しないでね♪ #もはやテロ #可愛いは正義』


 『しょーもないコメに“いいね”二万、コイツもフォロワーもゴミ確定♪ ワロス♀』


 『さっき、ポルシェを買い換えちゃった♡ 車って三日も経てばもうキラキラしなくなっちゃうんだよね♪ ステラが乗ってた“ボロシェ”いる? #ポルシェプレゼント』


 (あお)り、自慢、暴言、中傷……。 罵詈雑言の雨あられ。 派手な写真を投稿し続け、誰彼構わず噛みつく狂犬のような女。

 ステラが『彼氏とケンカした』と投稿すると、それが暴走の合図である。 いくら皆に(とが)められようが、炎上を繰り返そうがステラのご乱心は止まらなかった。 


 「何で……何でこんなに愛しているのに、アナタは私を忘れちゃったの!」


 滅茶苦茶になった部屋の中央で『グス、グス……』と涙で(ほお)を濡らす狂気の人形。 部屋の隅では主人の乱心に怯えた子犬が身を震わせていた。

 

 「ペロちゃん♪ おいで♡」


 子犬は柱の陰で尻尾を垂らして震えていた。 子犬の様子に気が付いたステラは先ほどの乙女の涙はどこへやら……猫なで声で子犬の名を呼び『ニタリ』と笑みを浮かべた。

 彼女の足元にはもう一匹子犬がいた。 グッタリと横たわっているミニチュアダックスフンド。 ……子犬は舌を出して目をひん剥いた哀れな姿で死んでしまっていた。

 

 「……ペロちゃん、私の言う事が聞けないの?」


 仲間を殺された子犬がこんな鬼女の言う事など聞くはずも無い。 子犬は柱の陰に隠れて『クーン、クーン』と悲愴な声を鳴らして祈っていた。

 誰かが助けてくれる事を願っていたのだが、この牢獄のような部屋には”鬼女”しかいなかった。


 『ギャン、ギャン!!』


 子犬はついにステラに尻尾を掴まれた。 耳を塞ぎたくなる悲痛な叫びを上げる子犬。

 ステラは強引に子犬を柱の陰から引き()り出すと、なんと尻尾を掴みながら子犬を上へ持ち上げた。


 『キャン、キャン、キャン!!』


 ステラは痛みで絶叫を上げる子犬をウットリと見つめている。 ……かと想ったら、途端に般若(はんにゃ)のような形相(ぎょうそう)へと変貌し、子犬を(にら)み付けた。


 「呼んだら来いよ! この駄犬が!」


 その様子はまさに狂気に満ちた鬼女であった。 ステラは子犬に理不尽な怒声を浴びせると、子犬の顔に唾を吐きかけた。


 「こんな犬、もういいや☆ 明日、また新しい“モノ”買おう♪」


 ステラはもう一台のスマホをテーブルにセットすると、子犬の尻尾を持ったままスマホに向って笑顔を見せた。


 「ミンナァ! これから楽しい事するよぉ♡」


 ステラには裏の顔があった。

 動物虐待、幼児虐待、殺人、暴力、強盗、強姦……あらゆる犯罪を愛する(おぞ)ましい悪魔達が運営する”ダークウェブ”のメンバーであったのだ。

 

 (うふふふっ……必ず見つけてやる! アナタを(たぶら)かす”クソ女”を――!)


 スマホに向って舌なめずりするステラ。 官能に身を(よじ)り、恍惚(こうこつ)とした顔を浮かべながら筆舌に尽しがたい残酷な所業を子犬に与えた。


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