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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星

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219/221

疑念


 希海(のぞみ)は悩んでいた。 真裕(まひろ)の頼みを引き受けたのは良いが、ライブなどに出演すれば、きっと大勢の人間に注目される。


 「どうしようかな……。 真裕には悪いけど、やっぱり止めようかな……」


 希海は目立ちたいとは思っていなかった。 “インスター・グラム(IG)”などのSNSもアカウント登録すらした事が無い。 愛しい(ほむら)と一緒に誰の目にも届かない所でのんびりと散歩をする事が、今は何よりも楽しみである。

 『アイドル養成学校』とも呼ばれている堀翔(ほりとび)女子高に入学すれば、否が応でも目立ってしまう事は分かっていた。 しかし、それもこれも学業を(おろそ)かにした自分のせい。 堀翔女子高しか入学出来なかったのだから仕方無い。 それに、伊奈の期待も裏切りたくはなかった。


 希海はいつか伊奈が言った言葉を思い出していた。


 「(まばゆ)いばかりの光りを放つ者は自分の光に気が付かないもの。 一方で暗黒の闇に(うごめ)く者は自分の存在が消えてしまう事に(おび)えている。

 深くて暗い闇の中で自分の存在に気付いて欲しいと願っている。


 多くの人間達が皆、闇の中で手を伸ばしている


 自分の存在を知って欲しい。


 誰かに認められたい。 誰かに愛されたい。


 闇の中で叫ぶ彼等の声が届かない時、その声は恨みの声となり憎悪を(まと)う。


 光を放つものは自分で気付かなければならない。

 その光が孤独と絶望に打ちひしがれる者達を救う光となる事を」


 伊奈は希海に期待をしていた。


 「貴方は誰かに光をもたらす。 貴方が皆の前に出ることで、誰かの憎悪が消え去ればそれはこの世界にとって幸福な事。

 だから恥ずかしいかもしれないけど、憎悪を抱く者達の為に頑張るのよ。 分かった?」


 ……希海には良く分からなかった。 自分にそんな力があるとは思えなかった。 だが、伊奈の期待に応えたいと思う自分もあった。


 「やっぱり、真裕のライブに出ようかな……」


 希海はついに決心すると、スマホを取り出して伊奈に連絡をとった。


 伊奈はまだアラスカに滞在していた。

 希海の悩みを聞いた伊奈は、真裕が変貌(へんぼう)した原因がそのインスタグラマーにあると指摘した。

 

 「やっぱり! 『ステラ』だか『カステラ』だか知らないけど、二度と真裕に近づかないようにボコくらしてやるわ!」


 希海はそう言って息巻いたが、伊奈は意外な事に「放っておきなさい」と希海を(なだ)めた。


 「どのみち、真裕はアナタに付いて行く。 偽りの星では太陽に(かな)わない。

 それよりも、ライブで歌を唄うつもりなら今から発声練習をしておきなさい。

 アタシもアナタの歌声を聞きたかったわ♡」


 「歌なんか唄う訳ないでしょ!」


 希海は伊奈の勝手な想像を一蹴(いっしゅう)すると、伊奈の言う通りステラへの怒りを抑えつつ、取りあえずステラに会ってどういう人物か確かめようと決めた。


 「いい? くれぐれもステラとかいう娘を殺してはダメよ。 アナタは落ち着いて自分のするべき事をしなさい。 分かった?」


 希海はステラを殺すつもりなどさらさら無かったが「分かったわ」と伊奈の言う事を素直に聞いて電話を切った。



 ――


 希海との電話を終えた伊奈は物思いに(ふけ)っていた。


 「あの子が“自分の宿命”に気が付くのはいつになるかしら。

 “遠い過去”の記憶はまだ封印されたまま……。 これ以上“エントロピー”を増大させれば、さらにあの子の記憶は深い綿津見(わだつみ)の底へ沈んでしまう……」


 希海が『宿命に気付く』為には彼女の過去の記憶を呼び起こさなければならないようだ。

 伊奈は不可解な言葉を口にすると、今度はステラについて思案(しあん)を巡らせた。

 

 「……ステラという女は“不正”を行なっているようね。 女の名は封印されていて、このアタシにも分からない。

 恐らく、不正の源は“ラヴィニアの書”でしょう。 “ラヴィニアの書”で自分の存在を隠蔽し、人々の記憶からその名を封印した」


 木製のイスに背を預け、スマホを膝に置いている伊奈。 正面の暖炉(だんろ)の火が消えている事に気が付くと、炎のように揺らめく真っ赤な髪の先端を()でた。

 すると、彼女の(てのひら)に炎が乗り移った。 炎はまるで生き物のように指先に集まり、高熱で空気が震えた。


 伊奈は炎を(まと)った指先を暖炉に向って射した。 すると、まるでレーザーのように『ピシュンッ!』と音を立てて炎の筋が指先から離れ、(たちま)ち暖炉が激しく燃え上がった。


 「“ラヴィニアの書”は“エントロピー”の増大を抑える()()。 記憶を消せば“エントロピー”が増大する。 封印すれば逆に“エントロピー”を抑える事が出来る。

 “ラヴィニアの書”では記憶を消去させる事は出来ないから間違い無いでしょう。


 ……すると、女が使った術はアタシが人々の記憶から希海の過去を封印した時に使った“ドマ・ノクティス”かしら? それとも、“アラフェール・ライラ”?

 まあ、いずれにせよ猪口才(ちょこざい)な術ね。 アタシが出る必要もないでしょう」


 伊奈は理解しがたい独り言を述べると、膝に置いていたスマホを手に取りおもむろに電話を掛け始めた。


 「小百合(さゆり)、ステラという女を監視してその女の様子をアタシに報告しなさい」


 どうやら、伊奈は小百合に電話を掛けていたようだ。

 その後、伊奈はひとしきり小百合と雑談すると電話を切り、今度は焔と交信をし始めた。



 ――



 「バカ! 違うよ、希海! “スタチ”っていうスコアが“IG”では一番大事なの!  そのスコアを稼げば稼ぐほど、お金が(もら)えるんだから!

 だから、皆炎上してでも“スタチ”を稼ごうとするんだよ!」


 金曜の夜、希海は自室で(あかり)に連絡を取っていた。

 明日はいよいよ真裕のライブ中継に出演する日であった。 希海は事前に燈へ電話を掛けて事情を説明し、“インスター・グラム(IG)”で使用される難解な用語を燈に教えて貰っていた。

 

 燈は現在両親から“自宅謹慎(きんしん)”を言い渡されていた。 学校が終わるとすぐに家へ帰り、(みじ)めな引き()もり生活を送っていた。

 とはいえ、毎日のように(かか)ってくる希海や大輔(だいすけ)の電話、そして部屋で飼っている親友の忘れ形見である『ナナ』という猫のお陰でさほど退屈はしていなかった。

 ナナは一年前に大病を患い、焔によって治療してもらった。 焔が治療したあと“真っ白い毛並み”に変わってしまったが、今も元気に燈の(そば)を離れず『ニャー、ニャー』と甘えていた。


 「“スタチ”の計算式は運営も公表していないけど、どうやら短時間で”バズ”ったヤツが大量に稼ぐことが出来るみたいだよ。

 炎上を(あお)るとんでもない運営よね。 金を稼ぐためだったら何でもする(やから)が増える訳だわ」


 燈は混乱している希海に向って滔々(とうとう)と“IG用語”の説明に終始した――。


 「……うぇぇ、一旦整理しないと訳わからん……」


 希海は燈との電話を切った後、疲れた様子でイスにもたれ掛かり“IG”の仕様について自分なりに整理してみた。


 まず、アカウントを開設するとプロフィール欄に“スタチ”というスコアと自分の“称号”が表示される。 “称号”は多様な絵文字で表現され、そこに星のマークや惑星のマーク、小石のマーク等が表示される。

 動画やコメントを投稿すると、その投稿を見た者から“いいね”という評価を獲得出来る事がある。 “いいね”は難解な計算式によって“スタチ”へと変換され、ユーザーの評価となる。

 “IG”のユーザーは“スタチ”を稼ぐことが目的である。 “スタチ”を稼ぐ者は広告料を得る事ができ、中には数億円もの広告料を稼ぎ出す者もいるという。

 “スタチ”を大量に稼ぐとその数によって“称号”を手に入れる事が出来る。 最上位の“称号”を手に入れたものは芸能人と変わらずにテレビ出演をしたり、企業のイメージキャラクターに抜擢されたりと、所謂(いわゆる)『インフルエンサー』として生計を立てる事が出来る。

“IG”上ではこうしたインフルエンサー達をしばしば“キラ充”と呼んでいる。


 「毎日を“()える”ストーリーに」


 「“スタチ”は君の輝きを証明」


 「君のキラキラをミンナに届けよう」


 “IG”はこんな“うたい文句”で登録者を誘い、爆発的にユーザー数を増やしていったのである。


 ……さて、アカウントを開設すると誰もがプロフィール欄に“星のマーク”が付く。 ここから夢と希望、そして欲望を抱いた若者達は“スタチ”を稼ぎ、上位の称号を得ようと躍起(やっき)になるのだ。

 もちろん、成功して“キラ充”になるインフルエンサーもいれば、一つも“いいね”が付かずに密かにアカウントを削除するユーザーもいる。


 “IG”を辞めてしまったユーザーはともかく、“IG”を続けているにもかかわらず、“スタチ”を殆ど稼いでいないユーザーは“クズ星”と呼ばれてバカにされる。

 だが、“クズ星”よりもバカにされるユーザーも多く存在する。 星のマークから小石のマークへと変わった者である。

 小石のマークは何か投稿してから丸一日“いいね”が付かないユーザーに付けられる不名誉な称号である。 小石が付いた者は単純に小石と呼ばれるか“石化”と呼ばれる。

 小石は他のマークとは異なり、徐々に積み上がっていく。 投稿を続けていても全く“いいね”が付かないユーザーはプロフィール画面の上部まで小石が積み上がる。

 そんなユーザーは同情と侮蔑(ぶべつ)を込めて、しばしば“(さい)河原積(かわらつ)み”と呼ばれている――。

 

 「……まあ、これだけ覚えていれば良いかな?」


 その他、“真珠”と呼ばれる称号や“彗星(すいせい)”、“クロナ”など多様な用語が存在するが、これ以上用語を覚えようとすると頭から湯気が出てしまう。 希海は真裕の話と燈の話を照らし合わせ、用語から真裕とステラがどういう関係なのかを推測した。


 「ステラは燈も知っていたくらいだから、相当有名なインフルエンサーね。 真裕はインフルエンサーになろうとしているのかしら?

 それで、ステラに近づいて……」


 希海は真裕の性格上、どうしても真裕からステラに近づいたとは思えなかった。 恐らく、ステラの方から真裕に近づいて、真裕がステラに感化されたのであろう。


 「……でも、なんでステラは真裕に近づいたの? もしかして、私と会うことが目的だったとか?

 

 ……むぅ。 いずれにせよ伊奈様の言う通り、大人しくステラと会ってみることね」


 希海はベッドの中へ(もぐ)り込み、明日のライブへと備えたのであった。


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